分子の非対称化が駆動する自発的な配向分極 ―非フッ素系分極材料の開発―

分子の非対称化が駆動する自発的な配向分極
―非フッ素系分極材料の開発―

  国立大学法人東京農工大学大学院工学府生命工学専攻の杉本鈴奈、同大学大学院工学研究院生命機能科学部門の田中正樹助教および中村暢文教授らの研究グループは、有機薄膜内の分子配向を制御するための新たな分子設計手法を確立し、真空蒸着により成膜することで強力な配向分極を形成する新規極性分子を開発しました。この成果は、分極薄膜を利用した高性能デバイスの実現および分子配向形成メカニズムのさらなる解明に貢献すると期待されます。

本研究成果は、Communications Materials(5月9日付)に掲載されました。
論文タイトル:Spontaneous orientation polarization driven by designing molecular asymmetry
URL:https://doi.org/10.1038/s43246-025-00815-1

背景
 有機分子を高秩序に配向させることで、優れた物性を有する機能材料を得ることができます。田中助教らの研究グループはこれまでに、真空蒸着により成膜することで強力な配向分極を自発的に形成するフッ素系有機化合物を開発してきました(Nat. Mater. 21, 819-825 (2022)、Nat. Commun. 15, 9297 (2024))。自発的な配向分極(SOP、注1)薄膜は、有機半導体デバイスや振動発電デバイスに応用可能であり、フッ素系化合物に限らず多様な分子材料を設計するための指針が求められています。そこで本研究は、極性分子を構成する官能基の特性に着目した汎用的な分子設計手法を提案し、強力なSOPを形成する非フッ素系新規極性分子の開発に成功しました。特に本研究では、分子内の分極方向を制御しやすい屈曲型の分子構造を用い、また、分子に強い分極を生じさせるためにフタルイミド骨格を導入した分子(図1)に着目しました。屈曲型分子における頭部・尾部末端の分子間相互作用の強さをそれぞれ調整すること(非対称化)により、極性分子の配向分極特性を制御できます。

研究体制
 本研究の一部は、JST創発的研究支援事業(JPMJFR223S)、JSPS科研費(23K13716)、公益財団法人 稲森財団、公益財団法人 マツダ財団、公益財団法人 旭硝子財団の助成を受けて行われました。

研究成果
 本研究では、分子間相互作用の強さに関係する分極率(注2)に着目して、屈曲型の分子骨格の頭部・尾部に対して様々な官能基を導入した分子(図1)を開発し、蒸着薄膜の配向分極特性を評価しました。その結果、頭部・尾部に導入した官能基末端の分極率の大きさに依存して、薄膜内での分子配向方向および配向の程度が変化することを明らかにしました。この解析結果をもとに、分子頭部に分極率が高いスルホニル基を、分子尾部に分極率が低い脂肪族炭化水素基を導入した非フッ素系極性分子SO-2PItBuを新規に開発しました。分極率が高い/低い官能基の分子間相互作用は強く/弱くなるため、分極率が大きく異なる2種類の官能基によりSO-2PItBu分子は非対称的な分子間相互作用を有しています。SO-2PItBuは真空蒸着薄膜中で自発的に配向分極し、膜厚に比例して増大する巨大な表面電位を示しました。表面電位の膜厚に対する成長率は300 mV/nm以上であり、既報材料の中で最大のSOPを生じる極性分子の開発に成功しました(図2)。

今後の展開
 本研究では分子末端の分極率制御による非対称的な分子間相互作用をもたらす分子設計が、SOP形成に効果的であることを明らかにしました。また、分極率は量子化学計算により計算可能な物性値です。本研究で開発した分子群のSOP特性と分極率(頭部・尾部の分極率の差)の計算値が正の相関関係を示したことから、これまで研究者の直感に頼っていた部分があるSOP分子開発を計算および実験の両面から加速することが可能になると期待できます。今後、さらに強力なSOPを形成可能な分子の開発により、有機半導体デバイスやエレクトレット材料(注3)の高性能化に貢献すると期待できます。

用語解説
注1)自発的な配向分極(SOP)
真空蒸着による成膜過程で、極性分子が永久双極子モーメント(分子内部での電荷の偏りの程度)を平均的に膜厚方向に配向すること。これにより配向分極薄膜が形成される。蒸着薄膜の表面に、膜厚に比例して増大する表面電位が発生する。

注2)分極率
原子・分子の電荷分布の変形しやすさの尺度。一般的に、H原子やF原子は分極率が低く、N原子やS原子は分極率が高い。炭化水素系官能基では、脂肪族炭化水素は芳香族炭化水素よりも分極率が低い。分散力や誘起力などの分子間力の強さに影響し、分極率が高い場合に強い分子間相互作用が生じる。

注3)エレクトレット材料
静電荷を長期間にわたって持続的に保持できる材料。静電誘導型振動発電デバイス等への応用が研究されている。

       

図1 本研究で開発した屈曲型極性分子の化学構造

 

   

図2 新規開発した強分極形成極性分子 (a) SO-2PItBuの化学構造、(b) 蒸着薄膜の表面電位、(c) 薄膜中の分子配向の模式図

 

◆研究に関する問い合わせ◆
 東京農工大学大学院工学研究院
  生命機能科学部門 助教
  田中 正樹(たなか まさき)
   TEL/FAX:042-388-7467
   E-mail:m-tanaka(ここに@を入れてください)me.tuat.ac.jp

 

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