〔2015年11月30日リリース〕がん転移克服につながる炎症性PGEの役割を解明

国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門/グローバルイノベーション研究機構の稲田全規(いなだまさき)准教授と宮浦千里(みやうらちさと)教授らは、炎症の原因物質であるプロスタグランジンE(PGE)が、がん転移に関わること、PGEの受容体EP4を阻害することにより転移を阻止できることを発見しました。悪性黒色腫、乳がんや前立腺がんの遠隔臓器への転移、特に、骨転移の治療につながる新たなアプローチになることが期待されます。

本研究成果は、The Journal of Biological Chemistry誌に掲載されるのに先立ち、
10月16日にWEB上で掲載されました。
URL: http://www.jbc.org/content/early/2015/10/16/jbc.M115.669481.full.pdf+html

研究の背景:がん(悪性腫瘍)は死亡原因の第1位ですが、その根治が難しいことは、遠隔臓器への転移が大きな要因となっています。がんの転移は、全身で散在的に発生して、根治が難しく特効薬はないのが現状で、予後を大きく左右します。特に、がんの骨転移は骨破壊や疼痛の原因となり、患者の生活の質を低下させることから終末期医療で問題となっています。がんの転移を抑制して再発を阻止することは、がん克服につながることから、世界の人々が切望する大きな課題です。本学工学研究院の稲田と宮浦らは、炎症の原因物質であり、痛みの原因でもあるプロスタグランジンE (PGE) が炎症に関与するのみならず、がんの増殖や転移を制御する可能性を研究してきましたが、生命工学技術である生体イメージングを駆使した評価系の確立が今回の発見につながりました。

研究体制:本研究は国内外の共同研究者と連携実施したもので、その詳細は以下のとおりです。
稲田全規・宮浦千里・横山智志・渡邊健太・富成司・松本千穂・平田美智子(本学工学研究院/グローバルイノベーション研究機構)、成宮 周(京都大学)、審良静男(大阪大学)、杉本幸彦(熊本大学)、植松智(千葉大学)、滝田守親・丸義朗(東京女子医科大学)、Hideaki Nagase(英国オックスフォード大学/本学グローバルイノベーション研究機構)、Gillian Murphy(英国ケンブリッジ大学)、丸山隆幸(小野薬品工業株式会社)

研究成果:抗がん剤はがん細胞に直接作用して、その増殖や浸潤をいかに抑制するかというアプローチが主流ですが、稲田と宮浦らは、身体の正常細胞に作用して、がん細胞が増殖できない、他の臓器へ転移できない、という新たなアプローチに挑戦しました。PGE合成酵素である膜型PGE合成酵素(mPGES-1)の遺伝子を欠失したマウスに、皮膚がんの一種である悪性黒色腫(メラノーマ)細胞を移入したところ、がんの形成や転移が顕著に抑制されることを発見しました(図1)。このマウスは、PGE合成酵素を持たないためにPGEを産生しにくいマウスです。骨組織の骨芽細胞や皮膚の線維芽細胞は、がん細胞と接着するとmPGES-1が誘導されてPGEを産生しますが、このマウスでは、転移巣でがん細胞と出会ってもPGEが産生されず組織破壊も起こりません。また、骨転移や肺転移などのがん転移がほとんど起こらないという結果が得られました。この成果を創薬につなげるために、PGEの4種の受容体(EP1, EP2, EP3, EP4)について、選択的なアンタゴニスト(受容体選択的にシグナルを阻害できる化合物)を投与したところ、EP4受容体を阻害することにより、選択的に、がんの転移が阻止できることを明らかにしました。宿主である身体の細胞はEP4受容体を発現しており、がん細胞との接着により転移が成立する環境が整いますが、EP4受容体を阻害することにより、転移を阻止することが可能でした(図2)。この結果は、EP4受容体を欠失したEP4遺伝子欠損マウスでは、がんの増殖や転移がほとんど起こらないというデータによって立証することができました。

今後の展開:乳がんや前立腺がんの再発・転移において、高い確率で骨組織に転移することが良く知られています。女性の乳がん、男性の前立腺がんは増加の一途を辿っており、その再発・転移を阻止して根治につながる治療薬の開発が必須です。今回の研究成果を活かして、がん転移抑制に有効な新規治療薬開発につながることが期待されます。

■研究に関する問い合わせ■
東京農工大学大学院工学研究院
生命機能科学部門 教授
宮浦 千里(みやうらちさと)
TEL/FAX: 042-388-7390
電子メール:miyaura@cc.tuat.ac.jp

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