ナノポアを用いてmicroRNA発現上昇・減少パターンの同時検出に成功 ~がん診断への新たなアプローチを提供~

ナノポアを用いてmicroRNA発現上昇・減少パターンの同時検出に成功
~がん診断への新たなアプローチを提供~

 

 国立大学法人東京農工大学大学院工学府大学院生 滝口創太郎(卓越大学院プログラム履修生)、神原史佳、同大学大学院工学研究院生命機能科学部門の川野竜司教授と国立大学法人鹿児島大学大学院医歯学総合研究科大学院生 谷美香、東北大学大学院歯学研究科 杉浦剛教授のグループは、「DNAコンピューティング(注1)」手法を基盤としたプローブ設計と「ナノポア計測(注2)」により、口腔がんで発現上昇・減少を示す2種類のmicroRNAを同時検出することに成功しました。本技術は、診察所や自宅などのあらゆる臨床現場で即時診断を行うPoint-of-Care-Testing(POCT)への応用が期待されます。

本研究成果は、American Chemical Societyが発行するAnalytical Chemistryに2023年9月7日に掲載されました。
URL : https://doi.org/10.1021/acs.analchem.3c02560 
論文名: Simultaneous Recognition of Over- and Under-expressed MicroRNAs using Nanopore Decoding
著 者: Sotaro Takiguchi, Fumika Kambara, Mika Tani, Tsuyoshi Sugiura, Ryuji Kawano

現状
 がんの診断手法として、血液や唾液、尿などの体液を用いることで体への負担を最小限に抑えて診断ができるリキッドバイオプシーが注目されています。microRNA (miRNA)はリキッドバイオプシーにおける主要な生理学的指標(バイオマーカー)の一つで、18 -25塩基程度の短鎖ノンコーディングRNAとして現在までに2500以上の種類がデータバンク(miRBase:https://mirbase.org/)に登録されています。バイオマーカーとしての miRNA の特筆すべき有用性として、がんに罹患すると早期に複数種類の体液中発現量が増減し、その発現パターンががんの種類によって特異的に変化することが挙げられます。つまり標的とする複数種類 miRNA の発現パターンを同定することで、早期診断・がん種の特定ができると言えます。これまでmiRNA の発現プロファイリング手法としてはmicroarray 法や定量的逆転写 PCR法が使われていますが、その代替となる低コスト・迅速・簡便な手法の開発を目指して、ナノポア計測を用いたmiRNA検出に関する研究が進められてきました。これまでがん罹患時に発現上昇を示すmiRNAに関してナノポア計測による多重検出が報告されています(東京農工大学2022年6月27日プレスリリースなど)が、その動作原理上、発現減少miRNAおよび発現上昇・減少の同時認識への応用が課題となっていました。

研究体制
 本研究は、東京農工大学大学院工学府大学院生の滝口創太郎(卓越大学院プログラム履修生)、神原史佳、国立大学法人鹿児島大学大学院医歯学総合研究科大学院生の谷美香、東北大学大学院歯学研究科の杉浦剛教授、東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門の川野竜司教授らによって実施されました。本研究はJSPS科研費:若手研究(A)16H06043、基盤研究(A)19H00901、学術変革領域研究(A)「超越分子システム」21H05229、基盤研究(B)21H03143、東京農工大学卓越大学院プログラム・プロポーザル型プロジェクト経費の助成を受けたものです。

研究成果
 本研究では、口腔扁平上皮がん罹患時に発現上昇・減少を示す2種類のmiRNAを標的としました。2種類のmiRNAを同時に認識しナノポア計測で検出するためのアプローチとして、数学的な問題を計算するDNAコンピューティングにおける配列設計を参考に診断用DNAプローブを設計しました(図1)。設計したプローブは標的miRNAと結合し、miRNA量に応じて図1に示すような3種類の二本鎖構造(出力分子)を取ることが確認されました。またDNAプローブと標的miRNAによる演算(チューブ内での混合)を熱力学的パラメータからシミュレーションしたところ、発現上昇・減少を含む4パターンの発現状態に応じて3種類の出力分子の存在比が変動することを見出しました。3種類の出力分子は、それぞれナノポア計測で特徴的な電流阻害シグナルとして検出・識別できることから、シグナル解析結果をもとに溶液中に含まれる出力分子の存在比を算出し、4種類のmiRNA発現パターンを識別することに成功しました。さらに、がん患者・健常者の血清検体に含まれるmiRNAも同様にして検出、発現パターンを識別できることを示しました。

今後の展開
 本研究では、がん罹患時に発現上昇・減少を示す複数種類miRNAの同時パターン認識に成功しました。本成果により、診断において標的とする核酸バイオマーカーの種類を拡張することができ、ナノポアを用いたがん診断の応用研究に貢献できると考えます。また、現行のナノポア計測システムには習熟したスキルが必要とされるため、本技術の汎用化・ハイスループット化を目指して市販のナノポアデバイスへの搭載を試み、早期診断・予後観察といった実応用へと展開していきたいと考えています。


注1)DNAコンピューティング
人工配列設計した DNA分子を用いて任意の情報処理を実装する技術。

注2)ナノポア計測
脂質二分子膜のようなイオン不透過性の薄膜に構築されたナノメートルスケール(1ミリメートルの100万分の1)の細孔:ナノポアを流れるイオン電流を計測する技術。標的分子がナノポア内を通過すると一時的にイオンの流れが阻害され、電流阻害シグナルとして検出することができる。本研究では膜タンパク質α-hemolysinをナノポアとして用いた。


図1 本研究の概要。口腔扁平上皮がん罹患時に発現上昇・減少を示す2種類のmiRNAを標的として、従来のDNAコンピューティング手法を利用したDNAプローブ設計をしました。ナノポア計測で得られる電流阻害シグナルを解析することで、標的miRNAの発現上昇・減少パターンを同時検出することに成功しました。

◆研究に関する問い合わせ◆

東京農工大学大学院工学研究院
生命機能科学部門 教授
 川野 竜司(かわの りゅうじ)
 TEL/FAX:042-388-7187
 E-mail:rjkawano(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

東北大学大学院歯学研究科
病態マネジメント歯学講座
顎顔面口腔腫瘍外科学分野 教授
 杉浦 剛(すぎうら つよし)
 TEL:022-717-8349
 Mail:tsuyoshi.sugiura.b2(ここに@を入れてください)tohoku.ac.jp

 プレスリリース(PDF:1299KB)

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