新たな植物の硫黄分配メカニズムを発見―作物のストレス耐性強化にも期待―

新たな植物の硫黄分配メカニズムを発見
―作物のストレス耐性強化にも期待―

 国立大学法人東京農工大学大学院連合農学研究科の伊藤岳洋(博士後期課程1年)、農学研究院の大津直子教授、国立研究開発法人理化学研究所(理研)環境資源科学研究センターの平井優美チームリーダーらをはじめとする国際共同研究グループは、植物において硫黄の貯蔵・輸送やストレス防御に働く物質である「グルタチオン [1] 」の新たな分解経路を発見しました。さらに、ここで働く酵素が別の防御物質グルコシノレート [2] の合成にも働くことから、同酵素が植物の硫黄代謝において2つの機能を担うことを解明しました。本研究の成果は、ストレス耐性作物や機能性作物の開発を通じ、食糧増産や健康増進に寄与することが期待されます。

本研究成果はThe Plant Journalの掲載に先立ち、accepted manuscriptとして8月1日に公開されます。
報道解禁日:8月1日(月) 14時30分(日本時間)
論文名:Glutathione Degradation Activity of γ-Glutamyl Peptidase 1 Manifests Its Dual Roles in Primary and Secondary Sulfur Metabolism in Arabidopsis
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/journal/1365313x
DOI:10.1111/tpj.15912 

現状
 硫黄(S)は植物が多量に必要とする元素の一つであり、 硫黄欠乏による収量低下は近年深刻な問題となっています。植物は吸収した硫黄をシステインに変換して様々な物質を合成しますが、システインは反応性の高さから細胞内濃度が低く、その貯蔵や輸送のためにはより安定な「グルタチオン」という物質が用いられます。グルタチオンは必要に応じてシステインに分解されますが、どの酵素がグルタチオン分解を担うのかについては十分に解明されていませんでした(図1)。また、グルタチオンは植物の環境ストレス防御において中心的な機能を担うことや、多様な生命現象の制御に働くことが知られており、グルタチオンの分解経路を明らかにすることは、植物のグルタチオン代謝を理解するためにも重要な課題となっていました。

研究体制
 本研究は、東京農工大学大学院連合農学研究科生物生産科学専攻の伊藤岳洋(博士後期課程1年)、農学府生物科学専攻修士課程の北岩泰祐(研究当時)、西薗亘祐(研究当時)、農学府農学専攻修士課程の馬橋美野里(研究当時)、宮地俊輔(研究当時)、農学部生物生産学科の桑原可奈(研究当時)、グローバルイノベーション研究院の安掛真一郎特任助教、農学研究院生物生産科学部門の大津直子教授、福島大学食農学類特任教授(東京農工大学名誉教授)の横山正特任教授、シンガポール国立大学HFSPフェローの杉山龍介研究員、国立研究開発法人理化学研究所環境資源科学研究センターの平井優美チームリーダー、佐藤心郎テクニカルスタッフ、稲葉ジュンテクニカルスタッフ(研究当時)、国立大学法人九州大学農学研究院生命機能科学部門の丸山明子准教授、国立大学法人東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻の伏信進矢教授から構成される国際共同研究グループによって実施されました。本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(15KT0028、16K07639、19H02859、22H05573)の支援を受けて行われたものです。

研究成果
 グルタチオン分解を担う酵素を同定するため、研究グループはまずグルタチオンを分解できない酵母にモデル植物シロイヌナズナの遺伝子をひとつずつ導入して発現させる実験を行い、GGP1という遺伝子を導入することで酵母がグルタチオン分解能を獲得することを発見しました。続けて、GGP1タンパク質とその仲間のGGP3タンパク質のグルタチオン分解活性を組換えタンパク質を用いて測定し、これらのGGPタンパク質が充分な活性を持つことを明らかにしました。さらに研究グループは、GGP1遺伝子が全身で豊富に発現していることや、GGP1遺伝子が壊れた植物(ggp1変異体)ではグルタチオンが蓄積することなどを明らかにし、GGP1が実際に植物でグルタチオン分解に働くことを示しました。
 実は、GGP1とGGP3は過去に別の機能が示されており、グルコシノレートと呼ばれる植物の防御物質の合成に関わることが知られていました。そこで研究グループは、GGPがグルタチオン分解とグルコシノレート合成の両方に機能するのではないかと考え、ggp1変異体の代謝産物をメタボローム解析 [3] で網羅的に調べました。その結果、ggp1変異体においては、予想通りグルタチオン分解とグルコシノレート合成の双方が影響を受けていることが分かりました。最後に、研究グループはタンパク質の立体構造予測 [4] を行い、メカニズム上もGGPが2つの機能を持てることを示しました。
 これらの結果から、研究グループは「GGP1およびGGP3がグルタチオンを分解し、特にGGP1が重要な役割を果たすこと」および「GGP1およびGGP3がグルタチオン分解とグルコシノレート合成の両方に機能すること」を明らかにしました(図2)。

今後の展開
 本研究によって新たなグルタチオン分解経路が明らかになったことで、今後植物におけるグルタチオン分解の意義の解明や、グルタチオン濃度を制御する仕組みの解明が進むと期待されます。グルタチオンはストレス防御や硫黄代謝において重要な役割を果たす物質であることから、これらの研究は将来的には分子育種を通じ、乾燥や高温などの環境ストレスに強い作物の開発や、健康成分を多く含んだ高機能作物の開発に貢献すると考えられます。

用語解説
[1] グルタチオン
3つのアミノ酸(グルタミン酸、システイン、グリシン)が結合した化合物で、植物をはじめ、ほとんどの生物に普遍的に含まれている。その機能は硫黄の貯蔵・輸送、ストレス防御、生体異物の解毒、シグナル伝達、生命現象の調節など多彩であり、植物の生育にも不可欠である。

[2] グルコシノレート
主にアブラナ科の植物が生産する化合物で、外傷を受けた際などにイソチオシアネートという物質に分解され、病害虫への防御などに働く。イソチオシアネートには発がん抑制作用などもあるとされ、健康成分としても注目されている。

[3] メタボローム解析
生体内の低分子化合物の総体を網羅的に解析する手法。本研究では質量分析法という方法を用いて実施した。

[4] タンパク質の立体構造予測
タンパク質は特定の立体構造に折りたたまれることでそれぞれの機能を発揮するが、その構造を近縁のタンパク質の構造やアミノ酸配列を用いて推定することを構造予測という。構造が分かることで、そのタンパク質がどのようなメカニズムで機能しているのかを理解することができる。

図1 硫黄代謝におけるシステインとグルタチオンの関係
図2 GGPによるグルタチオン分解およびグルコシノレート合成

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院
生物生産科学部門 教授
大津 直子(おおつ なおこ)
TEL/FAX:042-367-5878
E-mail:nohtsu(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
 

関連リンク(別ウィンドウで開きます)

 

CONTACT