市販のペットボトルも完全分解―ポリエステルを原料の単量体に完全分解する触媒反応を開発:プラごみ問題の解決に道

市販のペットボトルも完全分解―ポリエステルを原料の単量体に完全分解する触媒反応を開発:プラごみ問題の解決に道

 国立大学法人東京農工大学大学院工学府応用化学専攻 安倍亮汰(博士前期課程2年)、同大学院工学研究院応用化学部門 小峰伸之助教ならびに大学院工学研究院応用化学部門 平野雅文教授の研究チームは、東京都立大学大学院理学研究科 野村琴広教授と共同でポリエステルを単量体に戻す触媒反応を開発しました。ポリエステルは繊維や食器類、PETボトルなどの飲料容器、自動車部品や農業用資材などに使われている汎用性高分子であり、大量に消費されています。この成果により廃プラスチックに関わる社会課題の解決が期待されます。

本研究成果は、英国王立化学会Chemical Communications誌(6月27日付電子版)に掲載されました。
論文名:La(III)-Catalysed Degradation of Polyesters to Monomers via Transesterifications
URL: https://pubs.rsc.org/en/Content/ArticleLanding/2022/CC/D2CC02448A


現状
 廃プラスチック問題(プラごみ問題)は私たちが直面している大きな社会課題の1つです。ほとんどのプラスチックは自然界で分解することが難しく、毎年大量に東アジアを中心とした河川から海洋に流入しつづけていると考えられています 1 。2020年度の国内廃プラスチックの総排出量は822万トンと推計されています。日本におけるプラスチックのリサイクル率は86%とされていますが、その実態は溶解して再び同じ素材として利用するなどのマテリアルリサイクルが21%、分解油やガス化して利用されるなどのケミカルリサイクルはわずか3%です。残りの63%はサーマルリサイクルとよばれる方法ですが、プラスチックを燃料として使っているに過ぎません 2 。すなわち自治体によって分別回収されたプラごみのほとんどは、燃料にリサイクルされていることになります。ポリエステルは、繊維や食器類、飲料用ボトル、家電製品や農業用資材に使われている汎用性高分子であり、世界的に大量に消費されているプラスチックです。ペットボトルに使われるポリ(エチレンテレフタレート)(PET)も大量の強いアルカリ性のもとで分解できることは知られていましたが、分解後には大量の酸で中和する必要がありました 3 。触媒反応としてはリチウムメトキシドを使った温和な条件下での分解が最近報告されましたが、大量の炭酸ジメチル添加剤が必要となる点が課題です 4 。最近、水素ガスを用いた触媒分解も報告されていますが、265˚Cの高温が必要となります 5 。また、加水分解酵素による生分解も報告されていますが、事前にペットボトルを溶解する工程や酸性度を一定に保つために大量の緩衝液により酸性度を調節する必要があるなどが課題でした 6 。このため添加剤も不要でより効率的な分解方法が世界中で求められていました。

研究体制
 本研究は、東京農工大学工学府応用化学専攻 安倍亮汰(博士前期課程2年)、同大学院工学研究院応用化学部門 小峰伸之助教、および同大学院工学研究院応用化学部門 平野雅文教授らが東京都立大学大学院理学研究科 野村琴広教授と共同で行われました。また、MALDI TOF-MSの測定では本学学術研究支援総合センター機器分析施設野口恵一教授、ポリマーペレットの粉砕では大阪産業技術研究所森ノ宮センターの平野 寛博士と東 青史博士のご協力をいただきました。
 この研究は科学技術振興機構(理事長 橋本和仁、以下「JST」という。)が進める戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域「分解・劣化・安定化の精密材料科学」(研究統括 高原 淳(九州大学 特任教授))における研究課題「機能集積型バイオベースポリマーの創製・分解・ケミカルリサイクル」(研究代表 野村琴広 東京都立大学教授)として2021年10月より実施しています。JST CREST(JPMJCR21L5)による研究費を用いて行われました。

研究成果
 酸とアルコールにより水が脱離して生成する反応は縮合反応とよばれる反応の1つですが、この反応により生成する構造をエステル構造と呼びます。これまでに私達のチームでは、ベンジルエステルやアリルエステルなどの低分子化合物のエステルの触媒的結合切断 7 やボロン酸エステルの結合切断を鍵とする反応 8 などを報告してきました。本研究ではポリエステルがジカルボン酸とよばれる両端にカルボン酸が結合した単量体とジオールと呼ばれる両端がアルコールである単量体の反応により合成され、エステル構造とよばれる構造が繰り返されている点に着目しました。もしもポリエステルのエステル構造をメタノールなどの低分子量のアルコールに次々と交換して置き換えていくことができれば、最終的にはポリエステルの原料であるカルボン酸のメチルエステルとジオールに分解できます。このような反応はトランスエステル化反応と呼ばれ、エステル構造を持つ低分子化合物では効率的な反応も知られていましたが、ポリエステルを塩基や添加剤なしに効率的に分解する触媒は知られていませんでした。ポリエステルの中でも多く利用されているポリ(ブチレンスクシネート)(PBS)を用いて多くの触媒を様々な条件下で検討したところ、希土類元素のランタンの錯体が触媒として有効であることを見出し、メタノール中、触媒濃度わずか1 mol%、反応温度90˚C、反応時間4時間で定量的にポリエステルの原料であるスクシン酸ジメチル(別名:コハク酸ジメチル)と1,4-ブタンジオールに分解できることが分かりました。
 この反応は、10グラムのスケールでも125 mLのメタノール中、触媒濃度1 mol%、反応温度90˚C、反応時間4時間で定量的に分解することができ、得られたオイルをスクシン酸ジメチルと1,4-ブタンジオールに抽出分離することも可能でした(スキーム1)。またこれらを再度重合して、メタノールを放出しながらポリエステルに戻すことも可能でした。
 本反応には市販のメタノールをそのまま溶媒として使用することができ、空気中で反応できることは大きなメリットです。

スキーム1. ポリ(ブチレンスクシネート)の分解と再重合

 同様にしてポリ(アジピン酸エチレン)は、同じ反応条件で定量的にアジピン酸ジメチルとエチレングリコールに分解できました。  さらに、ペットボトルの材料であるポリ(エチレンテレフタレート)(PET)は、触媒濃度1 mol%、反応温度150˚C、反応時間4時間で定量的にテレフタル酸ジメチルとエチレングリコールに、エンジニアリングプラスチックとして家電製品などに用いられているポリ(ブチレンテレフタレート) (PBT)は同条件下で定量的にテレフタル酸ジメチルと1,4-ブタンジオールに分解することが可能でした。また、実際に市販のペットボトルも同一条件下で単量体に完全に分解できることが分かりました(式1)。これまでにPETの分解には、強塩基を大量に使う方法や、添加剤を大量に添加して分解する方法などが知られていましたが、本方法は安価な触媒と安価な溶媒のみで分解できる点、実験室レベルでは大きなスケールでも完全分解できる実用性の高い反応です。

今後の展開
 これまでにプラスチックをつくる重合触媒は優れた触媒が数多く開発されてきましたが、プラスチックを分解する触媒の研究はまだ始められたばかりです。今後の課題はより安価に、より温和な条件で分解を可能にして経済的にも見合った分解反応を構築することです。これまでに検討した典型元素や遷移元素、希土類元素のうちランタンの錯体が特に高い活性を示しましたが、今後は触媒活性種の解明を行い、さらに活性の高い触媒の開発を進めます。研究室でのスケール拡大には限界があるためより大きなスケールでの実証実験ができれば社会実装に近づくと期待されます。プラスチックには、ポリエステルのように縮合反応とよばれる反応によって合成されるものと、ポリエチレンのように付加反応とよばれる反応によって合成されるものの2種類に大別できますが、まずは本触媒系の改良により縮合反応により合成されるプラスチックの分解の研究を行います。また今後は分解前のプラスチックよりも価値ある化学物質を作り出す創造的分解に挑戦していきたいと考えています。

参考文献
1) C. Schmidt, T. Krauth, S. Wagner, Environ Sci. Technol., 2017, 51, 12246.
2) プラスチック循環利用協会2020年報告書「プラスチック製品の生産・廃棄・再資源化・処分の状況」
3) V. Sinha, M. R. Patel, J. V. Patel, J. Polym. Envoron., 2010, 18, 8.
4) S. Tanaka, J. Sato, Y. Nakajima, Green Chem., 2020, 23, 9412.
5) Y. Kratish, T. J. Marks, Angew. Chem. Int. Ed., 2022, 61, e202112576.
6) V. Tournier, C. M. Topham, A. Gilles, B. David, C. Folgoas, E. Moya-Leclair, E. Kamionka, M.-L. Desrousseaux, H. Texier, S. Gavalda, M. Cot, E. Guémard, M. Dalibey, J. Nomme, G. Cioci, S. Barbe, M. Chateau, I. André, S. Duquesne, A. Marty, Nature, 2020, 580, 216.
7) M. Hirano, S. Kawazu, N. Komine, Organometallics, 2014, 33, 1921.
8) S. Okazaki, K. Shimada, N. Komine, M. Hirano, Organometallics, 2022, 41, 390.

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院
応用化学部門 教授
平野 雅文(ひらの まさふみ)
  TEL/FAX:042-388-7044
E-mail:hrc@cc.tuat.ac.jp

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