巨大ながんスフェロイドを簡単に作製できる手法を開発

巨大ながんスフェロイドを簡単に作製できる手法を開発

 国立研究開発法人物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の早瀬元 独立研究者と国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院先端物理工学部門の吉野大輔 准教授は、超撥水性の基板を用いて直径数 mmの巨大ながんスフェロイドを簡単に作製する手法を開発しました。この成果は、今後、がんの病態解明や新たな抗がん剤の開発などに貢献することが期待されます。

本研究成果は、ACS Applied Bio Materials(7月21日付)にオンライン先行公開版として掲載されました。
論文名:CNC-Milled Superhydrophobic Macroporous Monoliths for 3D Cell Culture
URL:https://doi.org/10.1021/acsabm.0c00719 
本論文に関するプレプリント
URL:https://doi.org/10.26434/chemrxiv.12401261.v2  


背景
高齢社会が進むにつれて、私たち日本人の2人に1人が生涯でがんに罹患する時代になっています(注1; 国立がん研究センター, がん対策情報センター「最新がん統計」)。医療技術の進歩により新たな診断法や治療法が開発され5年生存率は改善していますが、特に難治性のがんの発生や転移のメカニズムや治療法などは未だ解明されてない部分が多くあります。私たちのからだの中で発生したがん細胞は、3次元的な組織(がん;悪性腫瘍)を作るように増殖します。従来の研究手法では、2次元(平面)で培養したがん細胞株を用いていたため、体内の腫瘍が存在する3次元的な微小環境を再現することが困難でした。3次元的な培養手法の開発に伴い、がん細胞が2次元と3次元のそれぞれの培養方法で異なる特性を示すことが明らかになっています(Lin and Chang, Biotechnol. J. 2008; Abugomaa et al., Sci. Rep. 2020など)。すでに数種類の3次元培養方法が開発・実用化されていますが、形状や大きさの制御が難しく、新たな抗がん剤の効果を定量的にスクリーニングするには再現性の面で課題がありました。

研究体制
物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 早瀬元 独立研究者と東京農工大学 工学研究院 吉野大輔 准教授は、両機関において共同研究契約を締結し、本研究を推進してきました。

研究成果
早瀬元 独立研究者は、液中分散したベーマイトナノファイバー(酸化水酸化アルミニウム AlOOH 組成)をポリマーで被覆して立体構造を形成する技術を用いて、耐久性と加工性を高めたモノリス型多孔体(注2)を開発しています。本研究においてはポリマーにポリメチルシルセスキオキサン(CH3SiO1.5)を用いて、切断・切削加工した平面が超撥水性(注3)を示す材料を作製しました。吉野大輔 准教授がこの材料に高精細な切削加工を施し、マイクロニードルやマイクロウェル(図1、注4)を作製しました。研究チームは、加工した超撥水性のマイクロウェルにがん細胞とコラーゲン溶液を混ぜた滴下し、37 ºC、30分程度でゲル化させ、その後3~5日間培養液に漬けて培養するだけで直径2 mmサイズの巨大ながんスフェロイド(注5; 図2)を簡便に作製することに成功しました。従来の手法と比べて、形状や寸法の誤差が小さく、再現性の高いスフェロイド作製法として提案しています。

今後の展開
今回用いた材料は、市販試薬2種類を水で薄めて反応(ゲル化)させ、アルコール洗浄・乾燥するだけで作製可能です。同じ設計データを準備することで、同じ形状のマイクロウェルを誰でも再現できるようになります。今回の報告では、直径数 mmのがんスフェロイドを簡単かつ歩留まり良く作製できるようになりました。今後は、この手法で作製したがんスフェロイドの特性を詳細に明らかにすることで、難治性がんの病態解明や新たな抗がん剤の開発などの研究に貢献できると期待しています。

図1: 開発した撥水性材料を加工したマイクロウェル。滴下した液滴(直径2 mm程度)が球状に留まる様子。
図2: 超撥水性のマイクロウェルを用いて作製した1 mm超の乳がんスフェロイドの顕微鏡画像。細胞が生きている状態の時、GFP(緑色蛍光タンパク質)を発現するように遺伝子組換えされた細胞を用いたため、スフェロイド表面の細胞が生きている様子を確認できる(下段)。

 

注1) 国立がん研究センター, がん対策情報センター「最新がん統計」
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html  
注2) モノリス型多孔体
小さな孔(細孔)を多くもつ巨視的な3次元構造材料。
注3) 超撥水性
撥水性のうち特に優れたもの。一般的には平面に水滴を落とした際その接触角が150°を超える性質を指す。
注4) マイクロウェル
微小なサイズの円形の溝が彫られた構造物で細胞などを培養する培養皿として用いることができる。
注5) スフェロイド
多くの細胞が集合、凝集して球状の塊になったもの。

謝辞
本研究の一部はJSPS科研費 17K14541、JSPS卓越研究員事業、武田科学振興財団の支援を受けて実施されました。

◆研究に関する問い合わせ◆

 東京農工大学大学院工学研究院
 先端物理工学部門 准教授
 吉野 大輔(よしの だいすけ)
  TEL/FAX:042-388-7113
  E-mail:dyoshino(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp

関連リンク(別ウィンドウで開きます)

 

CONTACT