一枚で三面を守る!!自己組織化で三次元のガスバリアを創る技術で、燃料電池の進化を目指す!

一枚で三面を守る!!自己組織化で三次元のガスバリアを創る技術で、燃料電池の進化を目指す!

 国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門の一川尚広と同大学大学院博士後期課程の小林翼(大学院工学府生命工学専攻)は、分子の自己組織化を駆使してジャイロイド構造を有するナノ構造フィルムを創り出す技術を開発しました。Xiangbing Zeng博士(Sheffield大学)、廣田雄一朗准教授(名古屋工業大学)、西山憲和教授(大阪大学)と共にナノ構造解析・物性評価を行ったところ、このフィルムは、水素イオンをよく通すが、水素ガスをよく弾く性質を持っていることを証明しました。ジャイロイド曲面は、一枚で三次元に湾曲した曲面構造を有しており、この構造が強く関与していると考えられます。今後、燃料電池の更なる高性能化などに繋がることが期待されます。

本研究成果は、Macromolecular Rapid Communications(5月7日付)に掲載され、表紙を飾りました。
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/marc.202100115

現状
 我々の身近には様々な機能性フィルムが存在します。それらの多くは高分子が複雑かつランダムに絡み合って出来上がっています。用途によって、透明性・伸びやすさ・ガス透過性などが適切に設計されており、多々の場面で日常を支えています。このような機能性フィルムは、最新のデバイスを組み上げる上でも不可欠な素材です。例えば、燃料電池はカーボンニュートラルな時代に向けてより強く脚光を浴びていますが、この中にも負極と正極を隔てる電解質フィルムが使われています。このフィルムに求められる要件として、『水素イオン』をよく流すが、燃料となる『水素ガス』や『酸素ガス』は全く通さないという性質が重要となります。

研究体制
 本研究は、東京農工大学の一川尚広准教授(大学院工学研究院)のグループとSheffield大学のXiangbing Zeng博士、名古屋工業大学の廣田雄一朗准教授(工学部生命・応用化学科)、大阪大学の西山憲和教授(大学院基礎工学研究科)との共同研究により実施されました。本研究は科学研究費 基盤研究B(17H03038・一川尚広)、特別研究員奨励費(JP 18J21088・小林翼)の助成を受け実施されました。

研究成果
 本研究では、特定のものは通すが、他のものは通さないようなフィルムの開発を目指し、『ジャイロイド曲面(注1)』という幾何学構造(図1)に着目しました。この構造は、たった一枚の連続的な面からできているにも関わらず立方周期性を持っている点が特徴です。XYZ軸空間にこのジャイロイド構造を置いたとき、たった一枚の曲面からできているにも関わらず、XYZ軸のどの軸方向から眺めたとしても幾重にも面が張っており、この構造を貫こうとすると何度も何度もこの曲面を貫かなくてはいけなくなります。このような構造をフィルム内部にナノレベルで作り上げ、更にこのジャイロイド曲面に『水素イオンを流す性質』と『水素ガスを弾く性質』の両方を付与することができれば、燃料電池の理想的な電解質フィルムになるのではと考えました。ナノレベルで分子を精密に並べる手段として『自己組織化』に着目し、図2に示したような分子を独自に設計・合成しました。この分子は、水と馴染む電荷を帯びた骨格と水と馴染まない骨格が絶妙なバランスで設計されており、それぞれの骨格が近接しないように並ぼうとする力が働き、自発的にジャイロイド構造を形成していきます。まるでプログラムされているかのように分子が配列・組織化し、ナノレベルで精密な構造を形成します。ジャイロイド構造を形成している状態で分子同士を連結し固めることで、目標としたナノ構造フィルムを創ることに成功しました。実際にフィルムの物性を調べてみたところ、10⁻¹ S cm⁻¹という極めて高い水素イオン伝導性と10⁻¹⁵ mol m m⁻² s⁻¹ Pa⁻¹という極めて低い水素ガス透過性を確認することができました。フィルム内のジャイロイドナノ構造の存在がこれらの優れた物性値を引き出していることがわかりました。
 
今後の展開
 我々のこのジャイロイド構造フィルムに関しては、物理化学的に未解明な点がまだまだ沢山あり、基礎・応用面で更なる研究が不可欠です。今後、社会実装していくためには、解明しなければならない点や改良しなければならない点も山積みですが、既存のフィルムと比較して極めて精密なナノ構造を持っていることを考えると、様々な点でアドバンテージが現れる可能性があります。例えば、燃料電池デバイスへ組み込むことができれば、貴重な白金触媒の必要量の低減や真空中でも使えるなどの利点が現れる可能性があります。今後、このような利点の実証に向け、基礎と応用の両面で研究を進めていきたいと考えています。

用語解説
 注1)ジャイロイド曲面:図1で示したような3次元的に湾曲する曲面

図1:ジャイロイド曲面構造。
図2:一川研で設計した自己組織化分子。
図3:ジャイロイド構造内を水素イオンが輸送されつつ水素ガスは弾かれる様子の模式図。(株式会社アートアクション製作)

◆研究に関する問い合わせ◆

東京農工大学大学院工学研究院
生命機能科学部門 准教授
一川 尚広(いちかわ たかひろ)
TEL/FAX:042-388-7275
E-mail:t-ichi(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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