生体軟組織が超音波によって分極する!

生体軟組織が超音波によって分極する!

 

 国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院先端物理工学部門の生嶋健司教授らは、アキレス腱や大動脈などの線維状の生体軟組織が超音波により電気的に分極することを発見し、生体環境に近い湿潤状態において、その電気分極の画像化に成功しました。この成果により、今後、腱・靭帯の診断や臓器線維化の診断など、超音波を用いた新しい医療診断が期待されます。

本研究成果は、米国物理学会の学術誌Physical Review Letters(2019年12月3日付)に掲載され、Editors’ Suggestionに選ばれています。
また、Physical Review誌で特に幅広く関心を集める論文や記事を紹介する米国物理学会のニュースサイト「Physics」(physics.aps.org)でも取り上げられます。

論文タイトル:Electric polarization of soft biological tissues induced by ultrasound waves
URL:https://journals.aps.org/prl/
報道解禁日:2019年12月4日(水)午前1時00分(日本時間)

現状
 骨に圧力が加わると電気分極が発生する(注1)ことは、半世紀以上前に発見され、骨の健康状態や治癒との関係性が注目されています。しかし、骨以外の柔らかい生体組織の圧電性についてはまだ十分に明らかにされていません。また、測定上の困難さから、多くの研究は乾燥した生体組織に限られ、生体環境により近い湿潤状態における圧電性についてはほとんど研究されていません。身体における様々な組織や臓器における圧電性が明らかになれば、その圧電性を通した医療診断の可能性が期待されます。

研究体制
 本研究は、東京農工大学の生嶋健司(大学院工学研究院 教授)の研究チームで実施しました。

研究成果
 超音波は、人間の耳には聞こえない高い周波数で振動する音です。本研究グループでは、この超音波の圧力(音圧)によって誘起される電気分極や磁気分極を調べる方法(音響誘起電磁法:注2)を開発してきました。今回、本研究グループは、アキレス腱、大動脈壁、大動脈弁などの線維状の生体軟組織(注3)に対して、超音波によって誘起される電気分極を観測し、音圧と電気分極の大きさが比例関係にあることを実証しました。また、脂肪組織や心筋などの非線維状組織では電気分極が小さい(圧電性が小さい)こともわかりました。これらの結果から、コラーゲンやエラスチンを主成分とする線維状の生体組織は比較的大きな圧電性を有していることが示唆されます。さらに、本研究では、生体環境に近い湿潤状態において、超音波によって誘起される電気分極を画像化することにも成功しました(図1)。

今後の展開
 湿潤状態における圧電性を超音波により画像化できるため、非侵襲医療診断への応用が期待されます。特に、腱や靭帯の診断、臓器のコラーゲン線維化を可視化する診断など、従来のエコー法とは全く異なる情報を画像化する新しい超音波医療診断に発展することが期待されます。

本研究はJSPS科研費 17H02808と19K22956の助成を受けたものです。

注1)圧電性
物質に圧力を加えると、圧力に比例して電気分極が現れる現象。圧電効果やピエゾ効果ともいう。逆に、電場を印加すると物質が変形する現象は逆圧電性という。圧電性は、スピーカーやアクチュエーターなど幅広い産業分野で利用されている。

注2)音響誘起電磁法(ASEM法)
超音波によって誘起される電波を検出・画像化する方法。圧電性や圧磁性を有する物質に超音波を照射すると、電気分極や磁気分極が発生し、周辺に微弱な電波が放射される。この電波を検出し、超音波スキャンニングにより物質の圧電性や圧磁性を画像化する方法。工業分野では、鉄鋼等の非破壊検査への応用が期待されている。MHz帯の高周波の超音波を利用することにより、水による分極の相殺を避けることができ、湿潤状態や生きた生体内における圧電測定も可能である。

注3)線維状の生体組織
コラーゲンやエラスチンなどの線維状タンパク質を主成分とする組織。代表例として、アキレス腱(コラーゲン)や靭帯(エラスチン)が挙げられる。大動脈壁の主成分はエラスチン、大動脈弁はコラーゲンである。

図1:超音波によって誘起された電気分極の断層像(大動脈壁)

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院
先端物理工学部門 教授
 生嶋 健司(いくしま けんじ)
 TEL/FAX:042-388-7120
 E-mail:ikushima(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp 

 

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