酸化ストレスに応答して酸化による損傷から細胞や組織を保護する自己集合性ペプチドの開発に成功 ―炎症組織や筋肉組織の保護と再生医療への応用に期待―

2024年5月14日

酸化ストレスに応答して酸化による損傷から細胞や組織を
保護する自己集合性ペプチドの開発に成功
―炎症組織や筋肉組織の保護と再生医療への応用に期待―

ポイント

  • 活性酸素種(ROS)に応答して迅速に分解される自己集合性ペプチド(JigSAP-MMM)の開発に成功した。
  • JigSAP-MMMの分散液はヒドロゲルを形成し、代表的なROSである過酸化水素(H₂O₂)に応答して迅速に分解する。
  • JigSAP-MMMヒドロゲルのH₂O₂応答性により、細胞に対する酸化ストレスが大きく軽減され、炎症組織や筋肉組織の保護に加え、再生医療への応用につながると期待できる。 

本研究成果は 2024 年 5月9日(木)、米国化学会誌「Biomacromolecules」のオンライン版で公開されました。
論文タイトル:ROS-responsive methionine-containing amphiphilic peptides impart enzyme-triggered phase transition and antioxidant cell protection
著者:Yoshika Hara, Ken Yoshizawa, Atsuya Yaguchi, Hirotsugu Hiramatsu, Noriyuki Uchida, and Takahiro Muraoka
 *責任著者内田紀之、村岡貴博

URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.biomac.4c00129

背景
 活性酸素種(ROS)注1)は、細胞活動におけるシグナル伝達を担う重要な生体シグナル分子です。しかしその一方、過剰なROSの蓄積は細胞に対して酸化ストレスを引き起こし、核酸や脂質、タンパク質などの広範な生体分子に対して不可逆的な損傷を与えます。その結果、2型糖尿病やがんなどの疾患の原因となり、また老化の進行とも深く関わっていることが知られています。ROSを除去するため、細胞内には、複数のメチオニン残基(Met)注2)を表面露出した抗酸化タンパク質が存在します。この抗酸化タンパク質は、Metをメチオニンスルホキシド(MetO)へと変化させることROSを除去することが知られ、このような分子システムによって生体はROSに対する抵抗性を獲得しています。このMetの酸化反応特性を利用した抗酸化生体分子システムを、生体適合性が高く組織工学材料として用いられている自己集合性ペプチド注3)で模倣することができれば、細胞や生体組織を保護する効果的なROS応答性バイオマテリアルの開発につながると期待されます。しかし、Metの酸化反応特性を組み込み、高い感度でROSに応答する自己集合性ペプチドはこれまで開発されてきませんでした。

研究体制
 本研究は、東京農工大学大学院工学府の原良佳(博士前期課程修了)、吉澤憲(博士後期課程)、矢口敦也(博士後期課程)、大学院工学研究院の内田紀之特任講師、村岡貴博教授、台湾・國立陽明交通大学の平松弘嗣副教授の研究グループにより行われました。本成果は、科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業FOREST (課題番号: JPMJFR2122、研究代表者:村岡貴博)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST (課題番号: JPMJCR19S4、研究代表者:野地博行)、日本学術振興会科学研究費助成事業 学術変革領域研究(B)「遅延制御超分子化学」(課題番号: JP21H05096、研究代表者:村岡貴博)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 官民による若手研究者発掘支援事業 (課題番号: 23W1M041、研究代表者:内田紀之)、ロッテ財団(研究代表者:内田紀之)などの支援を受けて得られました。

研究の内容と成果
 これまで筆者らの研究グループは、水に対する親和性が低いアミノ酸(疎水性アミノ酸)と高いアミノ酸(親水性アミノ酸)を交互に配列し、親水性と疎水性の両方の性質を持ち合わせた両親媒性ペプチドJigSAPの開発を進めてきました。JigSAPは疎水部に特徴的な凹凸形状を有し、JigSAPが組み木のように自己集合することで、広い細胞接着面積を持つ均一なナノファイバーを形成するため、組織再生材料として有望です(A. Yaguchi et al. Nature Communications 2021, 12, 6623; Y. Hara et al. ChemBioChem 2023, 24, e202200798)。本研究においては、ROSに対する応答性を付与するため、疎水部に3つの疎水性アミノ酸であるメチオニン残基(Met)を導入した自己集合性ペプチドJigSAP-MMM(アミノ酸配列:Ac-RMDARMRADMR-NH₂)、及び比較分子としてMetが2つ導入されたJigSAP-MIM(Ac-RMDARIRADMR-NH₂)と、1つ導入されたJigSAP-MII(Ac-RMDARIRADIR-NH₂)を合成し、その機能を評価しました。
 合成した3種類のペプチドは、すべて水中で超分子ナノファイバーへ自己集合することが透過型電子顕微鏡観察から確認され、粘弾性解析によってヒドロゲル注4)を形成したことが確認されました。ここで興味深いことに、それぞれのペプチドゲルに対して代表的なROSであるH₂O₂を作用させたところ、その応答性はペプチドごとに異なり、最も多い3つのMet を有するJigSAP-MMMが顕著に高い応答性を示しました。ガラス試験管中に作成したペプチドゲル(ペプチド濃度1.0wt%)の上にH₂O₂水溶液を添加し、経時変化を観察した結果を図2に示します。1つのMet を有するJigSAP-MIIゲルは、0.1%および1% H₂O₂水溶液と3時間反応させた後もゲル状態が維持されました(図2a-e)。2つのMet を有するJigSAP-MIMゲルは0.1% H₂O₂水溶液と混合した場合にはゲル状態を維持したものの(図2f, i, j)、1% H₂O₂水溶液と混合した場合にはゲル-ゾル転移注5)を起こしました(図2f-h)。ここで興味深いことに、3つのMet を有するJigSAP-MMMゲルの場合、1% H₂O₂水溶液(図2k-m)だけでなく、0.1% H₂O₂水溶液と混合した場合においても、ゲル-ゾル転移が観察されました(図2k,n,o)。これらの結果は、両親媒性ペプチド中の疎水部に配置されたMetの数が多いほど、H₂O₂に対するヒドロゲルの応答性が向上することを示しています。
 さらにJigSAP-MMMは、グルコースオキシダーゼがグルコースと反応して生じるH₂O₂に対しても応答しゲル-ゾル転移を示しました。このことから、JigSAP-MMMは生体システムに応答する高い感度を有していることが分かりました。JigSAP-MMMゲルの高いH₂O₂応答性を利用し、溶液中に存在するH₂O₂を効率的に不活化し、共存する細胞に対する酸化ストレスおよび細胞毒性を抑制することを調べました。ガン化した浮遊免疫細胞株であるJurkat細胞を、JigSAP-MIIゲルまたはJigSAP-MMMゲル(ペプチド濃度:0.09 wt%)とH₂O₂(0.0006 wt%)の存在下、37℃で24時間培養しました。その後、細胞Live/Deadアッセイを行い、生細胞を緑色蛍光に、死細胞を赤色蛍光に染色し、蛍光顕微鏡観察、及びフローサイメトリー解析によって細胞毒性を定量的に評価しました。ペプチドとH₂O₂をいずれも添加しない条件ではJurkat細胞の大部分が生存しました(図3a、3e灰色バー、89.0%)。一方、ペプチド非存在下でH₂O₂を添加した場合には、細胞生存率は6.3 %と大幅に減少し、酸化ストレスにより大量の細胞死が起こったことが示されました(図3d、3e赤色バー)。ここで特筆すべきことに、JigSAP-MMM存在下でH₂O₂を添加した場合、Jurkat細胞の79.7%が生存したことから(図3b、3e青色バー)、JigSAP-MMMが酸化ストレスによる細胞死を効果的に抑制することが明らかになりました。また、比較としてJigSAP-MIIを用いて同様の実験を行った場合、Jurkat細胞に対する抗酸化性はJigSAP-MMMよりも著しく低かったことから(50.3%、図3c、3e緑色バー)、ペプチド中のMet数を増やすことで、より高い抗酸化性を実現できることが示されました。

今後の展開
 H₂O₂をはじめとするROSは、細胞代謝、免疫応答、心筋活動など、多くの細胞活動に関与する重要な生物学的シグナルですが、それと同時に炎症組織や筋肉組織において過剰発生するROSは、周辺細胞に対して酸化ストレスを与え、細胞毒性を示します。今回の発見は、ROSが過剰発生する組織を保護し、再生するための細胞足場材料(ヒドロゲルやフィルム)を設計する際に役立つものであり、将来の再生医療の基盤技術となる可能性があります。

図1 JigSAP-MMMの酸化前後における分子構造とROS応答性JigSAP-MMMファイバーの概念図 3つのMet残基を含むJigSAP-MMMは、水中で超分子ナノファイバーへ自己集合し、H₂O₂に応答してMetをMetOへ酸化することで脱重合する。
図2 Metの数が異なるペプチドゲル(JigSAP-MII、JigSAP-MIM、JigSAP-MMM)のH₂O₂応答性 a) JigSAP-MII (1.0 wt%、150 μL)、f) JigSAP-MIM (1.0 wt%、150 μL)、k) JigSAP-MMM (1.0 wt%、150 μL)からなるヒドロゲルの25℃における写真。b,c,d,e) JigSAP-MII、g,h,i,j) JigSAP-MIM、l,m,n,o) JigSAP-MMMに対して1%および0.1% H₂O₂水溶液(300 μL、1%および0.1% H₂O₂:それぞれペプチド分子に対して92および9.2等量)をヒドロゲルの上部に添加した。ヒドロゲルはHEPES(4 mM)を含むDMEMバッファー(pH 7.4)中で調製した。インキュベーション時間:b,d,g,i,l,n) 1時間、c,e,h,j,m,o) 3時間。
図3 JigSAP-MMMとJigSAP-MIIのH₂O₂に対する抗酸化性細胞保護機能 a) ペプチドとH₂O₂をいずれも含まない、d) ペプチドを含まずH₂O₂が存在する、b) JigSAP-MMMゲルとH₂O₂が存在する、c)JigSAP-MIIゲルとH₂O₂が存在する条件でJurkat細胞を培養し、その後Live(緑蛍光)/Dead(赤蛍光)アッセイを行った際の蛍光顕微鏡画像。スケールバー: 20 μm。e) ペプチドとH₂O₂をいずれも含まない条件(灰色)、JigSAP-MMMゲルとH₂O₂の存在下(青色)、d) JigSAP-MIIゲルとH₂O₂の存在下(緑色)、ペプチドを含まずH₂O₂が存在する条件(赤色)における、フローサイトメトリー解析によるJurkat細胞の生存率。H₂O₂濃度:0.0006 wt%、ペプチド濃度: 0.09 wt%。

用語解説
注1)活性酸素種(ROS)
生体分子などの酸化障害を引き起こす酸素種の総称。主な活性酸素種としては過酸化水素、一重項酸素、スーパーオキシド、ヒドロキシルラジカルがある。

注2)メチオニン(Met)
必須アミノ酸の1つであり、側鎖にスルホキシド(MetO)に酸化される硫黄原子を含む。

注3)自己集合性ペプチド
疎水性相互作用や水素結合などの非共有結合によって、水中で自己集合するペプチド。ここでは特にナノファイバーを形成する両親媒性ペプチドを指す。

注4)ヒドロゲル
高分子や自己集合性分子が水中で三次元網目構造を形成することで作成される、流動性の低い材料。

注5)ゲル-ゾル転移
流動性の低いゲル状態から、刺激に応答して、ある点を境に流動性の高いゾル状態に変化する現象。


 

 

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  特任講師 内田 紀之 (うちだ のりゆき)
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