タンパク質分子中の酸素の通り道を解明~糖尿病診断用酵素改良の新しい指針~

タンパク質分子中の酸素の通り道を解明
~糖尿病診断用酵素改良の新しい指針~

国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門の早出広司教授と本学客員准教授・国立大学法人香川大学総合生命科学研究センター分子構造解析研究部門吉田裕美博士は糖尿病の診断に用いられている酵素、フルクトシルペプチド酸化酵素、およびその変異酵素の構造解析に成功し、このタンパク質分子内の酸素の通り道を明らかにしました。本酵素は糖尿病の診断および血糖値管理に欠かせない糖化ヘモグロビンの計測に不可欠な酵素です。この成果により、本酵素の酸素の通り道を改良することで、バイオエレクトロニクスへの応用に適した改良型酵素の設計・開発が加速することが期待されます。

本研究成果は、Scientific Reports (nature publishing group)(6月5日付)に掲載されます。
報道解禁日:6月5日18:00(日本時間)
http://www.nature.com/articles/s41598-017-02657-5(別ウィンドウで開きます)

現状:
糖尿病患者の増加は世界的な社会問題です。糖尿病の治療においては血糖値管理、つまり血糖値を健康な人と同じレベルに保つよう薬や食事、運動などでコントロールすることが不可欠です。この糖尿病の診断や血糖値管理の指標には「糖化ヘモグロビン」(ヘモグロビンA1c; HbA1c)*1が用いられており、HbA1c値の酵素測定法に用いられる酵素がフルクトシルペプチド酸化酵素です。HbA1cの測定法にはこの酸素を用いるため、測定値が酸素濃度の影響を受けやすいという課題がありました。この課題が原因で本酵素を応用したバイオセンシング技術*2の発展が遅れていました。

研究体制:
本研究は、東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門・グローバルイノベーション研究院の早出広司教授の研究グループ、本学客員准教授・香川大学総合生命科学研究センター分子構造解析研究部門の吉田裕美博士によって行われました。

研究成果:
これまでに当研究室ではフルクトシルペプチド酸化酵素と、酸素との反応性を低減した変異酵素の作成について報告していました。本研究では、この元々のフルクトシルペプチド酸化酵素およびその変異酵素を、大腸菌を用いて組み換え生産し、これを結晶化することで、それらの立体構造を解明しました。元々の酵素と、酸素との反応性が低下した変異酵素の分子構造をX線結晶構造解析によってそれぞれ明らかにし、これらを比較することで、本酵素タンパク質分子のどこを酸素が通過していくかが明らかになりました。この研究では今後のバイオエレクトロニクス応用に向けた本酵素の改良を加速的に推進できる可能性を示すばかりでなく、同様の反応機構を有する他の酸化酵素全般の改良指針を提案しています。

今後の展開:
これまでの多くの科学者・企業の研究によりHbA1c計測のための次世代の酵素として、酸素とは反応せず、人工の電子受容体とだけ反応する「フルクトシルペプチド脱水素酵素」が探索されてきましたが、その存在は明らかになっていません。今回の研究によって、フルクトシルペプチド酸化酵素の酸素の通り道が明らかになったことで、フルクトシルペプチド酸化酵素の構造を改良することで、人工のフルクトシルペプチド「脱水素酵素」が開発できます。このような酵素が開発できれば、現在の血糖計測に用いられている血糖自己測定器*3と同様な簡単にかつ正確にHbA1c計測が可能なバイオセンサーが開発できると期待されます*4

*1 糖化ヘモグロビン(A1c; HbA1c)
ヘモグロビンにグルコース(ブドウ糖)が化学的に結合したもの。糖化される場所によっていくつかの種類に分けられますが、このうちヘモグロビンA1c(HbA1c)と呼ばれる分子は糖尿病の診断や血糖値管理の指標として用いられています。血液中のヘモグロビンのうちどの程度の割合がHbA1cになっているかを示す値がHbA1c値で、ふだんの血糖値が高い人はHbA1c値が高くなり、血糖値が低い人はHbA1c値も低くなります。

*2 バイオセンシング技術 
生命現象における情報を抽出し、これを定量化するための計測技術の総称を指します。東京農工大学工学研究院生命機能科学部門(工学府生命工学専攻、工学部生命工学科)では、民間企業と共同でのバイオセンシング技術の研究開発を多数行っています。

*3 血糖自己測定器
糖尿病患者の方が自分の血糖値を自分で把握するために用いられている医療機器のことです。指先などから穿刺器具を用いて血液試料を採取し、これを血糖自己測定器に供します。血糖自己測定器は表示部とセンサ部から構成され、このセンサ部に血糖、すなわち血液中のグルコースを特異的に認識する酵素、グルコース脱水素酵素が仕込まれています。

*4 今後の期待
本酵素、フルクトシルペプチド酸化酵素は計測の対象となるHbA1cの加水分解産物である糖化ペプチドを酸化し、その時の得られた還元力で酸素を還元して過酸化水素を生成する反応を触媒します。一方、現在の血糖自己測定器の主流となっている測定原理、つまり、酸素の替わりにメディエータと呼ばれる酸化還元色素を用い、これを酵素反応で還元して、電気化学的に計測する原理を採用しています。フルクトシルペプチド酸化酵素を応用して同様の原理でセンサを開発すると、このメディエータと酸素が酵素との反応において競合してしまい、正確な値を求めるためことが困難です。本研究の結果を発展させ、フルクトシルペプチド酸化酵素を酸素とは反応せずにメディエータとだけ、反応する、いわば、「フルクトシルペプチド脱水素酵素」が開発できれば、この問題は一気に解決され、血糖自己計測機器同様のハンディで正確なHbA1cセンサの開発が期待されます。

図1;フルクトシルペプチド酸化酵素の結晶
図2; フルクトシルペプチド酸化酵素の中の酸素の通り道

◆研究に関する問い合わせ◆
 東京農工大学大学院工学研究院
 生命機能科学部門 教授 早出 広司(そうで こうじ)
  TEL/FAX:042‐388‐7027

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