新規花器処理型生物農薬の開発

新規花器処理型生物農薬の開発

 東京農工大学大学院農学研究院生物制御科学部門の有江力教授、小松健准教授、寺岡徹名誉教授、同大学大学院連合農学研究科生物生産科学専攻の齊藤大幹氏(博士後期課程3年)等の研究グループは、イネの重要病害であるばか苗病の発生を抑制する生物防除菌(生物農薬候補微生物)を発見し、さらに新たな処理方法を開発しました。本手法を用いることで、ばか苗病菌に感染していないクリーンな種子を生産できます。また、この種子から生育したイネは、ばか苗病菌にかかりにくいことから、米作における化学農薬使用量の低減につながることが期待されます。
 具体的には、イネばか苗病菌の伝染環を模倣し、発病抑制能を持つ非病原性菌を、あたかもワクチン接種のようにイネの花に噴霧処理することで、花を経由したばか苗病菌の感染拡大を防ぎます。また、花から得られる種子に生物防除菌が潜むことで、その種子から生育した次世代の植物体でのばか苗病の発生・拡大も抑制できます。本手法は、花の感染が原因となる他の植物病害に対しても適用できる可能性があります。
 本手法の発見・開発は、本学の協定校で、かつ本学が協力するJICAカントー大学強化事業の対象校であるベトナムカントー大学などとの国際共同研究の成果です。

本研究成果は、2020年10月30日にApplied and Environmental Microbiology(AEM)誌への掲載が決定し、2021年1月4日にオンライン公開されました。
また、AEM誌87巻2号のArticles of Significant Interestに選出されました。
論文名:Spray application of nonpathogenic fusaria onto rice flowers controls bakanae disease (caused by Fusarium fujikuroi) in the next plant generation
DOI:10.1128/AEM.01959-20
URL:https://aem.asm.org/content/87/2/e01959-20

  研究背景:
 ばか苗病(注1)は、イネの重要病害の1つで、イネの花(花器)にばか苗病菌(Fusarium fujikuroi)が感染した汚染種子が、主な伝染原因となります。汚染種子を用いて栽培を行うことで、育苗中に健全な植物にも感染が広がり、感染した植物は、圃場に定着後に徒長・枯死し、枯死した植物表面に形成されるばか苗病菌の胞子が、花器感染の伝染源となり、また汚染種子が形成されます(図1)。ばか苗病をはじめとする種子伝染性病害の防除は、一般的に化学農薬を用いた種子消毒法によっています。しかし、化学農薬の繰り返しの使用は、耐性菌の出現の危険性をはらんでおり、ばか苗病においても耐性菌の出現が問題になっています。また、化学農薬の代替として使用されるようになった約60°Cの温湯を用いた種子消毒法や生物農薬(注2)では、技術的問題や環境条件によって、しばしば有効性が不十分になる場合があり、より安定した防除手段の確立が求められていました。
 そこで本研究では、ばか苗病の主な伝染原因である汚染種子が、ばか苗病菌がイネ花器に感染することで形成されるという事実に着目し、ばか苗病を抑制できる菌(生物防除菌)をイネ花器に処理することで、ばか苗病菌の感染を抑制し、汚染種子の形成を低減できるのではないかという仮説を立てました。さらに、イネ花器に処理した生物防除菌が、花から形成される種子にもワクチンのように定着、潜在すれば、その種子を用いることで、育苗中のばか苗病の感染拡大も抑制できることが期待されました。


研究体制:
 本研究は、国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院生物制御科学部門の有江力教授、小松健准教授、寺岡徹名誉教授、同大学大学院連合農学研究科生物生産科学専攻の齊藤大幹氏(博士後期課程3年)、加藤亮宏博士(2012年3月博士後期課程修了)、同大学大学院農学府生物制御科学専攻の野中陽子氏(2012年3月修士課程修了)、田中淳氏(2014年3月修士課程修了)、徳永智美氏(2015年3月修士課程修了)、佐々木舞衣氏(2017年3月修士課程修了)、藤田尚子博士(研究員)、農研機構の兼松誠司氏、カントー大学(ベトナム)のTran Thi Thu Thuy氏、Le Van Vang博士、Le Minh Tuong氏、宮城県の鈴木智貴氏、青森県産業技術センターの倉内賢一氏から構成される国際研究グループによって実施されました。
 また、本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金挑戦的萌芽研究(24658039)および科学技術振興機構研究成果最適展開プログラムA-STEP【FS】(シーズ顕在化タイプ)の支援を受けて実施されました。ベトナムカントー大学は、本学の協定校であるとともに、本学が協力する国際協力機構(JICA)カントー大学強化事業の対象校で、本国際共同研究はその研究力強化の一貫で行われました。

研究成果:
 本研究では、まず、青森県、宮城県、およびベトナムにおいて、ばか苗病が発生しているイネ圃場に生育する健全なイネから、フザリウム属菌を分離、収集し、得られたフザリウム属菌を慣行の種子消毒法でイネ種子に処理することで、ばか苗病を抑制できる非病原性菌株を選抜しました。これによって得られた4菌株(a25、a29、W3、W5)を、人工気象器で栽培した開花期のイネの花にスプレーで吹き付け(花器処理)、得られた種子をばか苗病菌の菌液に24時間浸漬した上で播種し、ばか苗病の発病率を調査しました。その結果、4菌株とも次世代の植物体のばか苗病発病を抑制できることが明らかになりました(図2)。次に、圃場における花器処理の効果を評価するため、東京農工大学FM本町、青森県産業技術センター、宮城県古川農業試験場の各圃場で試験を行いました。この試験では、日本産菌株である2菌株(W3、W5)を使用し、人工気象器同様に開花期のイネの花にスプレーで吹き付け、処理済み種子を用いて評価を行いました。その結果、これらの菌株の花器処理による種子の質への影響は無く、一方でばか苗病の発病は有意に抑制でき、圃場においても安定して効果が得られることが分かりました。これらの結果から、今回選抜した菌株の花器処理は、イネばか苗病の発生を抑制するのに有効であることが示されました。
 さらに、この抑制効果のメカニズムを明らかにするために、圃場試験で最も効果の安定していたW5株について、緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現する変異体を作製し、赤色蛍光タンパク質(RFP)を発現するイネばか苗病菌変異体とともに、イネの花や植物体での動態を蛍光観察しました。その結果、花器処理した場合、W5株は、ばか苗病菌のイネの花の深部への侵入や、次世代の植物体上でばか苗病菌の優占を妨げることが分かりました。これは、W5株がばか苗病菌と植物体上の場を競合していることが原因と考えられます(図3)。また、W5株は、花器処理して得られた種子を6ヶ月保存した後にも生残しており、播種後の植物体で定着している様子も観察されました。これは、秋に収穫された種子が春に播種されるまでの保存期間を経ても、花器処理の有効性が失われないことを示しており、実用において、重要な保存安定性の問題がないことを意味します。以上の結果から、種子伝染性の重要病害であるイネばか苗病に対して、非病原性フザリウム属菌の花器処理が、安定して効果が得られる新たな防除手段として有用であることが示されました。
 本研究に関連する特許(JST知財活用促進ハイウェイ「大学特許価値向上支援」の支援をいただき出願した)
 日本国6241001、大韓民国10-1770656、インドネシア共和国IDP000052506、アメリカ合衆国米国10264796 B2、ベトナム社会主義共和国45215

今後の展開:
 本研究のコンセプトである「非病原菌の花器処理による種子伝染性病害の防除」は、イネばか苗病以外の種子伝染性病害や、花器感染を原因とする病害にも有効であることが期待されます。また、実際の展開においては、花器処理は種子生産圃場において実施されることから、健全種子の生産だけでなく、食用植物生産圃場における農薬使用量低減にも寄与できます。現在、本研究で有用性を見出したW5株について、生物農薬としての実用化を目指した研究を行っています。


用語解説:
注1)イネばか苗病
イネの重要種子伝染性病害の1つ。糸状菌(カビ)の一種であるばか苗病菌(Fusarium fujikuroi)によって引き起こされる。植物ホルモンであるジベレリンがこの菌から発見された(黒澤、1926;藪田、1930)。

注2)生物農薬
植物の病害等の防除に、生きた微生物を使用する方法で、その微生物が農薬登録されると、生物農薬として圃場で病害防除目的に使用できるようになる。

図1:ばか苗病菌の伝染環
図2:非病原性フザリウム属菌の花器処理は次世代のばか苗病発病を抑制する
図3:非病原性フザリウムW5株はばか苗病菌とイネ植物体上の場を競合する

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院
生物制御科学部門 教授
有江 力(ありえ つとむ)
TEL/FAX:042-367-5691
E-mail:arie(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

プレスリリース(PDF:1.87MB)

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