β型酸化ガリウム結晶の有機金属気相成長に成功!~ 次世代パワーデバイスによる脱炭素社会実現を加速 ~

β型酸化ガリウム結晶の有機金属気相成長に成功!
~ 次世代パワーデバイスによる脱炭素社会実現を加速 ~

 国立大学法人東京農工大学(学長:千葉 一裕)大学院工学研究院応用化学部門の熊谷 義直教授、後藤 健助教らは、気相成長株式会社の町田 英明博士(代表取締役)、石川 真人博士、および大陽日酸株式会社(代表取締役社長:永田 研二)イノベーションユニットCSE事業部の池永 和正氏らと共同で、高い省エネ効果を有する次世代パワーデバイス用半導体材料として注目されているβ型酸化ガリウム(β-Ga₂O₃)結晶(注1)が有機金属気相成長(MOVPE)法(注2)で成長する化学反応メカニズムを世界で初めて解明し、見出された最適成長条件で高純度のβ-Ga₂O₃結晶のMOVPE成長を実証しました。MOVPE法によるβ-Ga₂O₃デバイス量産装置の開発に繋がる成果であり、脱炭素社会に向けたβ-Ga₂O₃パワーデバイスの実用化が期待できます。

本研究成果は、英文学術誌Japanese Journal of Applied Physics (略称JJAP)に3月29日付でオンライン公開されました。
タイトル:Thermodynamic and experimental studies of β-Ga₂O₃ growth by metalorganic vapor phase epitaxy
URL:https://doi.org/10.35848/1347-4065/abec9d


社会的背景
 脱炭素社会に向けた政策が先進国を中心に推進される中で、再生可能エネルギーやパワーグリッド(送配電網)向けの省エネルギー素子(パワーデバイス)の研究開発が進んでいます。現在、市場投入されているパワーデバイス材料はシリコン(ケイ素)結晶が主流ですが、材料の物性限界に迫っているためこれ以上の省エネ効果を見込むことができません。このため、シリコン結晶よりも材料特性が優れ、デバイス動作時に電力損失がより小さくなる半導体材料が求められています。その候補の一つとしてβ型酸化ガリウム(β-Ga₂O₃)結晶が注目されています。パワーデバイス用途において、電力損失がシリコン結晶に対し何分の一になるかを定量化した「バリガ性能指数(注3)」の比較から、β-Ga₂O₃結晶を用いることで損失が約3000分の一になり、省エネ効果の飛躍的な向上が見込まれています。また、基板(ウェーハ)製造コストを従来のシリコン結晶程度に下げられる可能性があることから産業展開への期待が大きく、産官学による研究開発が世界中で進んでいます。

研究の経緯・体制
 東京農工大学の熊谷研究室では、気相中の化学反応を利用した、様々な半導体結晶の成長を研究しています。最近では、高い省エネ効果が期待できるβ-Ga₂O₃に着目し、ハライド気相成長(HVPE)法(注4)によるβ-Ga₂O₃結晶成長の反応解析と成長実証を通し、高純度結晶の高速成長技術を確立しています。現在市場に供給されているβ-Ga₂O₃ホモエピタキシャルウェーハ(注5)は、東京農工大学が保有するHVPE法の知財を基に開発された製造装置を使用して量産されています。一方、HVPE法は半導体結晶の高速成長が可能ですが、複雑なデバイス構造作製への対応に限界があるため、有機金属気相成長(MOVPE)法を用いたβ-Ga₂O₃結晶成長の研究開発も望まれていました。しかし、β-Ga₂O₃結晶の原料となる有機金属化合物ガスと酸素ガスの化学反応は制御することが極めて困難で、炭素不純物の混入も不可避とされ、積極的な研究開発は行われてきませんでした。このような状況において、欧米のいくつかの研究機関がβ-Ga₂O₃結晶のMOVPE成長を報告したことを受け、熊谷研究室では、化学気相成長用原料の開発と成膜評価を事業とする気相成長株式会社および国内最大のMOVPE装置メーカーである大陽日酸株式会社と共に、有機金属化合物ガスと酸素ガスの反応メカニズム解明、β-Ga₂O₃結晶成長に適した化学反応条件の探査に着手し、今回、困難とされてきたβ-Ga₂O₃のMOVPE成長に成功しました。
 なお、本研究の一部は科学研究費補助金・新学術領域研究(16H06417)の支援を受けて実施されました。

研究成果
 低圧下における有機金属化合物のトリエチルガリウム(TEG)ガスと酸素(O₂)ガスを原料としたβ-Ga₂O₃結晶生成過程に関与する化学反応群を詳細に解析した結果、TEGに由来する水素(H₂)および炭化水素とO₂との燃焼反応に続きガリウムの燃焼反応が起こりβ-Ga₂O₃が成長することが分かりました(図1)。また、高温で十分なO₂を供給することで炭素が完全燃焼し、炭素の混入が抑えられた高純度なβ-Ga₂O₃結晶が得られることを突き止めました。これらを検証するため、TEGとO₂の各原料ガス供給系を有する減圧MOVPE装置を構築し(図2)、解明された反応メカニズムに基づき選定された反応条件を用いて成長実験を行いました。その結果、成長反応温度900℃において成長速度1.4 μm毎時で高純度なβ-Ga₂O₃結晶の成長に成功しました(表1および図3)。

今後の展開
 化学反応メカニズム解明により、高品質なβ-Ga₂O₃のMOVPE成長が可能となりました。本成果をデバイス製造用のMOVPE装置開発に展開することで、これまでのHVPE法では不可能であった複雑な構造の作製が可能となり、デバイス研究開発が活発化し、結果として高い省エネ効果を有するβ-Ga₂O₃パワーデバイスの実用化により脱炭素社会の実現に向け加速することが期待されます。大陽日酸株式会社イノベーションユニットCSE事業部(事業部長:新井 孝幸)は、本技術を基にまずはR&D機を開発し、その後は生産性を加味した少量生産用機、さらに大型量産機への展開を計画しています。

用語解説
注1)β型酸化ガリウム(β-Ga₂O₃)
ガリウム(Ga)原子と酸素(O)原子が2 : 3の化学量論比で結合した酸化物半導体結晶。そのバンドギャップは約4.5 eVであり、Si(1.1 eV)、4H-SiC(3.3 eV)およびGaN(3.4 eV)よりも大きい。
注2)有機金属気相成長(Metalorganic Vapor Phase Epitaxy:MOVPE)法
有機金属化合物ガスを原料に用いる結晶成長方法。1原子層精度で膜厚を制御することが可能で、ナノメートルオーダー*の構造設計が要求される化合物半導体デバイス作製手法として広く用いられている。窒化物半導体の発光素子や高速動作トランジスタ作製では多用されているが、酸化物結晶成長では有機金属化合物と酸素の反応性の高さから検討されてこなかった。
* 1ナノメートルは10億分の1メートル
注3)バリガ性能指数(Baliga’s Figure of Merit)
半導体材料をパワーデバイスに用いた時の電力損失をSiに対して算出したもの。算出には半導体材料の物性値が用いられ、数値が大きいほど損失が少ないことを表す。
注4)ハライド気相成長(Halide Vapor Phase Epitaxy:HVPE)法
金属の塩化物ガスを原料に用いる結晶成長方法。高純度結晶の高速成長が可能な反面、ナノメートルオーダーの膜厚制御は難しいため、厚膜単層構造からなる縦型デバイス作製用のホモエピタキシャルウェーハの製造方法として広く用いられている。
注5)ホモエピタキシャルウェーハ
単結晶基板(ウェーハ)上に導電率の異なる同種の結晶を基板と軸を揃えて成長(ホモエピタキシャル成長)したウェーハ。デバイス設計に応じた導電率と膜厚コントロールが要求される。

図1.β-Ga₂O₃結晶の成長駆動力(上図)とTEGとO₂の化学反応によって生じるH₂、CO、H₂O、CO₂の平衡分圧(下図)を供給VI/III比に対して解析した結果(供給VI/III比はTEG供給に対するO₂供給の比率)。供給VI/III比が低いときには成長駆動力が0以下となり、β-Ga₂O₃結晶は成長しないが、供給VI/III比を約7よりも高くすることでβ-Ga₂O₃結晶成長が可能となる。供給VI/III比を高くすることで、H₂OとCO₂ガスの平衡分圧がH₂とCOガスの平衡分圧よりも高くなり、完全燃焼が進むことが分かった。
図2.本実験用に構築した減圧MOVPE装置の概略図
表1.MOVPE法で成長したβ-Ga₂O₃結晶に含まれる水素(H)および炭素(C)不純物の濃度。成長温度900℃以上では、不純物濃度は測定環境中のバックグラウンド(B.G.)濃度を下回る。
図3.900℃でMOVPE成長した後のβ-Ga₂O₃結晶膜(膜厚約1.4 μm)が付いたサファイア基板写真。 写真左側が上流方向

◆研究に関する問い合わせ◆

東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門
 教授 熊谷 義直(くまがい よしなお)
 TEL/FAX:042-388-7469
 E-mail:4470kuma(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

気相成長株式会社
 代表取締役 町田 英明(まちだ ひであき)
 TEL/FAX:042-388-7917
 E-mail:machida(ここに@を入れてください)kisoh-seicho.com

大陽日酸株式会社イノベーションユニットCSE事業部
 池永 和正(いけなが かずただ)
 TEL/FAX:03-3457-9220
 E-mail:ikenagak.qbu(ここに@を入れてください)tn-sanso.co.jp

 

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