嵩高いケチミンを作るには?分子内の転位反応を利用した新規ケチミン合成

嵩高いケチミンを作るには?
分子内の転位反応を利用した新規ケチミン合成

 国立大学法人 東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門の森啓二准教授は、ベンゼン環の分子内での移動(転位反応)を巧みに利用することで、触媒や有機材料、医薬品中に多くみられる“ケチミン類”の簡便合成法の開発に成功しました。この成果により、これまでにはない有機材料や触媒合成の道が拓けることが期待されます。

本研究成果は、アメリカ化学会Organic Letters誌(6月7日付)に掲載されました。
論文タイトル:Access to ortho-Hydroxyphenyl Ketimines via Imine Anion-Mediated Smiles Rearrangement
URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.orglett.2c01349

現状
 炭素窒素二重結合上の可能性のある全ての位置に水素原子以外の置換基を持つ、いわゆる“ケチミン構造”は、触媒分子や有機材料、さらには生物活性物質中にも見られる重要な構造単位です。その有用性からこれまでに数多くの合成法が開発されてきました。その最も直接的な合成法としてケトンとアミンとの縮合反応が広く利用されてきましたが、立体的に嵩の大きいもの(注1)や極端に電子不足な部位を持つものの合成には適用できない、という制限がありました。

研究体制
 本研究は、東京農工大学大学院工学府 神野峻輝学士、妹尾貴弘修士、ならびに同大学院工学研究院応用化学部門 森啓二准教授により行われました。

研究成果
 本研究では、温和な条件下(低い反応温度、短い反応時間)で実行できる嵩高いケチミン合成法の開発を目指しました。この手法の実現にあたり森准教授らが着目したのが、古典的な芳香族求核置換反応(注2)の一種であるSmiles転位(注3)の利用です。図に示すような出発化合物に有機リチウム種を加えると、シアノ基(CN部分)と反応して窒素原子上に負電荷を持つ化学種が生じます。ここからSmiles転位が起こればケチミンが合成できる、という反応です。この反応には二つの特徴が期待できました。一つは反応性の高い有機リチウム反応剤を用いているので、嵩高いものを含めた様々な置換基の導入が、しかも低温下で実行できる、ということ、もう一つは電子求引基の置換した、求核性の低いアミンに由来するケチミンが合成できる、ということです。実際にこの戦略に即した実験を行ったところ、室温下1時間以内で目的のケチミンを、しかも高い収率で合成できることが分かりました。期待通り、縮合反応では全く合成できないアントリル基やメシチル基などを含む嵩高いケチミン合成にも本手法は適用可能でした。さらに、アントリル基などの嵩高い置換基を導入した際にはSmiles転位には不向きな電子豊富芳香環の転位が実現できることも分かり、新しい合成法としてのみならず、芳香族求核置換反応における新たな知見も得ることができました。
 
今後の展開
 現段階では転位する芳香環と導入する置換基の組み合わせに制限があるため、それを克服しうる、より汎用性の高い合成手法の開発に取り組みます。また、嵩高いオルトヒドロキシケチミン類はエチレンとプロピレンとのブロック共重合触媒として高い機能を示すことがわかっているため、今回合成したケチミン類を“触媒”として用いた高効率な重合系の開発も行っていく予定です。

注1)立体的な嵩高さ
反応する物質の大きさを示す用語。二つの分子が反応するためには接近する必要があるが、それを妨げる要素
となる。
注2)芳香族求核置換反応
ベンゼン環やピリジン環などの芳香環上の置換基が置き換わる反応の中でも、求核攻撃を起点とするもの。電子不足芳香環の方が反応が進行しやすいことが知られている。
注3)Smiles転位
窒素アニオンが分子の中にあるフェノキシ基(酸素原子上にベンゼン環を持つ置換基)上の炭素と反応して、ベンゼン環を分子の中で移動させる反応。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院
応用化学部門 准教授
森 啓二(もり けいじ)
 TEL/FAX:042-388-7034
 E-mail:k_mori(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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