「化学反応が流動に及ぼす影響は、反応による物性値変化が大きいと増加する」常識に当てはまらない反応流を発見~反応流研究を新たなステージへ~

「化学反応が流動に及ぼす影響は、反応による物性値変化が大きいと増加する」
常識に当てはまらない反応流を発見
~反応流研究を新たなステージへ~

 国立大学法人東京農工大学大学院生物システム応用科学府生物機能システム科学専攻 2021年度前期博士課程修了の平野紗愛さん、同大学院工学研究院応用化学部門(生物システム応用科学府生物機能システム科学専攻)の長津雄一郎教授、同大学院グローバルイノベーション研究院の鈴木龍汰特任助教らは、化学反応が流動に及ぼす影響が反応による物性値変化に応じて逆転する反応流の事例を初めて発見しました。今回、研究チームは、粘弾性物質(※1)を生成する化学反応を伴う流動では、粘弾性物質の弾性率により流動に及ぼす粘弾性物質の特性が異なることが、その原因であることを、反応流動実験、精巧な粘弾性測定および粘弾性効果を加味した流動界面の安定性解析から示しました。
 本成果は、反応によって引き起こされる物性値の変化が大きいほど、流動は大きく変化するという反応流研究の常識を覆すものであり、反応流の研究を新たなステージに導くものです。加えて、化学反応による流動制御は、これまで、その常識に基づいて設計されていたことから、本成果は化学反応を用いた流れの新たな制御法の創出につながることが期待されます。

本研究成果は、米国物理学会が発行するPhysical Review Fluids(電子版2022年2月16日付)に掲載されました。
掲載場所: https://journals.aps.org/prfluids/abstract/10.1103/PhysRevFluids.7.023201
論文名: Reversal of effects from gel production in a reacting flow dependent on gel strength
著者: Sae Hirano, Yuichiro Nagatsu, and Ryuta X. Suzuki

現状
 化学反応を伴う気体や液体の流れ(流動)は、反応流と呼ばれ、工業分野、環境中、生体内など至る所に見られる現象です。反応流では、化学反応により流動に関わる物性値、たとえば、密度、粘度、界面張力、粘弾性などが変化するとき、反応は流動に影響を及ぼします。これまでは、反応によって引き起こされる物性値の変化が大きいほど、流動は大きく変化すると考えることが常識でした。また化学反応を用いる流動制御は、この常識に基づき設計されていました。

研究成果
 本研究チームは、ヘレ・ショウセル内で、粘性の高い流体が粘性の低い流体に押しのけられるときに、二流体の界面が指状に成長する粘性フィンガリング現象(図1)を対象に、ゲル(※2)生成反応を伴う液体流動の実験を行いました。高粘性液体にpHの異なる部分的に加水分解されたポリアクリルアミド水溶液、低粘性液体に硝酸鉄水溶液を用いました。まず、pHを変化させた場合、高粘性液体の粘度を変化させずに、高粘性液体と低粘性液体の界面で生成されるゲルの弾性率を変化させることに成功しました(図2)。粘性フィンガリングパターンは、ゲルの弾性率が小さい場合は非反応系の場合と同様であり(図3(a))、弾性率が中程度に大きい場合はフィンガー幅が非反応系の場合(図3(a))より小さくなり(図3(b))、弾性率が大きい場合はフィンガリングが抑制され円形に近いパターンとなりました(図3(c))。このことは、本実験では、反応による弾性率の変化に応じて、反応が流動に及ぼす影響が逆転することを意味しています。
 さらに本研究では、ゲルの粘弾性特性を考慮することにより、この逆転の効果を説明することができる数理モデルを構築することに成功しました。このモデルでは、ゲルの粘度がshear thinning性かshear thickening性(※3)かを表すパラメータββ < 1、β > 1が、それぞれshear thinning性、shear thickening性に相当する)とゲルのあるせん断速度での粘度η₂により、フィンガリングパターンが形成されなくなる領域(赤)、反応系の方が非反応系より指が細くなる領域(青)、および反応系の方が非反応系より指が太くなる領域(白)に分類できることを示しました(図4)。反応により指が細くなる条件(図2(b))では、ゲルのせん断粘度はshear thinning性が顕著であることを実測し、赤領域に存在することを示しました。円形に近いパターンとなった図2(c)の条件では、ゲルのせん断粘度はせん断速度に依存せず一定であることを実測し、この場合、ゲルの弾性率が大きいことから(図1)、ゲルが固体として作用し、これにより、ヘレ・ショウセル内での浸透率(※4)が低下すると考えました。このとき、ヘレ・ショウセル内の流動では、その浸透率の低下は、そこを流動する流体の粘性の増加と同じ効果があることが知られており、このことはゲルの粘度がshear thickening性を有すると同義であり、青領域に存在することを示しました。
 この数理モデルから、今回発見した、化学反応が流動に及ぼす影響の反応による物性値変化に対する逆転は、ゲルが複数の粘弾性特性を持ち、どの特性が流動に最も寄与するかが、ゲルの弾性率により異なることにより生ずると結論付けました。言い換えれば、今回見出した逆転現象は粘弾性物質を生成する反応流だからこそ起こりえたものと言えます。

研究体制
 東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門(生物システム応用科学府生物機能システム科学専攻)の長津雄一郎教授の主宰する長津研究室に所属していた2021年度博士前期課程修了の平野紗愛さん、長津雄一郎教授、鈴木龍汰特任助教によって行われました。本研究はJSPS科学研究費(22686020, 25630049, 16K06068)の助成を受けて行われたものです。

今後の展開
 本成果は、一つの流量での条件で得られた結果です。今回発見された、化学反応が流動に及ぼす影響の反応による物性値変化に応じる逆転が、流量を変化させたときにも同様に生じるのか、もしくは、今回報告されたものとは異なる逆転効果が生じるか、が不明であり、今後、本ゲル生成反応流における流量の影響を実験的に明らかにします。その後、本成果を再現できる粘弾性物質生成反応を伴う流動現象の数値シミュレーションの構築し、これによりこの逆転現象のメカニズムの全容解明を目指します。

語句解説
※1 粘弾性物質: 力学的特性として、固体的な弾性変形と液体的な粘性流動とを同時に示す物質のこと。
※2 ゲル: 高分子が架橋して3次元網目構造を形成し、溶媒を吸収して膨潤はするが溶解しない、固体と液体の中間に属する状態をとる物質。
※3 shear thinning性、shear thickening性: せん断変形下での粘度がせん断速度の増加に従い小さくなることをshear thinning性、一方、大きくなることをshear thickening性という。
※4 ヘレ・ショウセル内での浸透率: ヘレ・ショウセル内の流動は二次元の多孔質媒質内流動のモデルとされている。浸透率は多孔質媒質内における流体の流れやすさを表す多孔質媒質の物理的性質の一つ。

図1 二枚の平行平板間の隙間であるヘレ・ショウセル内に形成される粘性フィンガリング 高粘性液体を満たしたヘレ・ショウセル(非常に小さい距離だけ離れた設置された二枚の平行平板の隙間)に低粘性液体を一点より注入すると、それらの界面は指状に成長する。この現象は粘性フィンガリングと呼ばれている。
図2 液液界面反応で生成されるゲルの弾性率と高粘性液体のpHの関係 G’は貯蔵弾性率と呼ばれ弾性成分を表し、G’’は損失弾性率と呼ばれ弾性成分を表す。
図3 各pHでの粘性フィンガリングパターン (a) pH10ではほとんどゲルが生成しておらず非反応の場合と考えることができる。(b) pH12では、ゲルの弾性率が中程度に大きく、このとき(a)より指は細くなった。(c) pH13では、ゲルの弾性率が大きく、このときフィンガリングの形成が抑えられる、もしくは(a)より指は太くなった。
図4 粘弾性特性を考慮した流動界面の安定性解析から得られた結果 pH10は非反応の場合と同様と考えられる場合である。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門
(生物システム応用科学府生物機能システム科学専攻)
教授 長津 雄一郎
TEL/FAX:042-388-7656/042-388-7693
E-mail:nagatsu(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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