晩冬から初春にかけての気温の変動パターンは
樹木が生産する木質バイオマスの形成開始時期を決定する

晩冬から初春にかけての気温の変動パターンは樹木が生産する木質バイオマスの形成開始時期を決定する

 国立大学法人東京農工大学グローバルイノベーション研究院(GIR)のHasnat Rahman特任助教(現在、農学研究院産学官連携研究員)、秋田県立大学木材高度加工研究所の工藤佳世助教、北海道大学大学院農学研究科の山岸祐介助教、GIRのPeter Kitin特任准教授(ウイスコンシン大学上級研究員)、東京農工大学大学院農学研究院環境資源物質科学部門の半 智史准教授、船田 良教授らは、バングラデシュ農科大学のShahanara Begum教授、インドネシア・ガジャマダ大学のWidyanto Dwi Nugroho准教授らとの国際共同研究により、針葉樹であるサワラ(Chamaecyparis pisifera)を用いて、木材など木質バイオマスを形成する樹木の形成層活動の再開時期が晩冬から初春にかけての気温の変動パターンに制御されていることを明らかにしました。また、研究グループが開発した形成層再活動指標(Cambial Reactivation Index; CRI)を用いて、現在の最高気温が1〜4℃上昇した際の形成層活動の再開時期の変動予測を行いました。本研究の成果は、気候変動下での木材など木質バイオマスの生産量、森林の二酸化炭素(CO₂)固定量、樹木の環境適応性、の将来予測に貢献するといえます。

本研究成果は、Scientific Reportsに掲載されました(2020年8月31日にオンライン公表)
論文名:Winter‑spring temperature pattern is closely related to the onset of cambial reactivation in stems of the evergreen conifer Chamaecyparis pisifera
著者:Md Hasnat Rahman, Kayo Kudo, Yusuke Yamagishi, Yusuke Nakamura, Satoshi Nakaba, Shahanara Begum, Widyanto Dwi Nugroho, Izumi Arakawa, Peter Kitin & Ryo Funada
URL:https://doi.org/10.1038/s41598-020-70356-9


現状
 化石資源の大量消費や熱帯林の減少などにより、大気中のCO₂濃度が上昇しており、地球温暖化の急激な進行や異常気象の増大などが危惧されています。樹木の形成層細胞が生産する木材など木質バイオマスは、再生可能な資源・エネルギーであり、CO₂を固定する場としても重要です。循環型社会を構築して持続可能な開発目標(SDGs)を達成し、バイオエコノミーを推進するためには、木質バイオマスの高度有効利用が不可欠です。木質バイオマスは、樹幹の形成層により形成されます。形成層活動は生育環境に制御されるため、気候変動に伴い肥大成長量が変わり、木質バイオマスの生産量が大きく変動する可能性があります。したがって、形成層活動の季節的変化と気温や降水量など気候因子との関係を明らかにすることは、木質バイオマスの生産量や材料特性の将来予想を行う上で緊急の課題です。

研究体制
 本研究は、国立大学法人東京農工大学グローバルイノベーション研究院(GIR)のHasnat Rahman特任助教(現在、農学研究院産学官連携研究員)、秋田県立大学木材高度加工研究所の工藤佳世助教、北海道大学大学院農学研究科の山岸祐介助教、東京農工大学大学院連合農学研究科環境資源共生科学専攻の中村祐輔氏(博士課程2年生)、東京農工大学大学院農学研究院環境資源物質科学部門の半 智史准教授、バングラデシュ農科大学のShahanara Begum教授、インドネシア・ガジャマダ大学のWidyanto Dwi Nugroho准教授、GIRの荒川 泉特任助教、GIRのPeter Kitin特任准教授(ウイスコンシン大学上級研究員)、東京農工大学大学院農学研究院環境資源物質科学部門の船田 良教授から構成される国際研究グループにより行われました。また、本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金・新学術領域研究(20120009)と基盤研究B(24380090、15H04527、18H02251)により行われました。

研究成果
 樹幹のすぐ内側には分裂能力が高い形成層(cambium)が存在し、分裂を繰り返し様々な細胞のもととなる幹細胞として機能しています。多年生の樹木は、形成層細胞の分裂活動と形成層由来の二次木部および師部細胞の分化により肥大成長を行い、巨大な樹幹を形成します。温帯や冷温帯に生育する樹木の形成層活動は季節的に変化し、活動期と休眠期を繰り返す周期性(年輪の形成)を示します(図1)。本研究におけるサワラにおいては、1月下旬から3月下旬の晩冬から初春にかけての気温の上昇に伴い、形成層活動の再開が起こりました。また、晩冬から初春にかけての気温が高かった2013年では、形成層活動が2014年に比べて15日早く開始しました(図2)。一方、本研究グループは、形成層が休眠中である気温の低い冬期に樹幹を局部的に加温処理(20〜25℃)すると、形成層細胞が局部的に分裂を開始するという結果を得ています。したがって、気温の上昇が形成層活動再開の直接的な引き金になっているといえます。地球温暖化が進行し, 晩冬から初春の気温がさらに上昇した場合、形成層活動の再開時期が早くなる可能性が高いといえます。形成層活動の再開時期が早くなることにより樹幹の肥大成長期間は長くなり、より多くの木質バイオマスが生産されることが期待されます。一方, 形成層活動の再開時期が早くなると、再開後に耐寒性・耐凍性が低下した形成層が、急激な気温低下により低温傷害を受ける可能性も想定すべきだといえます。
 晩冬から初春にかけての気温の変化と形成層再活動時期との関連性の解析結果により、分裂開始にはある閾値以上の最高気温が一定期間以上累積することが必要であることが明らかになりました。サワラでは、13℃以上の最高気温が1月下旬以降に11日(2013年)または18日(2014年)あると形成層活動が再開しました。閾値には樹種特性があり、閾値の違いが同一環境下での樹木の形成層活動の再開時期の樹種による違いを生じさせており、各樹種の生存戦略に関係していると考えられます。また、最高気温と閾値との差を加算した値を基に、形成層活動の再開時期を気象データから予想する上で有効な形成層再活動指標(Cambial Reactivation Index; CRI)を算出しました。サワラでは、13℃を閾値にして計算すると、CRIは65℃でした。IPCC第5次報告書(2014年)では、2100年には地球上の平均気温が最大4.8℃上昇する可能性が示されています。そこでCRIを用いて、現在の晩冬から初春にかけての最高気温が1〜4℃上昇した際の形成層活動の再開時期の変動予測を行いました。その結果、最高気温が4℃上昇した場合、2013年では9日、2014年では25日早く形成層活動が再開するという予測が示されました(図3)。2013年と2014年の違いは、晩冬の気温の変動パターンの違いに起因すると考えられます。CRIは、気象データから木材など木質バイオマスの形成時期を予測する上で有効であるといえます。

今後の展開
 今後、異なる多くの地域や樹種における形成層再活動指標(Cambial Reactivation Index; CRI)のデータベースを構築することにより、地球環境変動下での木材など木質バイオマスの生産量の精度の高い将来予測に貢献するといえます。

図1 樹木の形成層活動(肥大成長)の季節的変化。早春から春にかけて形成層細胞の分裂開始や二次木部への分化が起こる。Ph;二次師部、C;形成層、Xy;昨年の二次木部、Nxy;当年の二次木部、矢頭;細胞分裂と細胞拡大
図2 晩冬から初春にかけての最高気温の変動パターンの違い(2013年と2014年)により形成層活動の再開時期が異なる。気温が高かった2013年では、形成層活動が2014年に比べて早く開始した。
図3 晩冬から初春にかけての最高気温が1〜4℃上昇すると形成層再活動が早期に起こる。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院環境資源物質科学部門
船田 良(ふなだ りょう)
TEL/FAX:042-367-5666/042-360-7167
E-mail:funada(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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