超音波で近視における脈絡膜の変化の端緒を解明 〜近視の進行や失明リスクに関連する新たな知見〜
超音波で近視における脈絡膜の変化の端緒を解明
〜近視の進行や失明リスクに関連する新たな知見〜
国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院先端物理工学部門の伊藤一陽助教は、シンガポール眼科研究所、シンガポール国立大学、ニューカッスル大学、コーネル大学との国際共同研究において、近視眼において生じる脈絡膜の生体力学的特性変化を走査型超音波顕微鏡を用いた計測により明らかにしました。近視眼では強膜(いわゆる白目)の物理的性質の変化が見られることが知られていましたが、本研究において脈絡膜の物理的性質も同様に変化していることを明らかにしました。この画期的な発見は、近視における強膜の再構築が眼内部の網膜から外側に向かって信号が送られる仕組みを解明する鍵となり、今後の近視の治療法の開発に大きく貢献できると期待されています。
本研究成果は、Communications Engineering(10月9日付)に掲載されました。
論文タイトル:Biomechanical changes occur in myopic choroidal stroma and mirror those in the adjacent sclera
URL:https://doi.org/10.1038/s44172-024-00280-7
背景
スマートフォンやコンピュータの利用が増加する中、近視患者の割合が世界的に上昇しており、WHOによると2050年には世界人口のおよそ50 %が近視になると予想されています。日本人の失明の1割は近視に由来し、かつ緑内障の発症因子でもあるため、超高齢化社会において近視の患者数を減らしていくことは公衆衛生上の重要な課題となっています。
軸性近視(注1)は、眼球を支える膜である強膜(眼球を構成する外側の白い膜)の力学強度が減少することによって引き起こされると考えられています。近視眼では、強膜内でコラーゲンがリモデリング(注2)され、眼球の構造を保つ力が低下し、その結果として眼軸が伸長します。しかし、この眼軸伸長の原因となる信号が網膜(眼球を構成する内側の膜で、光を電気信号に変換する組織)から脈絡膜(網膜と強膜に挟まれる膜)を経由して強膜に至る伝達経路はこれまで明らかにされていませんでした。従来の研究では、引張試験や原子間力顕微鏡(AFM)を用いて眼球の力学的変化を調べる試みがありましたが、測定の細かさの限界や測定範囲が限定されており、脈絡膜に関する詳細な評価は行われていませんでした。
研究体制
本研究は、東京農工大学、シンガポール眼科研究所(シンガポール)、シンガポール国立大学(シンガポール)、ニューカッスル大学(オーストラリア)、コーネル大学(アメリカ合衆国)との国際共同研究により推進されました。
研究成果
本研究は、網膜と強膜に挟まれる脈絡膜に着目しました。脈絡膜は網膜に血液を供給する栄養層であり、その血流量は単位重量あたりで比較すると生体内で最も多いと言われています。
私たちの研究チームは、近視の進行に伴う脈絡膜と強膜の生体力学的特性の変化を走査型超音波顕微鏡を用いて明らかにしました。私たちは、250MHzの超音波振動子を使用して、近視が誘導されたモルモットの脈絡膜と強膜の力学的特性を精密に評価しました。
走査型超音波顕微鏡は、光学顕微鏡が光の送受信でサンプルを観察するように、超音波の送受信によってサンプルの物理的性質を評価します。臨床ではエコー検査として馴染みがある観察方法です。臨床で使用されている周波数(5~20 MHz)に比べ、走査型超音波顕微鏡ははるかに高い周波数(250 MHz)を使用することで、エコー検査とは比べ物にならない分解能7 µmを達成し、生体組織を精細に評価する装置です。
解析の結果、(1)脈絡膜は、眼球を支えるために十分な力学特性を保持している点、(2)脈絡膜の微細構造が近視の進行に伴って変化している点、そして(3)この変化は隣接する強膜の力学特性の変化と連動している点、の3点を明らかにしました。特に、(3)は、脈絡膜は単に網膜からの信号を受動的に強膜に伝達するための傍観者ではなく、脈絡膜自身も近視の進行に能動的に働いていることを示唆する極めて重要な知見と考えられます。
今後の展開
この発見は、脈絡膜のリモデリングが近視の進行に重要な役割を果たしていることを示し、強膜のリモデリングを引き起こす信号の伝達経路を解明する上で貴重な手がかりとなるものです。今後、この知見を基に、近視に対する新たな治療法の開発が期待されます。
用語説明
注1)軸性近視
何らかの理由により眼軸(目の前後軸の長さ)が伸長し、網膜の前方に像が結像してしまう状態を指す。より重度の近視は強度近視と呼ばれ、緑内障や黄斑変性、網膜剥離などのリスクが高くなったり、失明のリスクが高まる。
注2)リモデリング
強膜や脈絡膜を構成するコラーゲンを主とする細胞外基質が何らかの理由により分解や再構成されることを指す。リモデリングにより強膜や脈絡膜が薄く柔らかくなり、眼球の構造を支える強度が低下し、さらなる近視の進行につながると考えられている。
◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学 大学院工学研究院
先端物理工学部門 助教
伊藤 一陽(いとう かずよ)
TEL/FAX:042-388-7807
E-mail:itokazuyo(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp
関連リンク(別ウィンドウで開きます)
- 東京農工大学 伊藤一陽助教 研究者プロフィール
- 東京農工大学 伊藤一陽助教 研究室WEBサイト
- 伊藤一陽助教が所属する 東京農工大学工学部生体医用システム工学科