日本各地のイネいもち病菌に潜むウイルスの集団構造を解明
日本各地のイネいもち病菌に潜むウイルスの集団構造を解明
研究概要
国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院生物制御科学部門の小松健准教授、森山裕充教授、有江力教授、寺岡徹名誉教授、同大学大学院農学府生物制御科学専攻の大鷲友多氏(2018年3月修士課程修了)、相原光宏氏(2017年3月修士課程修了)の研究グループは、イネの最重要病害であるイネいもち病の原因菌(イネいもち病菌)に感染しているマイコウイルスの種構成を調査するとともに、各ウイルスの遺伝的集団構造を明らかにしました。日本各地で集めた194サンプルのイネいもち病菌のうち、127サンプルから3種のマイコウイルス(MoV2、MoCV1、MoPV1)のいずれかの感染が確認されました。また、これらのウイルスに関して、1)感染頻度が北陸地方と九州地方で大きく異なること、2)遺伝的なバリエーションの豊かさがウイルス種により異なること、3)MoV2の感染がイネいもち病菌のイネ内での菌糸進展を速めることを明らかにしました。これらの結果は、国内のイネいもち病菌が、性質の異なる多様なマイコウイルス集団を保持していることを示しており、マイコウイルスの性質を考慮することで、より効果的なイネいもち病菌の防除を実現できる可能性があります。
本研究成果は、2020年9月28日にFrontiers in Microbiology誌への掲載が決定し、10月28日にオンライン公開されました。
論文名:Population structure of double-stranded RNA mycoviruses that infect the rice blast fungus Magnaporthe oryzae in Japan
DOI: 10.3389/fmicb.2020.593784
URL: https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmicb.2020.593784/full
研究背景
菌類に感染するウイルス(マイコウイルス)は、1960年代にマッシュルームから発見されたことを皮切りに、多様な菌類から発見され続けています。マイコウイルスは、ゲノムの構造をもとに、二本鎖RNA(dsRNA)、一本鎖RNA(ssRNA)、一本鎖環状DNA(ssDNA)の3グループに分類されますが、dsRNAをゲノムに持つマイコウイルスが大多数を占めています。これらのウイルスは、複製の過程でdsRNAを生成するので、菌類のゲノム中のdsRNAを調べることで、感染しているウイルスをスクリーニングすることができます。
マイコウイルスの一部には、感染した菌類の成長を弱める種類、逆に強める種類がいることが報告されていますが、これらは少数派であり、ほとんどのマイコウイルスは菌類に特段の影響を及ぼすことなく感染します。このことについては、菌類とマイコウイルスの長い共進化の歴史の中で、ウイルスが影響を及ぼすことなく感染するような関係が構築されたという説が唱えられています。また、マイコウイルスは宿主の細胞外では見つかっておらず、感染した菌の菌糸分裂や菌糸融合、分生子
(注1)
を介してのみ伝搬すると考えられています。このように、マイコウイルスと菌の間には切っても切り離せない関係があり、その密接な相互関係が注目されています。
イネの最重要病害として知られるイネいもち病を引き起こすイネいもち病菌(Magnaporthe oryzae)からも、アジア地域を中心に10種類以上のマイコウイルスが見つかっており、国内からはMoV1(Magnaporthe oryzae virus 1)、MoV2(Magnaporthe oryzae virus 2)、MoCV1(Magnaporthe oryzae chrysovirus 1)というマイコウイルスが報告されていました。このうち、MoCV1は感染した菌に変色や成長阻害を引き起こすことが報告されています。しかしながら、他の多くのマイコウイルスの菌への影響は調査されておらず、また、これらのウイルスの分布や感染頻度等の特性も未知のままでした。
研究成果
本研究では、まず、日本各地、特に九州地方と北陸地方を中心に採取されたイネいもち病菌からdsRNAを抽出し、遺伝情報を解読しました。その結果、国内のイネいもち病菌には、MoV2、MoCV1、MoPV1(Magnaporthe oryzae partitivirus 1)という3種類のマイコウイルスが個別に、あるいは重複して感染していることがわかりました。今回の調査では、過去に国内より発見されているMoV1は見つかりませんでした。北陸地方、九州地方を中心に採取した194菌株について、ウイルス種を調べたところ、もっとも高頻度で感染していたウイルスはMoPV1でした。一方で、MoV2は九州地方、MoCV1は北陸地方で感染率が高く、地域によって感染頻度に偏りがあることが明らかになりました(図1)。
次に、MoV2とMoPV1について、遺伝子の多様度を比較すると、驚くことにMoV2ではMoPV1に比べて10倍近く多様度が高いことがわかりました。また、系統解析では、MoV2は大きく3系統に分類されました(図2)。このうち、東北地方や関東地方で採取されたMoV2は、同じ系統グループに分類されることがわかりました(図2の矢印がついたもの)。しかし、興味深いことに、九州地方でサンプリングされたMoV2は3系統に分かれ、採取場所との関連性は見られませんでした。今後、調査数をさらに増やすことで、系統が分かれた要因を探ることができると考えています。MoV2が3系統に分かれた一方で、MoPV1では明瞭な系統が見いだされませんでした。これらのことは、国内のMoV2は、遺伝的に多様な集団で構成されており、それらが各イネいもち病菌内で保持され続けていることを示しています。同じ菌に感染するウイルスでありながら、MoV2とMoPV1では、遺伝的な背景が大きく異なることが明らかになりました。
最後に、九州地方で多く見いだされたMoV2を対象に、ウイルスが宿主に与える影響を調査しました。MoV2に感染しているイネいもち病菌株と、そこからMoV2を除去した菌株を比較したところ、菌の色や菌糸の形態、培地上での生育速度に差は見られませんでした(図3、図4A)。しかし、葉鞘裏面接種
(注2)
という方法でイネに菌を接種しイネ細胞内での菌糸の進展を見ると、MoV2に感染している株のほうが、菌糸の進展度が高い傾向がありました(図4B)。このことは、MoV2が菌の生存に有利にはたらくことを示唆しており、菌の生育を阻害することが報告されているMoCV1とは逆の結果となりました。今後、MoV2の系統間の比較や、未調査のMoPV1について調べることで、ウイルスとイネいもち病菌の相互関係をより詳しく知ることができると考えています。
本研究により、国内のイネいもち病菌には3種類のウイルスが広く感染している一方で、その感染頻度は地域により偏りがあることがわかりました。また、遺伝子の多様度や系統樹の解析から、イネいもち病菌に潜むウイルスの集団構造を初めて明らかにしました。さらに、MoV2感染株はイネ細胞内での菌糸の進展度が高かったことから、ウイルスが宿主の菌の生存を有利にする可能性が示されました。このことは、実際の田んぼにおいても、ウイルスが菌の性質を変化させていることを示唆しています。したがって、イネいもち病菌の防除にあたり、感染しているウイルスについても理解を深める必要があると考えられます。
研究体制
本研究は、国立大学法人東京農工大学大学院農学府生物制御科学部門の小松健准教授、森山裕充教授、有江力教授、寺岡徹名誉教授、同大学大学院農学府生物制御科学専攻の大鷲友多氏(2018年3月修士課程修了)、相原光宏氏(2017年3月修士課程修了)から構成される研究グループによって実施されました。なお、本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金挑戦的萌芽研究(266600633)の助成を受けて実施されました。
用語解説
注1)分生子
菌が無性的に形成する胞子の一つ。
注2)葉鞘裏面接種
イネの葉鞘部を切断し、その内側表面に接種液を滴下することで、イネ細胞への菌糸の進展度を評価する接種法。
◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院
生物制御科学部門 准教授
小松 健(こまつ けん)
TEL:042-367-5692
E-mail:akomatsu(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
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