PCR陽性タイワンカブトムシ個体からのヌディウイルスの分離

PCR陽性タイワンカブトムシ個体からのヌディウイルスの分離

 国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院生物制御科学部門の仲井まどか教授らの研究チームは、パラオコミュニティーカレッジ(パラオ共和国)、アメリカ農務省(アメリカ合衆国)、AgResearch(ニュージーランド)との国際共同研究により、ヤシ類の害虫であるタイワンカブトムシよりヌディウイルス(注1)を分離しました。ヌディウイルスは本種の天敵ウイルスであり、パラオでのウイルスータイワンカブトムシーヤシの木の関係を解明することはウイルス生態学の理解に貢献します。また、この分離株を防除に利用できれば、植物保護分野への貢献が期待されます。

本研究成果は、Scientific Reports(9月20日付)に掲載されました。
報道解禁日:9月20日 18時00分(日本時間)
論文タイトル:Confirmation of Oryctes rhinoceros nudivirus infections in G-haplotype coconut rhinoceros beetles (Oryctes rhinoceros) from Palauan PCR-positive populations
URL:http://www.nature.com/articles/s41598-021-97426-w

現状
 タイワンカブトムシ(別名サイカブトムシ:Oryctes rhinoceros)は、ヤシ類の害虫です(図1)。成虫が、ヤシの新芽を食害することにより、光合成が阻害され、ヤシを枯死させることもあります(図2)。本種の防除には、1970年代から1980年代にかけて 天敵ウイルス を用いた防除 が実施され、南太平洋のフィジーなどではヤシへの被害を抑えることに成功しました(図2)。タイワンカブトムシの天敵ウイルスは、昆虫のみに感染するヌディウイルス(注1)の一種Oryctes rhinoceros nudivirus (OrNV)です。OrNVを用いたタイワンカブトムシの防除は、南太平洋や東南アジアで実施され、その後約30年以上は本種の被害が報告されませんでした。しかし、2007年より本種がグアム(米国)に侵入し、島内のココヤシが枯れる等の被害が起きました。先行研究によると、グアムに侵入したタイワンカブトムシは、他の地域のSタイプと異なるハプロタイプ(注2)であり、Gタイプと命名されました。Gタイプは、パラオ、ソロモン諸島、パプアニューギニア、ハワイにも侵入し、現在も分布を拡大していることから太平洋州の各国でヤシ類の植物保護において脅威になっています。
 パラオは、グアム島から1200キロ南東に位置しています。飛行機で移動すると2時間の距離です。先行研究によると、パラオにはSタイプとGタイプが混在していました。SタイプとGタイプが混在する地域は、今後もアジアや太平洋州に出現する可能性があるため、パラオにおける本種の生態を理解することは、その防除対策を考える上で重要です。先行研究では、パラオで野外に設置した集合フェロモンで捕獲した成虫に高いOrNVのPCR陽性率が報告されました。しかし、これらのPCR陽性個体が感染可能なOrNVを保持しているのかどうかは、わかっていませんでした。

研究体制
 東京農工大学大学院農学研究院生物制御科学部門 仲井まどか教授、パラオコミュニティーカレッジ(パラオ共和国)、アメリカ農務省(アメリカ合衆国)、AgResearch(ニュージーランド)による国際共同研究で実施されました。
本研究の一部はJSPSの科研費 基盤研究(B) 17H04622の助成を受けて行われました。

研究成果
 高いPCR陽性率 研究チームが、パラオのコロール島およびバベルダオブ島で集合フェロモントラップ(図3)により捕獲した個体のDNAからOrNVの配列を検出したところ、平均78%がPCR陽性であり、その陽性率にGタイプとSタイプで差がみられませんでした。そこで、PCR陽性のGタイプ個体からウイルスの分離を試みました。まず、PCR陽性個体の組織を電子顕微鏡で観察したところ、ヌディウイルス状のウイルス粒子が認められました。PCR陽性個体の組織の懸濁液を健康な日本産のタイワンカブトムシ幼虫に注射したところ、OrNV感染による致死が認められました。注射による接種は野外ではあり得ませんが、少なくとも他個体を感染させられるウイルス粒子を体内に保持しフェロモントラップに飛来できるほどの飛翔能力を有している個体がパラオでは高い頻度で生息していることが示されました。

 病原力が低いパラオ株  パラオで分離された「パラオ株」の特性を、太平洋で一般的に生物的防除に使われているX2B株と比較しました。まず、日本で入手可能なドウガネブイブイ由来の培養細胞にOrNVを接種したところ、ウイルスの増殖が確認できました。本研究では、この培養細胞で増殖したパラオ株とX2B株を以後に実験に用いました。両株をそれぞれタイワンカブトムシ幼虫に注射接種したところ、パラオ株は、X2B株に比べて増殖量が低く、感染虫の致死までの時間が長くなりました。つまり、パラオ株は、X2B株より病原力(注3)が弱いことがわかりました。これまで全ゲノム配列が解読されているOrNVは既に3株ありますが、いずれもパラオ株とX2B株と98%以上一致しており、近縁でした。この解析からは、病原力に関わる配列はまだ特定できていません。
 パラオでは、1970年と1982年にOrNVの放飼が実施されています。病原力の高いX2Bのような株が放飼され、それが変異したり何らかの選択を受けて病原力が低下したのかもしれませんが、パラオで放飼されたOrNV株の記録が残っていないので、はっきりとしたことはわかりません。しかし、ウイルスの病原力が弱いことが、パラオでの亜致死感染の蔓延を引き起こしている可能性があります。

今後の展開
 パラオでは、飛翔能力のある成虫に高い頻度でOrNVの配列が検出されましたが、比較的病原力が低いウイルス株が分離されました。しかし、パラオでみられるウイルスを保持した成虫には実際にどのような亜致死効果(注4)があるのかはまだ解明されていません。例えば、タイワンカブトムシ成虫の亜致死効果として、感覚機能の低下や摂食行動の減退などがあるかもしれません。OrNVの放飼がもたらしたヤシの被害の軽減には、必ずしもウイルス感染致死による個体密度の低下が関係しているのではなく、成虫の亜致死感染が関係している可能性もあります。今後は、この仮説を検証する計画です。

用語解説
注1) 昆虫細胞の核で複製する二本鎖DNAウイルス。ヌディウイルス科に属する。
注2) 同種であるが、ゲノムにおけるDNA配列の構成によるタイプ。Gタイプは、ミトコンドリアの遺伝子の変異によりSタイプと区別された。
注3) 宿主に感染して病気を引き起こす能力のこと。
注4) 感染により致死させないが、非感染にくらべて異なる効果が現れること。

 

図1.タイワンカブトムシの雄成虫
図2.タイワンカブトムシの生活環と天敵ウイルスを用いた防除法
図3.タイワンカブトムシのフェロモントラップ(左)とトラップに集まった成虫(右)

◆研究に関する問い合わせ◆
国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院
生物制御科学部門 教授
仲井まどか(なかい まどか)
E-mail:madoka(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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