森の香り成分からつくった触媒によりグリーンな不斉炭素―炭素結合構築に成功

森の香り成分からつくった触媒によりグリーンな不斉炭素―炭素結合構築に成功

 国立大学法人東京農工大学大学院工学府応用化学専攻 町田修平(修了生)、同大学院工学府応用化学専攻 阿部良太(修了生)、同工学部応用分子化学科 三科卓也(卒業生)、同大学院工学研究院応用化学部門 小峰伸之助教および同大学院工学研究院応用化学部門 平野雅文教授の研究チームは、国立台湾師範大学 Wu Hsyueh-Liang教授と共同で針葉樹の森の香り成分である酢酸ボルニルから誘導した新しい触媒を開発し、反応からは廃棄物のでないグリーンな不斉炭素―炭素結合の触媒的構築に成功しました。この触媒反応では生理活性物質の構造上重要なフラン環のC3位に共役ジエンを直接不斉付加することが可能であり、不斉収率は最高で91% eeでした。この成果により、医薬品や天然物の効率的な合成が期待されます。

本研究成果は、アメリカ化学会専門誌Organometallics誌(8月4日付電子版)に掲載されました。
論文名:Cross-Dimerization of 2,5-Dihydrofuran with Conjugated Dienes Catalyzed by (Chiral Diene)ruthenium(0) Complexes and Origins of the Enantioselectivity
URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.organomet.1c00368

現状
 酸素や窒素、硫黄などの炭素や水素以外の原子(ヘテロ原子)を含む5員環化合物は医薬品や生理活性物質に多く見られる共通構造の1つです。特にこれらの5員環化合物のC3位(ヘテロ原子から数えて3番目の位置)に水素以外の原子や分子(置換基)をもつ化合物は生理活性物質に多く見られる構造ですが、この位置に直接置換基を導入することはこれまで困難でした。また、医薬品を含む多くの生理活性物質では、右手と左手の関係のように鏡写しの関係にある2種類の立体構造のうち、片方の立体構造にのみ意図した生理活性が発現することがよくあります。片方の立体構造のみを選択的に合成することを不斉合成といいますが、5員環化合物のC3位に置換基を付加する不斉合成はさらに困難な反応でした。一般に不斉合成では、触媒自体が鏡写しの2種類の構造の片方の立体構造となる不斉触媒が用いられ、触媒に結合した置換基(配位子)としては不斉のリン化合物が多く用いられていました。しかし、今回のような反応ではリン化合物を配位させた金属錯体ではまったく活性がなく、新たな触媒や配位子が模索されていました。

研究体制
 本研究は、東京農工大学大学院工学府応用化学専攻 町田修平(修了生)、同大学院工学府応用化学専攻 阿部良太(修了生)、同工学部応用分子化学科 三科卓也(卒業生)、同大学院工学研究院応用化学部門 小峰伸之助教、および同大学院工学研究院応用化学部門 平野雅文教授により、国立台湾師範大学のWu Hsyueh-Liang教授との国際共同研究として行われました。また、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(JPMJCR12Z2)および日本学術振興会(JSPS)科研費(17H03051)などの支援により実施されました。

研究成果
 本研究では、針葉樹の森の香りの主成分である酢酸ボルニルが不斉化合物であることを利用して、酢酸ボルニルから誘導される7つの炭素から構成される不斉環状ジエン(不斉ビシクロヘプタジエン)を配位させた新規な0価のルテニウム錯体を合成しました。比較のためにスペアミントに含まれるカルボンから合成した8つの炭素から構成される不斉環状ジエン(不斉ビシクロオクタジエン)を配位子とする錯体や、パン酵母(イースト)を用いて合成した9つの炭素から構成される不斉環状ジエン(不斉ビシクロノナジエン)錯体などの各種0価ルテニウム錯体を合成し、反応に用いました。予備検討の結果、森の香り成分から合成した錯体が最も活性が高く、純度の高い不斉化合物ができることがわかりました。このため酢酸ボルニルから誘導できる不斉環状ジエン配位子を各種合成して検討をしましたが、フェニル基(ベンゼン環)を2つ持つ不斉環状ジエンが最も良好な配位子となることがわかりました。この不斉触媒を用いて酸素を含む5員環化合物である2,5-ジヒドロフランと各種共役ジエンを反応させたところ、フラン環のC3位に選択的に共役ジエンが反応し、この位置を中心とする不斉合成ができることがわかり、最高で91% eeという高い不斉収率が実現されました。この反応は、形式的には2,5-ジヒドロフランの水素が共役ジエンに分子間で移動することで不斉炭素―炭素結合が形成されるため、反応からは廃棄物がでない不斉反応です。反応により廃棄物がでない反応などの低環境負荷反応をグリーン反応と呼びますが、森の香り成分から合成した触媒により、グリーンな不斉炭素―炭素結合形成反応が構築されたことになります。

今後の展開
 一般に不斉反応は、結合の構築によってもたらされますが、炭素―炭素結合の構築による不斉反応は、有機化合物の骨格を不斉構築できるため、大変魅力的な反応です。本反応では、位置異性体が副生してしまう点でさらに改善の余地がありますが、C3位に置換基を持つフラン環などのヘテロ5員環化合物は、医薬品や農薬をはじめ天然物に多くみられる共通構造であり、本技術により、これらの共通構造を持つ生理活性物質の合成の短工程化と高効率化に貢献すると考えられます。

図1. 森の香り成分から新しい不斉触媒を合成
図2.  森の香り成分からつくった触媒により2,5-ジヒドロフランと共役ジエンの反応により反応から廃棄物のでないグリーンな不斉炭素―炭素結合構築を実現
図3. 触媒前駆体のX線構造解析による分子構造。黄色がルテニウム、黒が炭素、赤が酸素で水素は省略している。ルテニウムより下の配位子が森の香り成分から合成した不斉配位子

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院
応用化学部門 教授
平野 雅文(ひらの まさふみ)
 TEL/FAX:042-388-7044
 E-mail:hrc(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

【用語の説明】
不斉化合物と不斉反応:右手は手のひらから見ると右から親指、人差し指、中指、薬指、小指となっていますが、左手を手のひらから見ると右から小指、薬指、中指、人差し指、親指となっており、指のつく順番が異なるため重ね合わせることができずに鏡合わせの関係になっています。このような関係を「鏡像関係」とよびますが、分子にも同じことがおこります。例えばメタン(CH4)の4つの水素がすべて異なる置換基となった場合、その結合の位置(順番)が異なると、重ね合わせることができずに鏡像関係となり、これらの化合物を不斉化合物と呼びます。2つの鏡像関係にある分子のうち片方のみを合成する反応を不斉反応といいますが、結合を構築するだけでなくその位置(順番)まで考慮する必要があるため難易度の高い反応です。鏡像関係にある片方の不斉化合物を合成するためには、原料に鏡像関係の片方の分子を用いる方法、反応後に鏡像関係にある片方の分子を分ける方法、あるいは触媒自体が不斉化合物であれば、これらの触媒を用いて鏡像関係の片方の分子のみを選択的に合成する方法(不斉触媒反応)も知られています。名古屋大学(当時)の野依良治先生は2001年に不斉触媒反応に関する研究でノーベル化学賞を受賞しています。一般に不斉反応は結合の構築に基づいていますが、野依先生の研究では炭素と水素の結合を形成して不斉化合物を合成する方法であり、本研究は炭素と炭素の結合を形成して不斉化合物を合成する方法です。また、不斉化合物の純度を表す用語として不斉収率が用いられ、その単位は「% ee」で表します。今回の結果である91% eeでは2つの鏡像関係にある分子を95.5 : 4.5の高い比率で作り分けられたことを意味します。

 

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