~レーザー光の波形を電子の複雑なふるまいに追従させる~電子のもつ微小な磁石の向きに応じその運動を光で操作することに成功

~レーザー光の波形を電子の複雑なふるまいに追従させる~電子のもつ微小な磁石の向きに応じその運動を光で操作することに成功 

 国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院の伊藤宙陛特任助教、同大学院工学研究院の三沢和彦教授、国立大学法人筑波大学数理物質系の野村晋太郎准教授の共同研究グループは、レーザー光の持つ波形をフェムト秒(10-15秒:千兆分の1秒)単位で正確に制御する技術を駆使し、半導体中の電子の持つ微小な磁石の方向を操作する新しい方法を発見しました。さらに電子の持つ微小な磁石の向きに応じてその運動を光で操作することに成功しました。この方法は電子の位置や運動方向に加えスピンと呼ばれる微小な磁石としての性質、すなわち電子の持つ全ての物理的自由度を制御できるため、光の新たな活用法として広く応用が期待されます。

図1 本研究の成果の模式図。本研究の技術で作られた特殊な光「ねじれ偏光パルス」を照射することで半導体中の電子の持つ微小な磁石の向きを操作することに成功しました。電子の持つ磁石の向きは流れる向きに反映され電極間の電圧変化として観測されました。

 
本研究成果は、アメリカ光学会(Optical Society of America)刊行の論文誌『Optics Express』に2019年9月20日にオンライン掲載されました。
掲載誌:Optics Express
掲載ページ:Vol. 27, Issue 20, pp. 28091-28103 (2019)
論文名:Polarization envelope helicity dependent photovoltage in GaAs/Al0.3Ga0.7As modulation-doped quantum well
著者名:Hironori Ito, Tetsuo Nakano, Shintaro Nomura,Kazuhiko Misawa
URL:https://www.osapublishing.org/oe/abstract.cfm?uri=oe-27-20-28091


現状
電子はマイナスの電荷を持つことが知られており、電気力で運動の様子を変えることができます。同時に、個々の電子は微小な磁石としての性質も持ち、磁気力でその微小な磁石の向きを変えたりすることもできます。通常は電子の持つ微小な磁石の向きを操作しようとする場合、外部から大掛かりな磁石を用いて電子を含んだ物質全体に静磁場をかけます。本研究グループは静磁場を一切用いずに、「光」がもつ電場だけを用いて電子の持つ微小な磁石の向きを揃えるというテーマに挑戦してきました。光を用いることで大掛かりな磁石のもつ静磁場では実現できないようなピンポイントでの電子の磁石の操作や、望みの速度での磁石の反転が実現されます。電子は全ての物質に含まれるほど普遍的なものであるため、こうした電子の振る舞いの知見を得ることによって光科学や物性科学分野における自然現象の解明や、新たな電子機器、光関連機器の開発まで幅広い応用が期待されます。

研究成果
本研究グループの技術は、レーザー光の持つ電場の向きと大きさをフェムト秒(10-15秒)という細かさで正確に制御することができます。この技術を用いて図2右下に示したような「ねじれ偏光パルス」という振動する電場がねじれていくような特徴的な光を作りました。物質の中の電子は様々なエネルギーの状態を持ちますが、本研究グループの光制御技術を用いると特に半導体中を流れる電子のような低いエネルギー差に電場の振動を合わせた光を作ることが可能となります。さらに物質中の電子が受け取りやすいエネルギーの値に合わせながら、ねじれた光の持つ回転力を電子に及ぼすことで、個々の電子の持つ微小な磁石の向きを一斉にそろえることができます。
本研究グループでは光で操作する対象の電子として半導体量子井戸構造中の伝導する電子を採用しました。この半導体量子井戸構造では、電子は2次元面内に運動が限定され、その際、図1の赤と青で示した異なる磁石の向き(スピン)を持つ電子はそれぞれ異なる方向に流れるような仕組みが施されています。従って光によって磁石の向きが反転させられた場合には、電流の向きも逆転し、その結果、半導体構造に設置された電極間に生じる電圧に変化が生じます。実際にねじれ偏光パルスを半導体中の電子に照射すると、電子の持つ微小な磁石の向きが揃えられ、狙った方向に電子が移動する様子が確認されました。図3に示すようにねじれの周波数が電子の持つ周波数差である50 THzに近づくほど、照射する光のねじれる方向に応じて電子の持つ磁石の向きが反転し、電子の進む方向が反転する様子を捉えることに成功しました。

今後の展開
この技術はフェムト秒の精度で光の波形を制御できるため、例えば途中からねじれの左右回転方向が切り替わる光パルスを用いて非常に高速な磁場方向のスイッチングが実現されます。また光は任意の位置に照射することができます。そのため位置、エネルギー、運動方向、磁石の向き、すなわち電子の持つ全ての物理的自由度が制御可能となります。このような電子の制御は、静磁場を一切用いずに、光だけを用いて電子の持つ微小な磁石の向きを揃えることのできる操作技術によって初めて実現できることです。光だけを用いて電子のもつ微小な磁石としての性質を操作する技術は、光の新たな活用法として光科学、物性科学、電子機器、光関連機器、等々の広い範囲にわたる発展に大きく寄与します。

 

図2 本研究で開発された光電場波形の制御機構。レーザー光は周波数及び進行方向に直行した2成分ごとに空間位相変調器の各ピクセルへ導かれ、それそれ個別に位相を制御することで任意の波形を整形できます。この技術でレーザー光の電場の振動方向が回転していくねじれ偏光パルスを生成しました。
図3 照射するねじれ偏光パルスのねじれの向き(赤と青)と周波数(横軸)を変え半導体量子井戸に発生した電圧を測定しました。ねじれの向きを反転させると発生した電圧の符号、つまり電子の流れる向きが反転し、電子の持つ微小な磁石の向きが狙い通りに操作されたことを確認しました。

◆研究に関する問い合わせ◆

国立大学法人東京農工大学 大学院工学研究院 教授
三沢 和彦(みさわ かずひこ)
TEL:042-388-7485
E-mail:kmisawa(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

国立大学法人筑波大学 数理物質系 准教授
野村 晋太郎(のむら しんたろう)
TEL:029-853-4218
E-mail:nomura.shintaro.ge(ここに@を入れてください)u.tsukuba.ac.jp

 

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