液体を簡単にナノミストに!プラズマがもたらす新たな可能性

液体を簡単にナノミストに!
プラズマがもたらす新たな可能性

 国立大学法人東京農工大学大学院工学府物理システム工学専攻の渡邊良輔 大学院生、生物システム応用科学府食料エネルギーシステム科学専攻の田中詩織 大学院生、工学研究院先端物理工学部門の吉野大輔 准教授、宮地悟代 准教授は、液体を大気圧プラズマに通すだけでナノミストを作製する手法を開発しました。この成果は、今後、薬剤吸入をはじめとする医療分野を中心に、薄膜塗装、農薬噴霧などさまざまな産業分野に貢献することが期待されます。

本研究成果は、Scientific Reportsにオンライン公開されています(6月22日付)。
論文名:Potential generation of nano-sized mist by passing a solution through dielectric barrier discharge
URL:https://doi.org/10.1038/s41598-022-14670-4

本論文のナノミスト生成装置に関する特許(出願済)
「プラズマナノミスト生成装置」 出願人:国立大学法人東京農工大学

背景
 大気圧下のプラズマ(注1)は、電場、光放射、熱、反応性化学種(注2)を発生させることから、産業分野において多くのイノベーションを支えるキーテクノロジーとなっています。最近では、このプラズマの医学・生物学分野への応用が盛んに研究されており、がん、皮膚疾患、火傷などの新たな治療技術として研究開発が進んでいます。これらの治療技術は、プラズマ由来の物理的・化学的刺激(熱、光刺激、活性化学種など)を対象に直接作用させる必要があり、体内の病巣に適用するためには、外科的な手術を施さなければならないなど課題も多くある現状です。そのため、プラズマの利点を別の形で応用した医療技術開発への期待が高まっています。
一方、最近医療分野において、薬剤を経口摂取ではなく皮膚表面から体内に浸透させる技術(経皮吸収型ドラッグデリバリー)が注目を浴びています。薬剤の血中濃度を長時間維持できることや効果の変動が起きにくいため副作用の軽減が期待できるといった利点がある反面、薬剤を皮膚から効率よく浸透させるためには薬剤のナノサイズ化が必要であり、重要な課題となっています。また、液体をミスト化することで、液体粒子の数が劇的に増え、液体の総量に対する表面積が増加するため、液体の反応性を高めることが可能となります。そのため、薬剤を溶かした液体をナノミスト化することで皮膚浸透性を効率よく高めることが可能になると期待されています。

研究体制
 本研究はJSPS科研費(18K19894、21K19893)による支援のもと、東京農工大学で実施されました。

研究成果
 外径8 mm、内径6 mmの硼珪酸ガラス管の内側に注射針(16ゲージ、先端90度カット)を差し込み、この注射針に高電圧(12.5 kV、10 kHz)を加え、ガラス管外側に巻き付けた電極を接地することでガラス管内部に誘電体バリア放電(注3)を発生させます(図1)。このガラス管内部に注射針を通して液体を注入するだけでナノミストが生成されます(図2)。開発した手法では、水性の液体のみならず、比較的粘度の高い油性の液体でもナノミストを生成できます。ミスト粒子の大きさを計測したところ、大部分で観察に用いた顕微鏡レンズの空間分解能(400 ナノメートル:nm、1ナノメートルは1 mmの百万分の一)を下回るサイズであることがわかりました。また、液体を分速10~100 マイクロリットル(µL、1マイクロリットルは1リットルの百万分の一)で送った場合において、効率よくナノミストを生成できることもわかりました。本技術は、薬剤をナノサイズ化し経皮吸収を促進させることで対象部分に持続的に送達可能にする技術としての応用が期待できます。従来の静電噴霧法と比べて、ナノミスト生成機構(硼珪酸ガラス管電極)の内部で電気的に閉じた回路となっているため、高い安全性能を有するナノミスト化技術として提案できます(特許出願済)。

今後の展開
 今回、ナノミスト生成を検証した液体は、超純水、リン酸緩衝生理食塩水、ヒマシ油の3種類で、その全てでナノミスト化が可能であることがわかりました。また、生成されたミスト粒子も大部分が皮膚のバリア機能(注4)を通過できるサイズとなっています。今後は、この手法で作製した薬液ナノミストの経皮吸収特性を詳細に明らかにすることで、薬剤吸入、経皮吸収促進、高浸透化粧品などの技術開発の研究に貢献していきます。

図1: 液体のナノミスト生成に用いる誘電体バリア放電プラズマ
図2: レーザーシート光源で可視化したナノミスト生成の様子(リン酸緩衝生理食塩水の場合)

注1) プラズマ
気体粒子から電子が解離した、非常に高いエネルギーを保持している状態あるいは物質

注2) 反応性化学種
不安定な電子状態を持つため、周囲の分子との反応を容易に起こす分子

注3) 誘電体バリア放電
大気圧下でプラズマを生成する方法の一つで、電極間に誘電体(絶縁体)を挿入し,交流電圧を印加する放電

注4) 皮膚のバリア機能
外的刺激・異物の侵入を防ぐ、肌内部の水分量を維持するなどの、皮膚の表面にある角質層が持つ肌を保護する役割

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院
先端物理工学部門 准教授
吉野 大輔(よしの だいすけ)
 TEL/FAX:042-388-7113
 E-mail:dyoshino(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp

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