組み合わせ問題を解くDNAコンピュータの出力情報をナノポアによりデコーディングすることに成功

組み合わせ問題を解くDNAコンピュータの出力情報を
ナノポアによりデコーディングすることに成功

 国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門の川野竜司教授と同大学卓越大学院生 滝口創太郎(大学院工学府生命工学専攻)は、DNA分子を用いて情報処理を行う「DNAコンピューティング」により組み合わせ問題の計算を行い、その出力情報を「ナノポア( 注1 )」を用いてデコーディングすることに成功しました。本技術は、分子(DNA/RNA)を情報媒体として高度な情報処理を行う分子ロボット( 注2 )への応用が期待されます。

本研究成果は、Royal Society of Chemistryが発行するNanoscaleに2021年3月19日に掲載されました。
URL:https://doi.org/10.1039/D0NR09031J
論文名: Nanopore Decoding for a Hamiltonian Path Problem
著 者: Sotaro Takiguchi and Ryuji Kawano

現状
 DNAコンピューティングは、DNA分子を利用した情報処理・計算技術であり、次世代の並列計算技術として注目されています。私たちが日常使用しているコンピュータは逐次的に情報を処理するため、例えば巡回セールスマン問題( 注3 )のように膨大な数の解候補を探索する計算(組み合わせ問題)を苦手としています。これに対してDNAコンピューティングは、溶液中に存在する膨大な量のDNA分子(1モル = 6 × 10 23個)が一斉に反応(計算)するので解候補の探索を超並列に実行することができます。またDNAは塩基配列によって容易に分子集合を制御可能なので、その計算能力の高さと柔軟なデザイン性から様々な計算モデルを実装する材料として応用されています。一方で、DNAコンピューティングにおける出力情報(計算結果)はDNA分子にコード(DNA分子の長さや塩基配列として出力)されているため、私たちの目に見える形にする必要があります。これを「デコーディング」といいます。従来の方法では、出力情報のデコーディングに多段階のステップを要し時間がかかる、蛍光プローブを必要とするといった課題がありました。

研究体制
 本研究は、大学院工学研究院生命機能科学部門の川野竜司教授と卓越大学院生 滝口創太郎らによって実施されました。本研究はJSPS科研費基盤(A)19H00901、挑戦的萌芽17K19138、新学術「分子ロボティクス」15H00803の助成を受けたものです。

研究成果
 本研究では、DNAコンピューティング技術を用いてハミルトン経路問題( 注4 )と呼ばれる組み合わせ問題を計算し、その出力情報をナノポアにより迅速・ラベルフリーにデコーディングする手法の開発を試みました(図1)。5都市・10経路を有するグラフから組み合わせ問題の解候補を探索するために、都市と経路の役割を担うDNA分子をデザインし並列計算を行いました。ナノポア計測の際に得られる電流阻害時間は、出力情報をコードしたDNA分子がナノポアを通過する時間を反映しています。この時間を解析することによりDNA分子にコードされた、正解の経路が辿る都市の順番を電気信号としてデコーディングすることに成功しました。本手法により従来の方法よりも少ないステップ数で迅速なデコーディングを実現できました。

今後の展開
 本研究によって、DNAコンピューティングによる並列計算の出力情報を、ナノポアを用いて迅速・ラベルフリーにデコーディングすることに成功しました。最近では、DNAコンピューティングは生体親和性が高いDNAを情報媒体とすることから医療分野への応用も期待されています。今後、分子ロボットにおける情報処理システムの構築やDNAコンピューティングを利用した診断・予後観察への展開を目指しています。

注1)ナノポア
膜タンパク質やイオンチャネルによって、脂質二分子膜中に形成されるナノメートル(1ミリメートルの100万分の1)サイズの微細な孔(ポア)。

注2)分子ロボット
ロボット工学の方法論を導入して分子をシステム化し、高度な「感覚」・「知能」・「運動」を有するプログラム可能な人工分子システム。

注3)巡回セールスマン問題
出発点からセールスマンが複数の都市をちょうど一度ずつ訪れて再び出発点に戻るとき、どのような順番で都市を巡回するのが最短経路であるかを求める問題。都市間を結ぶ経路にはそれぞれ距離の情報が付与されている。

注4)ハミルトン経路問題
巡回セールスマン問題の類似問題。出発点と終点が与えられたとき、すべての都市をちょうど一度ずつ巡回する経路を探索する問題。都市間を結ぶ経路の距離は全て等しいものとする。

図1 本システムの概要。ハミルトン経路問題における都市と経路の役割を担うDNA分子を設計し、解候補を探索する並列計算を行いました。ナノポア計測では、DNA分子がナノポアを通過するとき一時的な電流阻害が生じます。この電流阻害時間を解析することにより、DNA分子にコードされた計算結果を電気信号として迅速・ラベルフリーにデコーディングすることに成功しました。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院
生命機能科学部門 教授
川野 竜司(かわの りゅうじ)
TEL/FAX:042-388-7187
E-mail:rjkawano(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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