ポリ酸の合成環境がアニオン分子の構造と単離形態にまで影響することを発見 ~ポリ酸の合成研究を新たなステージへ~

ポリ酸の合成環境がアニオン分子の構造と単離形態にまで影響することを発見
~ポリ酸の合成研究を新たなステージへ~

 東京農工大学大学院生物システム応用科学府生物機能システム科学専攻の飯島淳産官学連携研究員(現医療創生大学薬学部薬学科講師)、東京工業大学の成毛治朗URA(現中央大学研究支援室URA)、東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院の鈴木龍汰特任助教らは、多くのサンドイッチ型希土類ポリ酸の構造を幾何学的に調べることで、これまで経験則に基づいていたポリ酸の合成において、カチオンや共存分子といった合成環境がポリ酸アニオン分子中のねじれや立体化学的反発に及ぼす影響を、体系的に明らかにしました。この影響はポリ酸の単離形態にも及ぶため、立体構造の作り分けを可能にすることも示しました。
 これまでのポリ酸研究では、結晶化しやすいカチオンや共存分子をひとまず導入し、ポリ酸アニオン分子の構造制御は、結晶化後に構造が明らかになってから、後付けで説明を行うことが主流でした。本成果は、これまでのポリ酸アニオンの構造制御の常識に一石を投じるものであり、合成から構造制御を指向する新しいポリ酸合成へと導くものです。カチオンや共存分子のポリ酸アニオンへの影響を考慮して、ポリ酸アニオンの構造だけでなく、単離形態までも制御する新しい合成法の創出につながることが期待されます。

本研究成果は、アメリカ化学会が発行するACS Omega(電子版2023年3月3日付)に掲載されました。
掲載場所:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsomega.3c00711
論文名:Structural and chemical effects of the surrounding cations and co-existing compounds on [M(α-PW₁₁O₃₉)₂]ⁿ⁻
著者:Jun Iijima, Haruo Naruke, and Ryuta X. Suzuki

現状
 ポリ酸とは、モリブデン(Mo)、バナジウム(V)、タングステン(W)などの金属原子と酸素原子からなる無機金属酸化物クラスターであり、構成金属、分子サイズ、構造を容易に変えることが可能です。代表的なポリ酸の構造としては、Keggin構造、Wells-Dawson構造、Anderson構造などが知られており、どのポリ酸も金属原子を中心原子とし、酸素原子がその周りに配位した正四面体、正八面体が基本単位となって、稜や頂点を共有し脱水縮合することによって合成されます。そして、金属原子と結合している酸素原子が大量に含まれていることから、一般的なポリ酸はアニオン(陰イオン)として存在し、電荷を相殺するために必要なカチオン(陽イオン)としては、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、アンモニウムイオン、カチオン性の金属錯体が通常使用されます。そして、多様な構造から派生するように、ポリ酸ではフォトクロミズムやエレクトロクロミズム(光照射や通電によって色の変化が起きる現象)、発光、触媒、イオン/電子伝導、生理活性等の多様な物性が見出されています。しかしその合成については、既報任せであり、一般的なポリ酸の合成機構は、初めてのポリ酸が合成されてから約200年が経過した現在になっても未だに解明されていません。合成時にどんな物質を導入して、その影響を受けた分子が、どれだけ研究者の望む構造に近づくか(分子形状の制御)、そして、結晶化後の単離形態をどこまで精密に操作できるかについては、結晶化後、X線回折測定をするまでは、予想することすらできませんでした。

研究成果
 本研究チームは、サンドイッチ型希土類ポリ酸[M(α-PW₁₁O₃₉)₂]ⁿ⁻を例にとって、中心金属Mと、カチオンや共存分子を色々と変えることで合成を行い、合成に成功したポリ酸の単結晶X線構造解析を行って、その構造を結晶学的に明らかにしてきました。その中で、Mを4価のセリウム、カチオンをジメチルアンモニウムイオンにすることで、自然分晶することを(①)、共存分子としてプロリンを導入することで、採用した全ての金属Mにおいてエナンチオ選択的合成ができることを報告してきました(②、③)。それらの報告をまとめる形で、構造解析によって明らかになったポリ酸アニオンに、5つの幾何学的パラメータを設定し(図1)、そのパラメータから[M(α-PW₁₁O₃₉)₂]ⁿ⁻分子のねじれや曲がり具合、分子内立体反発について考察を行いました。設定したパラメータは次の通りです。
1)中心金属イオンのイオン半径RM
2)2つのリン原子間距離(d(P···P))
3)分子のねじれを表す2つの[α-PW₁₁O₃₉]⁷⁻ユニットが形成する二面角(Φ)
4)2つの[α-PW₁₁O₃₉]⁷⁻間に存在し分子内立体反発を説明できる酸素原子間距離(d(OA···OA’))
5)分子の屈曲具合を表す2つのリン原子と中心金属Mが形成する角度(∠P-M-P); φ)

 結果として、イオン半径RMが小さくなると、2つの[α-PW₁₁O₃₉]⁷⁻が接近するため、d(P···P)も小さくなり(図2左)、d(P···P)が小さくなると、2つの[α-PW₁₁O₃₉]⁷⁻ユニット間の反発が徐々に大きくなるため、二面角(Φ)も小さくなる傾向にあることが分かりました。ただしこの傾向はカチオン環境によって変わります。例えばアンモニウムイオンでは比例関係に、アルカリ金属イオンでは一定値を取ります(図2右の赤と青のプロット)。また共存分子としてプロリンを導入すると、相関がなくなることが明らかになりました(図2右の緑プロット)。分析を進めると、アニオンの周りに存在するカチオンや共存分子からの静電的相互作用や水素結合相互作用の影響が強く、これらの相互作用によって、最終的な単離形態がラセミ体やエナンチオマーになることも明らかになりました。
 さらに、分子の屈曲具合を表す φΦに対してプロットすると、アルカリ金属イオン、共存分子としてプロリンを導入した群では、ほぼ一定値をとり、それぞれ静電的相互作用や、水素結合相互作用による効果であることが分かりました。一方で、アンモニウムイオンを導入した群では、ほぼ比例関係を示し、[α-PW₁₁O₃₉]⁷⁻は、基本的には、アンモニウムイオンや結晶水が関連する弱い水素結合によってはあまり影響を受けないことが分かりました。
 また、Φφの関係をより詳細に調べるために、既報(④)に基づいて[α-PW₁₁O₃₉]⁷⁻ユニットの(Φ = 180°, φ = 180°)の幾何学モデルを構築し、そこから本論文で調べた30°< Φ < 45°の範囲で、 φがどのような挙動を示すか、簡単なシミュレーションを行いました。結果として、Φφに対してほとんど影響を与えず、[α-PW₁₁O₃₉]⁷⁻ユニットの回転の効果のみが優位に働いて、分子内反発を決める要因となり、最終的なアニオンの分子構造を決定することが明らかになりました。
 複雑な構造を持つポリ酸アニオンが多い中で、非常に単純な幾何学的モデルを組み、それを利用して、本論文で調べた化合物群に対する、カチオンや共存分子の影響による分子構造のシミュレーションを行ったことは、今後、より複雑なポリ酸アニオンに対する構造評価を行う上で、一つの指針を示したとも言うことができます。

研究体制
 東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門(生物システム応用科学府生物機能システム科学専攻)の長津雄一郎教授が主宰する長津研究室に所属する飯島淳産官学連携研究員と鈴木龍汰特任助教、および東京工業大学の成毛治朗URAによって行われました。本研究は公益財団法人日本科学協会、笹川科学研究助成(28-316)の助成を受けて行われたものです。

今後の展開
 本成果は、サンドイッチ型希土類ポリ酸の中でも比較的簡易に合成でき、かつ簡単な構造の化合物に対して得られた結果です。今回発見された、カチオン環境、共存分子によるアニオンへの構造化学的影響が、例えば、より大きなサンドイッチ型希土類ポリ酸や、異なる構造体のポリ酸でも同様に起きるのかは不明であり、今後、合成実験、構造解析、幾何学的評価により、実験的に明らかにします。本成果を土台にして、ポリ酸分子の精密制御、すなわち(光学)異性体やひずみを含めた分子形状制御がどこまで可能なのかを検証し、研究者が頭の中で考えるポリ酸分子およびその化合物を合成段階から狙って作れるよう、研究範囲をサンドイッチ型希土類ポリ酸から一般的なポリ酸化合物まで広げ、所望のポリ酸合成が出来る指針を示します。

 

図1. 幾何学的パラメータの設定。構造解析によって明らかになったポリ酸アニオンの構造から、RM、d(P···P)、Φd(OA…OA’)、 φ (∠P-M-P)を設定した。Φを決める二面角mは、骨格構造に示されている原子によって作られた。
図2:各カチオン、共存物質別の、RMに対するd(P···P) (左)、d(P···P)に対するΦのプロット(右)。赤は、アンモニウム塩、青はアルカリ金属塩、緑は共存物質にプロリンを導入した化合物群。各カチオン別に分布があり、それぞれに傾向が現れているのが分かる。

①:Synthesis and structural investigation of sandwich polyoxotungstates containing cerium
(III/IV) and mono-lacunary Keggin tungstophosphate units.
Inorg. Chim. Acta, 363(7), 1500-1506, (2010).
②:Enantioselective Resolutions and Circular Dichroism Studies of Lanthanide-Containing
Keggin-type [Ln(PW11O39)2]11- Polyoxometalates.
Inorg. Chem., 50(16), 7535-7539, (2011).
③:Chirality induction in crystalline solids containing sandwich-type [Ln(α₂-P₂W₁₇O₆₁)₂]¹⁷⁻
polyoxotungstates and proline (Supplementary Cover).
Inorg. Chem., 57(21), 13351-13363, (2018).
④:Structural characterization of Keggin sandwich-type [LnIII(α-PW₁₁O₃₉)₂]¹¹⁻ (Ln = La and Ce) anion containing a pseudo-cubic LnIIIO₈ center.
Inorg. Chim. Acta, 379(1), 95-99, (2011).

◆研究に関する問い合わせ◆
医療創生大学薬学部薬学科
講師  飯島 淳
TEL: 0246-29-5111(代) 内線(695)
E-mail: polyoxometalate(ここに@を入れてください)hotmail.com

プレスリリース(PDF:586KB)

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