弱い相手との対戦が100%の実力を発揮するための鍵!

弱い相手との対戦が100%の実力を発揮するための鍵!

ポイント

  • 運動の戦略は相手の強さに応じて臨機応変に切り替えられることを発見
  • とくに弱い相手との対戦により最適なパフォーマンスを達成する戦略が導かれた
  • 練習計画の設計として弱い相手との対戦も組み込むことの重要性を示唆

 国立大学法人東京農工大学大学院 工学研究院 先端電気電子部門の瀧山健准教授、太田啓示研究員の研究チームは、最適な運動戦略を促すための手段として、他者との対戦が有効となることを明らかにしました。従来、人間には危険性の高い戦略を好むリスク選好性の存在が示されてきましたが、今回研究チームは、対戦相手の強さによって運動戦略が臨機応変に切り替えられる様子を示し、特に弱い相手との対戦によって、個々人の運動能力に適した最適な運動戦略を導くことに成功しました。
 今回の結果は、実力発揮を促すための練習計画として、強い相手だけではなく、弱い相手との対戦を組み込むことの重要性を示しています。今後は、リスク選好性による運動パフォーマンス低下を抑える訓練法として応用が期待できます。

 本研究成果は、Scientific Reports(1月22日付:日本時間1月22日)に掲載されました。
 論文名: Optimizing motor decision-making through competition with opponents
 著者名: Keiji Ota, Mamoru Tanae, Kotaro Ishii, & Ken Takiyama
 論文URL: www.nature.com/articles/s41598-019-56659-6

現状 :スポーツの現場で運動パフォーマンスを高めるためには、自分の能力に見合った適切なプレー・戦略を取ることが不可欠です。これまで人間の行動特性として、自分の能力を超えて危険性の高い戦略が好まれることが知られており、認知レベルでの選択の誤りが、運動パフォーマンスの低下要因となることが指摘されていました。しかし、このような認知バイアスを抑え、パフォーマンス低下を防ぐ方法は提案されていませんでした。

研究成果 :今回研究チームは、他者との競い合いによって、運動戦略の探索が促される可能性に着目し、様々な相手と対戦している際の被験者の運動戦略を定量化しました。その結果、自分よりも弱い相手と対峙する際に、危険性の高い選択が少なくなり、個々の運動能力に見合った最適な戦略を誘導することに成功しました。
 スポーツでは一般的に、得点の可能性と失敗の危険性とを天秤にかけ、プレー選択を行う必要があります。例えば、テニスやサッカーではライン際やポスト際を狙うほど、得点の可能性が高くなる一方で、ボールがラインやポストを越えてしまうリスクも考慮する必要があります。この際、運動が正確な上級者であれば、ラインやポスト寄りの位置を狙うことができますが、運動が不正確な初心者がラインやポスト寄りを狙うと、失敗の危険性が増大してしまいます。従って、自分の運動能力を加味して適切に狙いを定めることは、パフォーマンスを左右する重要な鍵となります。
 今回研究チームは、このような状況を反映した実験課題を考案し、「どこを狙っているか」という被験者の戦略を定量化しました(図1A)。被験者は、まず1人で課題を実施し、引き続き1人で練習を継続する者、強い相手と対戦する者、弱い相手と対戦する者に分けられました。その結果、1人で練習を継続する場合や強い相手と対戦する場合には、危険性の高い戦略が取られ続けました。しかし、対戦相手が弱い場合には、そのような傾向が消失し、自分の運動能力に見合った選択が促進されることが明らかとなりました(図1B)。
 次に、対戦相手の影響を詳細に分析したところ、相手が強くなればなるほど、被験者の戦略もより危険性の高い方向へ変化する一方で、相手が徐々に弱くなる際には、相手の保守的な戦略に引きずられることなく最適な戦略が保たれていました(図1C)。
 さらに、相手に対する勝率をコンピュータシミュレーションにより計算したところ、被験者の取った戦略は、勝率を最大にする上でも最適な戦略であることが分かりました(図1D)。
 以上の実験結果から、1人で練習するだけでは修正が困難な危険性の高い戦略も、相手の存在により別の戦略へと探索が促され、とくに相手が弱い際に最適な戦略へと誘導できることが明らかとなりました。自分より弱い相手と対戦することは、一見矛盾しているように聞こえますが、認知バイアスによるパフォーマンス低下を抑え、実力発揮を促すためには有効な訓練方法と言えるでしょう。

今後の展開 : 今後は、実際のスポーツデータから運動選手の認知バイアスを評価し、提案手法の有効性を検討することで、運動選手のパフォーマンス向上支援に貢献できると期待できます。

図1: 本研究の概要

(A) 被験者にはペンタブレット上でリーチング運動を行って貰いました。スタート位置から素早く前方に腕を伸ばし、制限時間内にスタート位置に戻るという運動です。毎試行の最高到達点が、画面上に黄色い丸として表示されます。被験者は、到達点が緑色の境界線に近づくほど、高い得点を貰えました。しかし、境界線を越えると0点(失敗試行)となりました。すなわち、実験課題では、サッカーやテニスで求められるように、得点と失敗の危険性を天秤にかけ、どこに狙いを定めて運動するかという意思決定が求められました。まず対戦前に行う1人での課題では、10試行の合計得点が高くなるように、次に相手と対戦する課題では、相手と交互に課題を行い、10試行の合計得点が相手を上回るように教示しました。相手の強さを任意に調整できるようコンピュータの相手との対戦を、1ブロック10試行とし12ブロック行って貰いました。

(B) 毎回のリーチング到達点がどの程度ばらつくかという情報をもとに、被験者が取った戦略(狙い所)のリスク度を評価しました。リスク度が0の場合、その人の合計得点が最大になるよう狙いを定められていたことを意味します。すなわち、自分のばらつき(運動能力)に適した最適戦略を取れていたと言えます。リスク度が高い場合、緑色の境界線近くを狙いすぎ、失敗の危険性が高くなる戦略を取っていたことを意味します。リスク度が低い場合、境界線よりも手前を狙いすぎていたことを意味し、失敗の危険性は低いですが得点そのものも低いため、合計得点が低くなることを意味します。実験の結果、弱い相手と対戦した場合にのみ(青線)、自分の能力に適した最適戦略が取れていたことが明らかになりました。補足説明:図中の太い線は、8人、9人、もしくは10人の被験者間の平均値を、薄い帯は平均値からのデータの散らばり具合を示しています。

(C) 対戦前の1人での課題と相手と対戦している際の狙い所(10試行の平均到達点として算出)を示しています。まず特徴的な点として、対戦課題の1ブロック目には、対戦前よりも狙いが低下していることが分かります。その後、相手の狙いが上昇し、相手が徐々に強くなっていく際には、被験者の狙いも徐々に上昇していました。一方で、相手の狙いが徐々に低下し、相手が弱くなっていく際には、被験者は相手に引きずられることなく、自分の狙いを保っていました。これらの結果は、相手の強さに応じて臨機応変に戦略を切り替えていたことを意味しています。補足説明:図中の青色の太線は、被験者間の平均値を、薄い帯は平均値からのデータの散らばり具合を示しています。赤色の太線および薄い帯は、対戦相手の平均値および散らばり具合を示します。

(D) 被験者の取った戦略が、勝率を高める上でも最適な戦略かを調べるために、コンピュータシミュレーションを行いました。図は、相手の狙い所に対する被験者の狙い所を示し、両軸とも対戦前の狙い所からの差分(相対値)として表示しています。図中の黄色や緑色の場所は、相手の戦略に対し、勝率が高くなるスポットを意味し、青い場所は、勝率が低くなるスポットを意味しています。被験者の戦略(白丸と黒丸)は、相手が強い場合でも弱い場合でも、勝率が高くなるスポットに散布していることが分かります。すなわち、弱い相手と対戦している際には、自分のパフォーマンスだけでなく勝率も最大になるように最適な戦略が達成されていました。


研究体制 :本研究は、東京農工大学・瀧山健 准教授の研究チームにより実施しました。本研究は、JSPS科研費No. 17J07822、18K17894、中山隼雄科学技術文化財団によりサポートされています。

研究に関する問い合わせ
東京農工大学大学院工学研究院 先端電気電子部門 准教授
瀧山 健 (たきやま けん)
TEL/FAX:042-388-7444
E-mail: ken-taki(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

 プレスリリース(PDF:353KB)

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