ツキノワグマの独り立ち~子グマが出生地を離れる時期と距離を解明~

ツキノワグマの独り立ち
~子グマが出生地を離れる時期と距離を解明~

ポイント

  • 計550頭の遺伝情報と年齢情報を用いて、ツキノワグマが生まれた場所から離れる時期とその距離を算出しました。
  • 平均距離は、オスでは17.4km、メスでは4.8kmと、オスはメスよりも遠くに分散していました。
  • オスでは3歳までにほとんどの個体が出生地から分散していました。
  • 一方、多くのメスは生まれた場所の周辺にとどまることで、狭い範囲に血縁関係の近い個体どうしが多く生息する状況になっていました。

本研究成果は、アメリカの哺乳類学誌「Journal of Mammalogy(略称:J Mammal)」オンライン版(2月14日付)に掲載されました。
論文名:Timing and distance of natal dispersal in Asian black bears.
著者名:Kaede Takayama, Naoki Ohnishi, Andreas Zedrosser, Tomoko Anezaki, Kahoko Tochigi, Akino Inagaki, Tomoko Naganuma, Koji Yamazaki, Shinsuke Koike
URL:https://academic.oup.com/jmammal/advance-article/doi/10.1093/jmammal/gyac118/7036296

概要
 国立大学法人東京農工大学大学院農学府 修士課程学生 高山楓(当時)、同大学院グローバルイノベーション研究院の小池伸介教授、長沼知子特任助教(当時、現 農研機構)、同大学院連合農学研究科 博士課程学生 稲垣亜希乃、栃木香帆子、ノルウェー南東部大学(兼任 元東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院・特任准教授)のAndreas Zedrosser教授、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所東北支所の大西尚樹動物生態遺伝担当チーム長、群馬県自然史博物館の姉崎智子主幹(学芸員)、東京農業大学地域環境科学部森林総合科学科の山﨑晃司教授らの国際共同研究チームは、計550頭(オス378頭、メス172頭)の遺伝情報と年齢情報に基づいて、世界で初めてツキノワグマにおける出生地(注1)からの分散(注2)距離と、分散を行う時期を明らかにしました。その結果、平均分散距離はオスの17.4kmに対し、メスは4.8kmと短いことが分かりました。また、オスは3歳になるまでにほとんどの個体が出生地を離れることも分かりました。一方、メスは成長しても出生地周辺にとどまることで、比較的狭い範囲において遺伝的に関係の近い、母系の集団が維持されていることが示唆されました。

研究背景
 多くの哺乳類では生まれた場所、つまり母親の行動圏(注3)から自らが繁殖する場所へと移動する(出生後)分散を行います。一部の種の分散は、通常の生活の中で繰り広げられる移動の距離よりも、長い距離となることが多いため、その種の個体群(注4)の構造や分布を決定するうえで最も重要なイベントの一つです。
 多くの種では、どちらか一方の性の個体が繁殖する前に出生地から分散し、もう一方の性の個体は出生地周辺にとどまる傾向があります。特に、哺乳類ではメスよりもオスのほうが分散する割合が高いか、分散距離が長いことが多いです。このように分散様式に性別間で違いが生じる原因の一つとして、繁殖の仕方と関連があることが知られています。多くの哺乳類ではメスは食物資源を得ることに、オスは繁殖相手を得ることに力を注ぎます。一般的に、メスは妊娠や子育て等子孫に多くの投資をするため、繁殖の成功には食物資源を効率的に得ることができるかどうかが関わります。慣れ親しんだ場所のほうが食物資源を確保できる可能性が高いので、メスは出生地周辺に定住する傾向があります。一方、オスの繁殖の成功は、オスが出会える交配相手の数によって制限されます。そのため、オスは分散を行うことで多くの交配相手と出会える可能性を高め、結果的に近親交配の回避につながっていることが言われています。
 これまで、ツキノワグマでは出生後分散の具体的な規模や状況についての科学的な知見はありませんでした。そこで、研究チームでは、チームと行政のそれぞれが長期に収集してきたツキノワグマに関する情報を用いることで、クマの未知の分散行動を明らかにすることを目指しました。

研究成果
 2003年から2018年にかけて群馬県と栃木県において、研究チームによって学術捕獲された個体および、行政によって収集された有害鳥獣捕獲(注5)個体の計550頭(オス378頭、メス172頭)の捕獲場所、年齢、遺伝情報を収集しました。そして、これらの個体間の親子関係解析を行い、雌雄の分散距離をそれぞれ算出するとともに、解析に用いた各個体の性別および年齢ごとの遺伝的距離(注6)と地理的距離の変化から、分散行動が発生する年齢を推定しました。また、一般的に、ツキノワグマは秋の主食であるブナ科の果実(いわゆる、ドングリ)が不作の年の秋には、通常の年の秋よりも遠い範囲にあるブナ科の果実を食べに行くことが知られています。そこで、ドングリが不作の年に分散した個体は、通常の年に分散した個体よりも遠くまで分散するのではないかという仮説を検証しました。
 その結果、平均分散距離では、オスは17.4±3.5km(平均±SE)、メスは4.8±1.7kmとなり、オスのほうがより遠くまで分散していることが明らかになりました(最大73.7㎞)(図1)。また、これらの距離にはドングリの“なり”(豊作や不作)は影響しないことも明らかになりました。さらに、成獣のメス、つまり母親の一般的な行動圏の範囲が平均径1.8km程度であることから、この規模を基準に検証したところ、オスの96%、メスの50%が分散していることが分かりました。
 また、分散行動が発生する時期では、ほとんどのオスはドングリの“なり”に関係なく3歳までに分散を開始し、徐々に出生地から離れていく傾向がみられました。ただし、若くて経験の浅いオスの中には、ドングリが不作の年には出生地の周辺に戻ってくる個体もいるようでした。一方、メスでは成長しても出生地周辺にとどまる個体が多く見られました。その結果、比較的狭い地理的範囲の中に、遺伝的に関係の近い、女系のクマたちが生息する状況が出来上がっていると言えます。

今後の展望
 ツキノワグマの分散行動の一端が明らかになったことで、ツキノワグマの行動圏の形成過程や、分布の拡大過程を検証するために重要な知見が得られました。今回は、研究チームおよび行政が長期にわたって収集してきた情報を活用することで、これまで知られていなかったツキノワグマの分散行動を明らかにすることができたことから、長期にサンプルを収集することの重要性が示されました。現在、日本では毎年、数千頭以上のツキノワグマが有害鳥獣捕獲などで駆除されていますが、それらの情報はほとんど収集されていません。そのため、これらの情報を収集し活用することで、野生動物の未知の生態が解き明かされ、野生動物の保全や管理の一助となる情報が得られることが期待されます。
 なお、本研究はJSPS科研費 16H04932、19H02990、東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院からの助成金を受けたものです。

用語説明
注1)生まれ育った場所。
注2)個体がそれまでの生息してきた場所を離れて特定の場所に移住すること。特に、生まれた場所、つまり母親の行動圏から自らが繁殖する場所へと移動する分散を出生後分散といい、一方通行の移動を示す。
注3)動物が通常の活動で利用する場所や範囲。
注4)ある空間(地域など)に生育、生息する同種個体の集まり。
注5)鳥獣による生活環境や農林水産業、生態系への被害が生じているか、もしくは生じるおそれがある場合に、その防止や軽減を図るために行政の許可を得て行われる捕獲。
注6)個体間または集団間における遺伝的分化の度合い。今回は個体間の遺伝的な差を示す。

図1.オスとメスのそれぞれの平均分散距離(箱ひげ図の中の太い線)。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院 教授
小池 伸介(こいけ しんすけ)
E-mail:koikes(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

学校法人東京農業大学 経営企画部
E-mail:koho(ここに@を入れてください)nodai.ac.jp

国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所東北支所 チーム長 
大西 尚樹(おおにし なおき)
E-mail: bigwest(ここに@を入れてください)ffpri.affrc.go.jp

関連リンク(別ウィンドウで開きます)

•東京農工大学 小池伸介教授 研究者プロフィール
•東京農工大学 小池伸介教授 研究室ウェブサイト
•小池伸介教授が所属する 東京農工大学農学部地域生態システム学科

 

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