生体のやわらかさを再現したマイクロポストアレイでの細胞牽引力の計測と運動を模倣した伸展刺激に対する細胞の適応(応答)機構を解明

生体のやわらかさを再現したマイクロポストアレイでの
細胞牽引力の計測と運動を模倣した伸展刺激に対する細胞の適応(応答)機構を解明

 国立大学法人東京農工大学大学院工学府 材料健康科学寄附講座において、生体のやわらかさを再現したハイドロゲルでマイクロポストアレイを作製し、細胞の牽引力の計測に成功した論文がJournal of Fiber Science and Technology(9月10日付)に掲載されました。また、株式会社メニコンが製品開発した培養細胞伸展システム「ShellPa」および細胞親和性を高めたハイブリッド型ストレッチチャンバーを使用して、国立大学法人岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 システム生理学との共同で個体の運動を模した「繰り返し伸展刺激」に対する細胞の適応(応答)機構を解明した論文がJapanese Journal of Applied Physics(1月22日付)に掲載されました。本研究では、着目した低分子量熱ショックタンパク質「αB-クリスタリン」が細胞骨格の維持に働くだけでなく、「αB-クリスタリン」の発現が多いと「繰り返し伸展刺激」に応答して細胞接着斑を強化し接着性を高めることを見出しました。この所見は今後、運動不足による疾患予防を目指し、健康寿命を延ばすための効果的な運動方法の開発に応用されることが期待できます。

 本研究成果は、Journal of Fiber Science and Technology(9月10日付) DOI 10.2115/fiberst.2020-0017と
 Japanese Journal of Applied Physics(1月22日付)DOI 10.7567/1347-4065/ab65aaに掲載され、
 国際バーチャル学会Japan XR Science Forum 2020 in US Midwestでは、
 Poster Presentation Award Goldを受賞(7月12日付)しました。

背景と本実験
 細胞は基板に接着する際に周囲を引っ張っています。接着性の細胞では、牽引力は生きるために必要です。牽引力は微小なポストが並んだ表面に細胞を置き、細胞がポストの先端をどのぐらい曲げたかを測定して算出します(図1)。この測定装置をマイクロポストアレイと呼んでいます。これまでは、ポリジメチルシロキサン(PDMS)のポストなどが使用されていましたが、弾性率がMPaオーダーと生体に比べて大きく、変形しづらい素材であるため、細胞が生体にあるときにはありえないくらい大きな牽引力を発揮してしまっているということが分かっていました。本研究では、微細加工に適した二光子励起重合を用いて弾性率が従来素材の千分の一(kPaオーダー)と生体に近いハイドロゲルでマイクロポストアレイを作製し、細胞が本来発揮している牽引力の測定を行いました。骨格筋のモデルとしてラットL6筋芽細胞を用いました。また、牽引力の効果を見るために、細胞接着性のスチレン系熱可塑性エラストマー(SEBS)シートを貼り付けたストレッチチャンバーを用い、細胞に伸展周期1Hz、伸展率20%の伸展刺激を加えました(注1)。SEBSシートを用いたことにより、細胞の接着を保ったまま大きな伸展刺激を加えることが可能になりました。

成果
 これまでの研究から、αB-クリスタリンというタンパク質の多寡が培養皿の上での接着安定性に関係しているということを見出していましたが(Shimizu et al, 2016)、本研究の結果、その背景として牽引力に影響しているということがマイクロポストアレイの実験から分かりました。αB-クリスタリンをノックダウンした細胞に比べ、正常細胞は4倍の牽引力を発揮しました。正常細胞はポスト上での安定性も高く、一箇所に留まりました。αB-クリスタリンは不活動状態に置かれた筋肉で早期に激減したタンパク質として同定されており、身体、筋肉のレベルで欠かせないと考えられていますが、細胞レベルでも力発揮に関わっていました。
 αB-クリスタリンは細胞骨格を維持するということが先行研究から分かっていましたが、ストレッチチャンバーからは、細胞による基盤(生体内では細胞と細胞外マトリックス)への接着構造である接着斑も維持するということが分かりました。αB-クリスタリンをノックダウンした細胞は刺激に耐えられず、早期に刺激を避ける方向に向きが変わりました。しかし、マイクロポストアレイ上で大きな牽引力を発揮した正常細胞は、伸展刺激を受けて接着斑を成熟させ接着を強化しました(図2)。不活動状態でも筋肉を伸展させた状態で固定しておくと、αB-クリスタリンは減少しないということが分かっています。培養皿中で細胞は静置されていますが、ときどき適度に細胞に刺激を加えた細胞を実験に用いれば、生体に近い現象を捉え新たな発見につながる可能性があります。

展開
 人類は超高齢社会への道を歩んでおり、日本はその先頭を走っています。寿命が伸びること自体は喜ばしいことですが、健康に過ごせる寿命が伴わねば問題なしとは言えません。運動不足は死亡に関する危険因子の3番目に位置しますが、動機付けの困難さからか運動をする人口は増えていません。本研究では、αB-クリスタリンというタンパク質が細胞骨格に加えて接着斑をダイナミックに維持する役割を担い、繰り返しの伸展刺激を受けることで細胞接着を強化するということを見出しました。本研究は、骨格筋のモデルとしての筋芽細胞の有用性も示しています。健康寿命を伸ばすために効果的な運動とは、αB-クリスタリンの増加を促進する刺激を作り出すことにあると考え、伸展周期や伸展率、伸展時間などを変えながらαB-クリスタリンの増加を効果的に促進する条件を調べれば、この所見は新たな運動方法の開発に応用できる可能性が高いと考えられます。

注1)本研究では培養細胞伸展システムShellPaを使用しました。
    https://www.menicon-lifescience.com/shellpa.html

図1 細胞牽引力評価システム (a)マイクロポストアレイ (b) αB-クリスタリンノックダウン細胞、ノーマルαB-クリスタリン発現細胞
図2 繰り返しストレッチによるメカニカルストレス (a) チャンバー、(b) チャンバー断面構造、(c) 伸展率とストレッチ時間、(d) αB-クリスタリンの多寡と78時間ストレッチ後の細胞接着斑とF-アクチン(スケールバーは20μm)

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学府
応用化学専攻 客員教授
跡見順子(あとみよりこ)
TEL/FAX:042-388-7539
E-mail:yatomi(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

プレスリリース(PDF:355KB)

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