根の成長がつなぐ植物と土の支え合い -シカの過採食によって劣化した森の再生-

根の成長がつなぐ植物と土の支え合い
-シカの過採食によって劣化した森の再生-

ポイント

  • 長期的なシカの過採食によって林床植生が衰退した森林において、シカの採食を抑制して、林床植生と土壌状態の回復力について調べました。
  • その結果、主に低木から構成される木本性の種が回復することで根系量が増加し、土壌の状態が改善することが確認されました。
  • これまで、土壌保全には林床植生や落葉による土壌の被覆が重要であるとされてきましたが、今回の研究成果により劣化が進んだ林床の回復過程では、草本のみならず低木類などで構成される強い根系の発達が土壌状態の回復や保護の効果として重要であることが明らかになりました。
  • このような植生-土壌の関係の回復は、高木に成長する種の定着も促しており、長期的な視点での森林の再生においても重要なプロセスであると考えられました。

本研究成果は、アメリカ生態学会発行の学術誌「Ecological Applications」(5月14日付)に掲載されました。
論文タイトル:Ecological resilience of physical plant–soil feedback to chronic deer herbivory: Slow, partial, but functional recovery
URL:https://esajournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/eap.2656


現状
 衰退した林床植生の回復は次世代の森林を構成する樹種の生育や、森林が有する公益的な機能の保全にとっての重要な課題となっています。とくに、地表を覆う植生や落葉の喪失によって、土壌に直接雨滴が当たって土壌が侵食されることや、その結果、土壌が締め固まって水が浸透しにくくなり、地表面を水が流れて侵食が発生することなど、森林の水土保全機能が低下することが懸念されています。また、このような土壌の物理的な状態は植物の定着や生長の重要な要因でもあります。したがって、植生と土壌の相互的な働きの回復が、この森林機能の再生の重要なポイントになります。
 林床植生の衰退の原因として、シカの増加による採食圧の増大が大きな問題となっています。シカの過採食により、シカが好まない植物種が増えて草本だけの林床になる場合や、裸地化する現象が起こっています。そこで、シカの侵入を防ぐ防除柵や個体数の間引きといった採食圧の抑制により、林床植生の回復や侵食の抑制による健全かつ持続的な森林環境保全の取り組みが行われています。しかし、劣化した状態が数十年にわたり長期化している場合、シカの採食圧を抑制したとしても、元の植生や土壌状態が戻らず、生態系の回復力が低下することも指摘されはじめています。したがって、シカの採食の履歴に応じた回復可能性やその速度の違いを考慮して、採食圧の管理を考えることが必要です。

研究体制
 本研究は東京農工大学と神奈川県自然環境保全センターの共同研究により行われました。

研究成果
 本研究は、1970年代からニホンジカが増加し、その後約40年の間、長期的に過採食の影響を受けてきた丹沢山地の札掛地区に位置する大洞沢試験地で行いました。シカ防除柵を用いた採食圧の排除が、林床植生と土壌状態の変化やそれらの関係性に対する効果を調べ、長期的な過採食が植生と土壌の回復力におよぼす影響を検証しました。そのために、集水域規模でシカ防除柵により採食圧を排除した「排除区」と、その比較のため柵をしない「対照区」の植生と土壌の状態の変化を、柵設置前と柵設置8年後の状態を比較しました。シカを排除した「排除区」では、8年間で木本種が大きく増加し、とくにウツギやモミジイチゴといった低木の種が高頻度で確認されました(図1a、図2b)。また、高木になるケヤキやモミ、スギといった次世代の森林を構成する種も見られ、植生の遷移が進んでいることが確認されました。一方で、「対照区」では、木本種は全く増加せず、不嗜好性種( 注1 )や採食に耐性がある種の出現頻度が8年前と同様に高いままでした(図1b、図2a)。
 物理的な土壌の状態を表す一つの指標であり、土の圧密度を示す土壌密度を用いて土壌の状態を評価しました。「排除区」の斜面上方(尾根周辺)では土壌密度の値は低くなり、圧密化された土壌の状態が回復したことが示唆されました(図2c)。これに関連する植生の要素を検討したところ、根系量が多いと土壌密度が低くなり、また根系量は木本植物の種数の増加に伴って多くなっていました。すなわち、木本植物の定着や生長に伴う根系量の増大が、土壌の状態を効果的に改善したことが示唆されました。
 これらのことから、劣化した土壌条件下では、木本種の根系の成長が土壌状態の改善に重要な役割を果たすことがわかりました。これまで、森林の水土保全機能において、林床植生の被覆が侵食を防ぐ機能として注目され、構成種の特性や根との関係は重要視されてきませんでした。しかし、侵食が進み土壌の状態が大きく劣化していたと考えられる状態からの回復過程における本研究から、多年生で太く強い木質の根を形成する木本種の定着および生長によって地表面の土を留め、地下から土壌状態を改善する機能も水土保全機能の再生のキープロセスであると考えられました。また、このような林床の植物-土壌の関係が次世代の森をつくる高木の定着を促す効果があることもわかりました。
 一方で、「排除区」であっても斜面下方(渓畔)では、このような植物-土壌の回復は確認されませんでした(図1c、図2c)。これまで渓畔の植生が数年で回復した事例が報告されてきましたが、本研究では、回復にはさらなる時間を要することがわかりました。渓畔は、水分量が多いため水が浸透しにくく、斜面上方からの土砂や水の流出の影響を受けるため、より侵食が進行しやすい環境です。このような場所では、長く裸地の状態が続いたことで侵食が進行し、集水域の尾根部や中腹部より植物-土壌の回復力が低下していると考えられました。
 
今後の展開
 現在、各地でシカの増加が報告されており、今後その影響は長期化していくことが予想されます。全国的にも先駆けてシカの増加を経験した地域のひとつである丹沢山地で行われた本研究は、水土保全機能や森林の再生を考えるうえで、長期的な視野の必要性を示唆するものとして今後の森林管理に寄与することが期待されます。

用語解説
注1)不嗜好性植物 シカが採食しない、あるいは採食したとしても他の植物よりも採食の頻度が少ない種。

図1 a)「排除区」の木本種が回復した林床では種類やバイオマスが大きくなる b)「対照区」の草本のままの林床状態、 c) 植生が回復しない渓畔の斜面の林床では土壌が露出している。
図2 a) b)シカの管理前後の木本種数の変化(同じ調査区画数あたりの種数を推定して、管理前後の差を比較したもの)と、c)とd)の図から木本の種類数が増加することで、土壌密度が低下することがわかる。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院
国際環境農学部門 教授
五味 高志(ごみ たかし)
TEL/FAX:042-367-5751
E-mail:gomit(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

東京農工大学大学院農学研究院
国際環境農学部門 産学官連携研究員
大平 充(おおひら みつる)
TEL/FAX:042-367-5751
E-mail:m_oohira82(ここに@を入れてください)yahoo.co.jp

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