〔2016年7月27日リリース〕イネの茎を強くし倒れにくくするゲノム領域を高精度に特定

イネの茎を強くし倒れにくくするゲノム領域を高精度に特定
~スーパー台風に負けないイネ品種の開発に道を開く~


東京農工大学大学院農学研究院生物生産科学部門大川泰一郎教授は、農研機構(農業・食品産業技術総合研究機構)次世代作物開発研究センター山本敏央ユニット長との共同研究で、倒伏に強い次世代のイネ品種を開発する目的で、ゲノムの一定領域のみが他方のゲノムに置き換わったイネ系統(染色体断片置換系統)を用いて、強稈性(茎が強く倒れにくい性質、”稈“はイネ科の茎)に関わる形質をコントロールするゲノム領域を高精度に特定することに成功しました。この成果により、今後、スーパー台風に負けないイネ品種の開発、我が国および東南アジアをはじめとする世界の食料生産の増加、安定化に貢献することが期待できます。本研究は、文部科学省科学研究費基盤研究(B)「台風に強いイネ品種開発のための強稈・多収遺伝子の集積効果とその発現機構の解明」 (15H04442)、および農林水産省「ゲノム情報を活用した農産物の次世代生産基盤技術の開発プロジェクト」(RBS-2003)の援助を受けて行われたものです。

本研究成果は、Scientific Reports(ロンドン時間7月28日午前10時:日本時間7月28日午後6時)に掲載されます。報道解禁日:7月28日午後6時(日本時間)

掲載誌:Scientific Reports
論文名:Precise estimation of genome regions controlling lodging resistance using a set of reciprocal chromosome segment substitution lines in rice
著者:T. Ookawa, R. Aoba, T. Yamamoto, T. Ueda, T. Takai, S. Fukuoka, T. Ando, S. Adachi, M. Matsuoka, T. Ebitani, Y. Kato, I.W.Mulsanti, M. Kishii, M. Reynolds, F. Piñera, T. Kotake, S. Kawasaki, T. Motobayashi and T. Hirasawa
掲載URL: http://www.nature.com/articles/srep30572

現状
イネは8~9月の登熟期を迎えると暴風雨などにより倒伏し、収量および品質の低下が大きな問題となります。最近では地球環境変動とともにゲリラ豪雨が多発し大型台風の発生数が増加し、倒伏被害が拡大しています。2015年には大規模なエルニーニョ現象が発生、我が国では台風15号、台風18号の影響でとくに九州、関東地方でイネの倒伏被害が大面積発生しました。2013年にフィリピン、今年台湾で大きな被害をもたらしたスーパー台風の上陸が東南アジアのみならず、将来はわが国でも多発すると予想されています。人口の増加、地球環境変動に対して、将来にわたり生産量を増加し生産を安定化するためには、スーパー台風に対する倒伏抵抗性を備えたイネ多収品種の開発が不可欠となっています。
20世紀の「緑の革命」における倒伏抵抗性の多収イネ品種の改良は、ジベレリン合成遺伝子に変異がある半矮性遺伝子sd1を利用した短稈化により成し遂げられてきました。この遺伝子の変異により化学肥料を多く与えても稈(茎)が伸びず、倒伏しにくくなりました。収穫指数、すなわち植物体全体のバイオマス生産量に占める穂の子実部分の割合を半分程度にまで高めることにより、単位土地面積当り収量を高めてきました。しかしながら、半矮性遺伝子は成長を抑制するため、バイオマス生産能力は小さく、多収品種の改良には限界があると考えられています。最近では、台風の超大型化によって半矮性の改良品種の倒伏が東南アジアなどで問題となっています。スーパー台風が頻発化する将来においては、多収品種の倒伏抵抗性の飛躍的な向上が不可欠となっています。

研究体制
本研究は、東京農工大学大学院農学研究院、農研機構次世代作物開発研究センターとの共同研究で実施しました。

研究成果
本研究では、コシヒカリなどの日本型の良食味品種やインド型の多収品種の倒伏抵抗性の改良を目的に、稈は細いが稈の外側にあり稈を丈夫にする皮層繊維組織の厚い特性をもつ日本型のコシヒカリと、逆に稈は太いが皮層繊維組織が薄くもろい特性をもつインド型のタカナリとを交配し、それぞれにコシヒカリあるいはタカナリを戻し交雑することによって遺伝背景がどちらかの親で、12本の染色体のある特定の領域だけがもう片方の親の断片が入り、約40系統で染色体全体をカバーする染色体断片置換系統(CSSLs)を用いて、強稈性を支配する重要形質を精度高く測定しゲノム領域を正逆で高精度に推定し、さらに候補領域の特定を行いました。
(1)稈が細いコシヒカリが遺伝背景の染色体断片置換系統(K-CSSLs)を用いて、稈が太いタカナリ型の断片が入ることによって稈が太くなる領域を第3, 5, 6染色体に、また逆に細くなる領域を第1, 2, 6, 11, 12染色体に推定しました。一方、稈が太いタカナリが遺伝背景の染色体断片置換系統(T-CSSLs)を用いて、コシヒカリ型の断片が入ることによって稈が細くなる領域を第5,6, 8染色体に、また太くなる領域を第1染色体に推定しました。これらのことから、第1,5, 6染色体に遺伝背景に関係なく正逆で共通して、稈の太さをコントロールするゲノム領域があることがわかりました(図1)。推定された第1染色体の領域内には半矮性遺伝子sd1が含まれ、第6染色体はタカナリと兄弟品種ハバタキのCSSLsの先行研究(OokawaらNature Communications, 2010)ですでに単離した稈の細胞増殖を高め太くするSCM2 (APO1)を含む領域と一致することを見出しました。
(2)第1染色体長腕で推定された領域を絞り込み、コシヒカリ遺伝背景でタカナリのsd1を含む68Kbpの小断片をもつ準同質遺伝子系統(NIL-sd1)とタカナリ遺伝背景でコシヒカリのSD1を含む68Kbpの小断片をもつNIL-SD1を育成し、稈の太さへの効果をそれぞれの親と比較した結果、NIL-sd1はコシヒカリに比べて稈外径が細くなるのに対して、NIL-SD1はタカナリより稈外径が太くなり、正逆でこの領域が稈の太さをコントロールすることがわかりました。このことから、緑の革命で知られる半矮性遺伝子sd1は稈を細くし強稈化には寄与しないが、一方で逆にSD1は稈を太くする強稈化に今後利用できる可能性が示唆されました。
(3)折れにくい稈質に関わる稈の皮層繊維組織の厚いコシヒカリが遺伝背景のK-CSSLsを用いて、皮層繊維組織が薄いタカナリ型の断片が入ることによってこの組織が薄くなる領域を第2, 9染色体に、逆に厚くなる領域を第7染色体に推定しました。一方、皮層繊維組織が薄いタカナリが遺伝背景のT-CSSLsを用いて、この組織が厚いコシヒカリ型の断片が入ることによってこの組織が厚くなる領域を第1, 2, 3, 7, 8, 9, 11染色体に推定しました。これらの結果から、第2, 9染色体に遺伝背景に関係なく正逆で共通して皮層繊維組織の厚さをコントロールするゲノム領域があることがわかりました(図2)。さらにタカナリ遺伝背景で置換系統を育成し、第2, 9染色体の皮層繊維組織を厚くし、細胞層数を多くする候補領域を3Mbp以内(イネゲノムの0.7%の領域)にそれぞれ絞り込むことに成功しました。

今後の展開
正逆染色体断片置換系統を用いて、本研究で遺伝背景に関係なく共通して特定された強稈性に関わる形質の候補領域をさらに絞り込み、原因遺伝子を同定することによって、効率的な倒伏抵抗性品種の開発が期待されます。今後、スーパー台風の被害が想定される我が国では、稈が細く倒伏しやすい日本型の食用品種の倒伏抵抗性の改良だけでなく、すでにスーパー台風の被害の大きい東南アジアなどで栽培され、稈は太いが折れやすい稈質をもつインド型の品種に適用することができ、我が国および東南アジアをはじめとする世界の食料生産の増加、安定化に貢献することが期待できます。イネで得られた研究成果は、同じく半矮性遺伝子を用いて品種改良が行われてきたコムギ、オオムギなど同じイネ科作物に適用することができ、世界の主要作物の強稈化による倒伏抵抗性の向上、収量増加および安定化に貢献することが期待できます。今後は、国内の試験研究機関と連携しコシヒカリなど良食味用品種の倒伏抵抗性を改良するとともに、海外の国際イネ研究所(IRRI)、国際トウモロコシ・コムギ研究センター(CIMMYT)など国際研究機関と連携し、世界のイネ、コムギ品種の倒伏抵抗性の改良を推進する予定です。

図1 正逆CSSLsを用いた稈の太さをコントロールするゲノム領域.
オレンジ色はコシヒカリのゲノム領域、水色はタカナリのゲノム領域を示す.

図2 正逆CSSLsを用いた稈の皮層繊維組織の厚さをコントロールするゲノム領域.

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院
生物生産科学部門 教授 大川 泰一郎(おおかわ たいいちろう)
TEL/FAX:042-367-5672
E-mail:ookawa(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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