効率的なCO₂地中貯留を目指して流れを化学の力で制御する!~二液体が一部だけ混ざり合う性質による流動界面の変形の抑制に成功~

効率的なCO₂地中貯留を目指して流れを化学の力で制御する!
~二液体が一部だけ混ざり合う性質による流動界面の変形の抑制に成功~

 東京農工大学大学院生物システム応用科学府生物機能システム科学専攻 2022年度前期博士課程修了の岩﨑かおりさん、同大学院工学研究院応用化学部門の長津雄一郎教授、大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻化学工学領域の伴貴彦講師、医療創生大学薬学部の飯島淳講師、インド工科大学ローパー校数学科のManoranjan Mishra教授、東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院の鈴木龍汰特任助教からなる国際共同研究チームは、2種類の液体が完全には混ざらない「部分混和性(※1)」を利用した流動実験において、流体力学的な不安定性(※2)(2種類の粘度の違いで引き起こされる2液体間の界面の変形)が抑制されることを世界で初めて発見しました。これは部分混和性に由来して生じる相分離の際に、液体の流れが自発的に発生するためであり、完全に混ざる「完全混和(※1)」やまったく(ほとんど)混ざらない「非混和(※1)」ではみられない現象です。本研究チームはその自発的な流れの方向を制御することで、2液体の間の不安定性(変形)の抑制に成功しました。
 地層からの石油回収プロセスや地層へのCO₂圧入プロセスでは、液化もしくは超臨界CO₂と水や石油は部分混和性になっていることがわかっており、本成果は、部分混和性を利用した当該プロセスの新たな制御法の創出へ寄与することが期待されます。また、本成果は化学熱力学と界面流体力学の領域横断的な共同研究で達成しました。

本研究成果は、英国王立化学会が発行するPhysical Chemistry Chemical Physics(電子版2023年4月19日付)に掲載されました。
掲載場所: https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2023/cp/d3cp00415e
論文名: Experimental demonstration on suppression of viscous fingering in a partially miscible system
著者:Kaori Iwasaki, Yuichiro Nagatsu, Takahiko Ban, Jun Iijima, Manoranajan Mishra, and Ryuta X. Suzuki

現状
 ある流体で満たされた多孔質媒質内(たくさん穴の空いたスポンジのような空間)に別の流体を注入し、置き換えるプロセスは、化学プロセスにおける反応や分離過程、また石油増進回収法やCO₂地中貯留の地中でのプロセスにおいて重要です。特に粘度の低い流体で粘度の高い流体を置換するとき、二流体の界面は流体力学的に不安定となり指状に変形して広がります。この現象はViscous fingering(VF)と呼ばれ、置換効率の低下を招くことから、流体力学の一問題として1950年代から研究されていますが、これまでは水・石油のように2つの液体が混ざらない“非混和系”か、水とはちみつのように2つの液体が完全に混ざる“完全混和系”での研究がほとんどでした。ところが近年、CO₂排出抑制対策と石油増産・油田延命との一挙両得の夢の技術と期待されている、CO₂を地中に圧入して同時に石油を回収するプロセスでは、その2つの液体どうしが部分的に混ざり合う“部分混和系”になりうることがわかり、部分混和系でのVF抑制の重要性が高まっています。
 本研究グループでは部分混和系VFを実験(2020年9月28日、東京農工大学プレスリリース「二液体が一部だけ混ざり合う性質による流動界面のトポロジカル変化を発見~粘度差に由来する界面流動の通説を覆す~」。また当該論文は、2020年度日本流体力学会 論文賞を受賞しました)、シミュレーション(2022年6月2日、東京農工大学プレスリリース「化学熱力学と界面流体力学の融合研究の理解を大きく前進~部分混和性により引き起こされる流動界面のトポロジカル変化を数値的に再現することに成功~」)ともに成功させましたが、部分混和系においてVFを抑制する知見は得られておらず、課題となっていました。

研究成果
 本研究チームはポリエチレングリコール(PEG)水溶液、硫酸ナトリウム水溶液からなる水性二相系(※3)を用いることにより、常温常圧で非混和および部分混和を調製しました(図1(a))。それから、多孔質媒質の二次元モデルであるヘレ・ショウセル内で、低粘性液体(硫酸ナトリウム水溶液)で高粘性液体(PEG水溶液)を置換する実験を行いました(図1(b))。このとき、PEGの濃度をいくつか変えることで、非混和系に対してより不安定なVFになり液滴を形成するパターン(既報:上記2020年9月28日プレスリリース)に加えて、VFが完全に抑制されるパターンが得られることを発見しました(図2)。
 このメカニズムを調べるために、先ほどとは逆にまず低粘性液体を満たし、その後で高粘性液体を一定量注入してから流体注入を停止させた静置流体界面を観察しました。その結果、VFが不安定化する条件では相分離が生み出す自発流れが硫酸ナトリウム水溶液からPEG水溶液の向きに生じ、VFを抑制できる条件ではその自発流れがPEG水溶液から硫酸ナトリウム水溶液の向きに生じること、加えて非混和系ではその自発流れが生じないことを明らかにしました(図3)。
 これらの実験結果を基に、フィンガーの先端の濃度勾配の方が根元の濃度勾配より大きく、それゆえ自発流れが大きくなるということを仮定すると、自発流れが硫酸ナトリウム水溶液からPEG水溶液の向きに生じるときVFが不安定化し、一方、自発流れがPEG水溶液から硫酸ナトリウム水溶液の向きに生じるときVFを抑制できることを説明できるというメカニズムを提示しました(図4)。

研究体制
 実験流体力学を得意とする東京農工大学大学院長津雄一郎教授、鈴木龍汰特任助教、長津研究室卒業生の岩﨑かおりさん、理論流体力学を得意とするインド工科大学ローパー校・Manoranjan Mishra教授(東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院特任教授兼任)、物理化学とりわけ化学熱力学を得意とする大阪大学・伴貴彦講師、無機化学・分光化学を専門とする医療創生大学・飯島淳講師の共同研究が、この部分混和系での界面不安定性の抑制の発見とそのメカニズムの解明を可能としました。本研究はJSTさきがけ「複雑な流動・輸送現象の解明・予測・制御に向けた新しい流体科学」領域(JPMJPR22O5:研究課題名「化学熱力学を融合した界面流体力学の創成」)、JSPS科研費(22K20402, 22K03900)、東京農工大学グローバルイノベーション研究院の田川義之チーム「動的界面力学国際研究拠点」の援助を受けて行われたものです。また本論文のオープンアクセス化について、東京農工大学・学長裁量経費による支援を受けました。

今後の展開
 1950年代から始まったVFの研究では、VFを抑制することが課題であり、これまでは様々な手法を用いてVFを抑制できることが、完全混和系・非混和系を用いた実験やシミュレーションによって報告されてきました。本研究では、部分混和系を用いてVFを抑制できることを実験的に示し、その鍵が相分離の際に発生する自発的な流れの“向き”であることを突き止めました。今後は、数値シミュレーションによる検討や、理論検討、さらなる実験研究を通して、様々な部分混和系の条件下でも流体力学的な不安定性を抑制可能かどうか検証していきます。
 また地層からの石油回収プロセスや地層へのCO₂圧入プロセスでは部分混和系になっていることが報告されており、本成果は、部分混和性を利用した当該プロセスの新たな制御法の創出へ寄与することが期待されます。

語句解説
※1 流体の混和性:二流体が相互に全く(ほとんど)溶解しない場合、すなわち溶解度ゼロの場合を非混和と呼ぶ。例えば、水と油は非混和といえる。一方、二流体が相互に溶解する場合、すなわち溶解度無限大の場合を完全混和と呼ぶ。例えば、水と水あめは完全混和である。これらに対し、二流体が有限の溶解度をもつ場合を部分混和と呼ぶ。例えば、常圧・25℃でアセトンとヘキサデカンを同じ体積で混合すると、体積割合でアセトン32%とヘキサデカン68%の混合溶液とアセトン73%とヘキサデカン27%の混合溶液の二相に相分離する。この場合、アセトンとヘキサデカンは有限の溶解度をもち、二流体は部分混和である。
※2 二流体界面の流体力学的安定・不安定:流体の界面で生じた微小な乱れが増幅し、それにより界面が変形する現象を流体力学的不安定という。一方、生じた微小な乱れが減衰してゆく場合、流体力学的安定という
※3 水性二相系:複数種類のポリマーや塩を高濃度で含む水溶液が自発的に二相に分離する系のこと。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院
特任助教  鈴木 龍汰
TEL/FAX:042-388-7656/042-388-7693
E-mail:rxsuzuki(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp

東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門
教授  長津 雄一郎
TEL/FAX:042-388-7656/042-388-7693
E-mail:nagatsu(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

大阪大学大学院基礎工学研究科
物質創成専攻 化学工学領域
講師  伴 貴彦
TEL/FAX:06-6850-6625
E-mail:ban.takahiko.es(ここに@を入れてください)osaka-u.ac.jp

医療創生大学 薬学部
講師  飯島 淳
TEL:0246-29-5111 (代表) (内線:695)
E-mail:iijima.jun(ここに@を入れてください)isu.ac.jp

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