イネの茎を強く倒れにくくする複数の遺伝子集積と品種改良に成功~気候変動に強い米の生産、食料安全保障に貢献~

イネの茎を強く倒れにくくする複数の遺伝子集積と品種改良に成功
~気候変動に強い米の生産、食料安全保障に貢献~

 東京農工大学大学院農学研究院生物生産科学部門 大川泰一郎教授らは、台風による倒伏に強いイネ品種を開発する目的で、DNAマーカー選抜によるゲノム育種(従来の育種にゲノム解読技術を組み合わせた高効率な品種改良法)により、強稈性(茎が強く倒れにくい性質、“稈”はイネ科の茎)に関わる4つの遺伝子を稈の弱いコシヒカリに集積し、コシヒカリの遺伝背景で稈が太く強くなる効果があることを確認し、コシヒカリの食味はそのままで稈の強い品種への改良に成功しました。この成果により、今後、スーパー台風に負けないイネ品種の開発、気候変動下における我が国の食料安全保障、およびアジアをはじめとする世界の食料生産の増加への貢献が期待できます。本研究は、文部科学省科学研究費基盤研究(B)「スーパー台風に強いイネの多収・強稈遺伝子集積の発現機構と最適組合せの解明」 (19H02940)、農林水産省「ゲノム情報を活用した農産物の次世代生産基盤技術の開発プロジェクト」(RBS-2003)およびJST 共創の場形成支援プログラム JPMJPF2104 の支援を受けて行われたものです。

本研究成果は、Scientific Reports誌に9月14日(日本時間)に掲載されました。
掲載誌:Scientific Reports
論文名:Pyramiding of multiple strong-culm genes originating from indica and tropical japonica to the temperate japonica rice
著者:T. Ookawa, T. Nomura, E. Kamahora, M. Jiang, Y. Ochiai, A. F. Samadi, T. Yamaguchi, S. Adachi, K. Katsura and T. Motobayashi
掲載URL: https://doi.org/10.1038/s41598-022-19768-3

現状
 イネは8月以降の登熟期を迎えると台風などによる暴風雨により倒伏し、収量および品質の低下が大きな問題となります。最近では気候変動により大型台風の発生頻度が増加し、倒伏被害が拡大しています。2019年には台風19号、台風21号の影響でとくに九州、関東地方でイネの倒伏被害が大面積発生しました。2022年には沖縄近海でスーパー台風にまで発達し、今後多発すると予想されています。人口増加、食料危機、気候変動に対して、将来にわたり生産量を増加し生産を安定化するためには、スーパー台風に対する倒伏抵抗性を備えたイネ品種への改良が不可欠となっています。
 日本で最も栽培されているコシヒカリは、稈が細く倒伏しやすく栽培の難しい品種であり、倒伏抵抗性の改良が課題となっています。これまで倒伏抵抗性の改良は、ジベレリン合成遺伝子に変異がある半矮性遺伝子sd1を利用した短稈化により成し遂げられてきました。この遺伝子の変異により化学肥料を多く与えても稈が伸びず、倒伏しにくくなりました。しかしながら最近では、台風の大型化によって半矮性の改良品種でも倒伏が発生し、倒伏被害が日本はじめ、東アジア、東南アジアなどで問題となっています。スーパー台風が頻発化する将来においては、イネの強稈化による倒伏抵抗性の飛躍的な向上が不可欠となっています。

研究体制
 本研究は、東京農工大学大学院農学研究院生物生産科学部門で実施しました。

研究成果
 本研究では、温帯ジャポニカ品種であるコシヒカリに、インディカ品種ハバタキや熱帯ジャポニカ品種中国117号など遺伝的に異なる品種のもつ有用な強稈の対立遺伝子を複数集積することにより,倒伏抵抗性を向上することができるか検討を行いました。これまでに、稈を太くする遺伝子として、ハバタキから第1染色体にSCM1、第6染色体にSCM2、中国117号から第3染色体にSCM3、第2染色体にSCM4を特定し,このうちSCM1の領域はGn1aを含むこと、SCM2の原因遺伝子はAPO1(OokawaらNature Communications 2010)、SCM3FC1(Yanoら Molecular Plant 2015)など茎頂分裂組織における稈や穂の形態形成に関わる遺伝子であることをすでに明らかにしています。集積の効果を検討するため、コシヒカリを遺伝背景として当該染色体領域をそれぞれドナーのハバタキ、中国117号に狭い断片で置換した単独のコシヒカリ準同質遺伝子系統(SCM1,SCM2,SCM3,SCM4)を計20回以上の交配と数千を超える個体からDNAマーカー選抜により効率的に作出し、これを用いて二集積系統(SCM1+2,SCM1+3,SCM1+4,SCM2+3,SCM2+4,SCM3+4)、三集積系統(SCM1+2+3,SCM1+2+4,SCM1+3+4,SCM2+3+4)および四集積系統(SCM1+2+3+4)のすべての組合せについて、約10年の年月をかけ、2~4集積を段階的に作出しました(図1)。これらの系統を用いて、本研究では、稈の太さ、曲がりにくさ、折れにくさへの集積効果、組合せによる相違とその要因を解析し、集積系統の中から新品種を育成しました。
(1)稈の曲がりにくさに寄与し太さに関わる断面2次モーメントは、強稈遺伝子SCMの集積数が多いほど増加し、集積効果が認められました(図2)。その結果、集積系統は稈が曲がりにくく折れにくくなり、圃場および人工台風試験による倒伏は小さくなりました。
(2)同品種由来の二集積系統では、ハバタキ由来のSCM1+2、異なる品種由来の二集積系統では、SCM1+3において稈が太くなり、高い集積効果が認められました。三集積系統では、SCM1+2+3、SCM1+2+4で稈が太くなる効果が大きいことがわかりました。さらに四集積系統では、全系統のうち最も稈が太くなり、高い集積効果がありました(図2、図3)。重回帰分析より、SCM1は稈を太くする効果が最も大きいことに加え、稈質を強くする皮層繊維組織を厚くする優れた遺伝子であることが明らかになりました。
(3)収量関連形質では、SCM1+2+3、SCM1+3+4、SCM1+2+3+4において、コシヒカリに比べ一穂籾数が有意に増加しました。一方で1㎡あたり穂数がやや減少したため、これらの集積系統はコシヒカリと同程度の収量となりました。またSCM1+3+4はコシヒカリに比べ米粒が大きくなりました。
(4)これらの系統の中で、稈が太く強くなり、穂数の減少が少なく、米粒が大きく、コシヒカリと同様に食味のよかったSCM1+3+4について品種出願を行い、2022年8月に「さくらプリンス」として農林水産省より品種登録されました(図4)。
 本研究より、日本のコシヒカリのような温帯ジャポニカのイネに、遺伝的に異なるインディカ品種、熱帯ジャポニカ品種のもつ優良な強稈遺伝子を複数集積し、最もプラスの効果のある組合せを選択することにより、倒伏抵抗性の新品種を育成できることが初めて明らかになりました。「さくらプリンス」とともに、ゲノム育種により強稈品種リーフスターとコシヒカリの交配より選抜した食用、酒米など多用途利用の強稈品種「さくら福姫」、多収品種や高バイオマス品種間で交配し選抜した飼料用、バイオ燃料、バイオマテリアル利用などわら、籾殻などのバイオマスを利用する極長稈品種「モンスター農工大1号」を同時に品種登録しました(図4)。

今後の展開
 今後、スーパー台風の被害が想定される日本では、稈が細く倒伏しやすい温帯ジャポニカ食用品種の倒伏抵抗性を改良するだけでなく、中国や韓国などの東アジアで栽培されている温帯ジャポニカ品種の改良にも適用することができ、温帯ジャポニカ品種の米を主食とする日本および東アジアの食料生産の増加、安定化に貢献することが期待できます。イネで得られた研究成果は、同じく半矮性遺伝子を用いて品種改良が行われてきたコムギなど同じイネ科作物に適用することができ、世界の主要作物の強稈化による倒伏抵抗性の向上、収量増加および安定化、食料安全保障に貢献することが期待できます。今後は、国内の試験研究機関の他、海外の国際研究機関とも連携し、世界のイネ、コムギ品種の倒伏抵抗性、多収性、バイオマス生産の改良を推進していきます。

図1 温帯ジャポニカイネ品種コシヒカリを遺伝背景とし、インディカ、熱帯ジャポニカ品種から染色体断片を狭い領域で置換した強稈遺伝子SCM1SCM4集積系統の育成.Chr.は染色体番号を表す。
図2 強稈遺伝子SCM1SCM4集積系統の稈基部節間横断面の断面二次モーメント。
*, **, ***はコシヒカリとの間に5%, 1%, 0.1%水準で有意差があることを示す。
括弧内の値はコシヒカリを100としたときの相対値。
図3 コシヒカリと強稈遺伝子四集積系統SCM-1+2+3+4の稈基部節間の比較。
図4 8月に品種登録された水稲新品種「さくらプリンス」、「さくら福姫」、「モンスター農工大1号」

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院
生物生産科学部門  教授 大川 泰一郎(おおかわ たいいちろう)
TEL/FAX:042-367-5672
E-mail:ookawa(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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