リグニンが植物を乾燥から守る

リグニンが植物を乾燥から守る

 ストックホルム大学生態環境生物科学部のEdouard Pesquet准教授(国立大学法人東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院・特任准教授)と東京農工大学大学院農学研究院生物システム科学部門の梶田真也教授らの研究グループは、植物の水分通導を担う道管を構成する管状要素細胞のリグニンを詳しく調べることで、乾燥した環境下において道管の過剰な崩壊の防止に役立つリグニンの分子構造があることを明らかにしました。この成果を利用して、今後、乾燥に強い植物が育種されることが期待されます。

本研究成果は、米国植物学会のPlant Cell誌のウェブサイトで先行公開(9月21日付)されました。
URL:https://academic.oup.com/plcell/advance-article/doi/10.1093/plcell/koac284/6709353

背景
 植物の体内には水分を運ぶために道管と呼ばれる管が通っています。道管は管状要素(TE)と呼ばれる細胞が連なることで、長い筒状の組織を形成しています。TEには様々な種類があり、細胞の外側を環状あるいは螺旋状の細胞壁が取り巻く原生木部細胞(PX)、網目状や孔の開いている細胞壁を持つ後生木部細胞(MX)、MXと同様の細胞壁パターンを持つものの細胞の直径が短く、植物の発達段階の後期に出現する二次木部の管状要素(SX)などが知られています。TEの細胞壁にはリグニン(注1)といわれる複雑な構造を持つ芳香族高分子が蓄積しており、水の輸送に必要な強度や耐水性を道管に与えています。細胞壁中のリグニンの蓄積量や分子構造は、TEの種類や発達段階、植物が置かれる環境により異なることが知られているものの、このような違いにどのような意味があるのかは、よく分っていません。

研究体制
 本研究は、ストックホルム大学生態環境生物科学部のEdouard Pesquet准教授(前ウメオ大学准教授、現東京農工大学グローバルイノベーション研究院・特任准教授)と東京農工大学大学院農学研究院生物システム科学部門の梶田真也教授らの研究グループによって行われました。

研究成果
 異なる形態のTEに蓄積する特徴的な構造のリグニンの役割を調べるため、リグニンを作るために存在する複数の遺伝子に変異を持つ9つのシロイヌナズナ変異株を材料にしました。これらの変異株では、変異した遺伝子の役割の違いに応じて、リグニンの量や分子構造が様々に変化します。通常、TEの細胞断面は大気圧や水圧を緩和するために円形をしていますが、個々の遺伝子の変異によりリグニンの量や構造が変化することで、TEの細胞壁の物理的強度が低下し、水分通導に伴う負圧に耐えられなくなるため、細胞断面が「いびつ」になります。ストローの片方を指で押さえ、もう片方を口で強く吸うと、ストローが内側に凹む現象と同じ原理です。研究グループでは、変異株のTE細胞の形状とリグニンの量や分子構造の変化の相関を解析することで、構造の異なるリグニンがTEの機能に果たす役割を明らかにすることに挑みました(図1)。実験の結果、PXやMX、SXなど異なるタイプのTEでは、細胞の変形とリグニン量や分子構造との間に特徴的な相関関係が認められました。例えば、PXではリグニン側鎖中にアルコールやアルデヒド構造が多くあると、リグニン含有量が高い場合と同様に細胞が変形しにくい傾向を示しました。MXでも細胞壁中の総リグニン量や側鎖末端のアルデヒド構造が増加すると細胞が変形しにくい傾向を示す一方で、シリンギル型の芳香核構造(注2)の増加は逆に変形を促進しました。SXはPXやMXに比較して特定の遺伝子に変異があっても変形しにくく、アルデヒド構造が少ない場合やリグニン中にベンズアルデヒド構造が多い場合に変形が顕著でした。
 リグニン中のアルデヒド構造の多寡が道管の変形と強く相関していることが分ったため、研究グループではアルコール構造の多いリグニンを作る野生株とアルデヒド構造の多いリグニンを作る変異株(図1のcad4xcad5)を、疑似的な乾燥条件の下で栽培して生育を観察しました。強い乾燥条件下では葉からの蒸散が促進されることで道管にかかる負圧が大きくなり、道管が変形します。この変形は根への灌水によって回復しますが、一部の道管は変形したまま水を通さなくなってしまいます。研究グループが行った実験の結果、アルデヒド構造が多いリグニンを持つ変異株は、野生株に比較して明らかに高い乾燥耐性を示しました(図2)。また、灌水により乾燥状態から回復させた個体の茎の横断面を顕微鏡下で調べたところ、変形している道管の割合は、野生株よりもアルデヒド構造が多いリグニンを持つ変異株で有意に少なくなっていました。つまり、アルデヒド構造が多いリグニンを含むことでTEの細胞壁の物性が変化し、乾燥状態で一旦変形した道管の形が、灌水時に正常な形状を回復しやすくなったことで水の通導がより改善され、乾燥耐性が増強されたと考えられます。

今後の展開
 今回の成果は、主にモデル植物として知られるシロイヌナズナを使って得られたものです。今後、穀物や野菜など、より実用的な植物へ応用することで、乾燥に強い品種が作り出されることが期待されます。

用語解説
注1)リグニン:植物の細胞壁の主要な構成成分であり、細胞壁を固く丈夫な構造に保つために働く高分子。   
注2)シリンギル型芳香核構造:リグニンの分子内に含まれる特徴的な構造で、ベンゼン環にヒドロキシ基1つと2つのメトキシル基を備えたもの。

図1 野生株(WT)と9つの変異株(4cl1からcad4xcad5まで)の茎の断面に観察される3種類のTE細胞(左端の写真で内側が塗つぶされた細胞)の外縁の形状を、真円度(circularity)として評価した。TE細胞の外縁が大きく変形しているほど、赤色や黄色で形が表示されている。

図2 通常条件(左列)と乾燥条件(右列)で育てたシロイヌナズナの様子。アルデヒド構造を多く含むリグニンを作る変異株では、乾燥処理後に通常条件へ戻した時に、成長がより早く回復する。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院
生物システム科学部門
梶田 真也(かじた しんや)
TEL/FAX:042-388-7391
E-mail:kajita@cc.tuat.ac.jp
   
ストックホルム大学
生態環境生物科学部
Edouard Pesquet(エドワ ピスケ)
E-mail:edouard.pesquet@su.se

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