茎が長く台風で倒れやすいと考えられていた日本固有のイネの中に茎を強くする新たなゲノム領域を特定

茎が長く台風で倒れやすいと考えられていた日本固有のイネの中に
茎を強くする新たなゲノム領域を特定

 東京農工大学大学院連合農学研究科生物生産科学専攻野村知宏氏(学振特別研究員DC2)、千装公樹氏、農学研究院生物生産科学部門大川泰一郎教授らの研究グループは、長年、茎が長く台風で倒れやすいと考えられていた日本固有のイネの中から、茎を太く強くする新たなゲノム領域の特定に成功しました。この成果により、特定されたゲノム領域を品種改良に利用することで、地球温暖化により今後上陸が予想されているスーパー台風が来ても倒れにくいイネ新品種の開発へとつながり、台風によって生産への被害が多発する我が国や東南アジア等での安定した米の生産に貢献することが期待できます。本研究はJSPS特別研究員奨励費JP20J13277の助成を受けたものです。

本研究成果は、Scientific Reports(8月4日付)に掲載されます。
報道解禁日:8月4日 午後6時00分(日本時間)
URL:http://www.nature.com/articles/s41598-021-95268-0

現状
 イネの穂が実る8〜9月の時期になると台風やゲリラ豪雨が多発することでイネが倒れてしまい(これを「倒伏」と呼びます)、米の品質や生産量が低下することが大きな問題となっています。また、近年では地球温暖化の影響により台風の勢力が増大しているために、イネの倒伏による生産現場への被害が拡大しています。日本では2019年の台風15号、台風19号、フィリピンでは2020年のスーパー台風の影響により、大きな倒伏被害を米の生産現場へもたらしました。近い将来、東南アジアに上陸しているスーパー台風のような極めて強い勢力の台風が日本に到来することも予想されており、安定した米の生産を行うためには、これらの台風にも耐えることができる倒伏しづらいイネの品種の開発が農業の喫緊の課題となっています。
 これまでの倒伏を防ぐための品種改良は、semidwarf 1という茎を短くする遺伝子を改良したいイネ品種のゲノムに人工交配を用いて組み込み、イネの重心を下げることによって成し遂げられてきました。一方で、茎が短くなるように品種改良されたイネにおいても倒伏は依然として発生しており、今後台風の強度が増大していくことが予想されることからも、現状の品種では倒伏を防ぐには十分とは言えません。また、茎の短くなった品種は茎の強度が減少することや、米の生産量に限界があるといったデメリットも指摘されています。そのため、今後は茎を短くする品種改良だけに頼るのではなく、茎の強度を高めることによって、スーパー台風が到来しても倒伏しない新品種を開発する必要があります。

研究体制
 東京農工大学大学院農学研究院、名古屋大学生物機能開発利用研究センターとの共同研究で実施しました。

研究成果
 本研究では、日本固有のイネ品種を含む計331品種のイネを用いて、日本固有のイネ品種が持つ茎の太さや強度等といった倒伏に関連する性質の特徴を明らかにし、茎の強度を高める有益なゲノム領域とその中に存在することが考えられる茎の強度を高める原因となる遺伝子の探索を行いました。

(1) 日本固有の品種と人工交配により育成されてきた近代品種に分けて、茎の太さや強度を比較した結果、一般的に日本固有の品種の方が茎が太くて強度が高いことに加えて、日本固有の品種の中には、細く弱いイネから極めて太く強いイネまで多種多様なイネが含まれていることが明らかになりました(図1)。また品種改良が行われていく中で、茎の長さは年月が進むにつれて短くなっていき倒伏しにくさが改良されてきた一方で、茎の太さと強度は徐々に減少していったことがわかりました。これらのことから、日本の倒伏を防ぐためのイネの品種改良は、茎を短くすることのみによって行われてきたことが示されました。

(2) 日本固有の品種の茎を太く強くするゲノム領域を明らかにするために、ゲノムワイド関連解析と呼ばれるゲノム上の品種間の違いと茎の太さや強度といった性質の関連を網羅的に解析する統計学的手法を用いて検討を行いました。その結果、特に第2染色体上の28.7〜29.3Mb(Megabase:100万塩基対)に茎を太くするゲノム領域が、第3染色体上の0.5〜0.9Mbに茎の強度を高めるゲノム領域が新たに特定されました。また、これら二つのゲノム領域を持つ品種は相加的に茎の太さが向上することが示されました。これらのことから、第3染色体上のゲノム領域は、茎の強度だけではなく茎の太さも高める多面的な効果を持つことがわかりました。さらに、これらのゲノム領域に存在する遺伝子の塩基配列について品種間における違いを解析した結果、茎の性質を変化させる原因となる遺伝子の候補が推定されました。

(3) 上記の茎の太さや強度にとって有益なゲノム領域を持つ品種の割合を日本固有の品種と近代品種との間で比較した結果、日本固有の品種は近代品種に比べてどちらのゲノム領域も優良な代替型の遺伝子型を持つ品種の割合が多いことが明らかになりました(図2)。先行研究により、一般的に茎の太い品種は穂が大きい代わりに茎の本数が少なく、茎の細い品種は穂が小さい代わりに茎の本数が多いという特徴を持っていることがわかっています。そのため、(1)からも日本の品種改良は、茎の本数を増やしていく中で、稈の太さや強度を高めるゲノム領域が受け継がれなかったことが推定されました。

 これらの結果をまとめると、これまで日本固有のイネは茎が長いために倒伏しやすいと考えられてきましたが、これらのイネの中に品種改良に利用されてこなかった茎の太さや強度を高める新たなゲノム領域が存在すること明らかになりました。

今後の展開
 本研究で特定されたゲノム領域の中から、茎を太くし強度を高める効果を持つ原因遺伝子を特定することによって、効率的に茎の強度を高め倒伏しにくい新品種の開発が期待されます。また特定されたゲノム領域はこれまでインディカ米を用いた研究で特定されていた領域とは異なり、東南アジア等で主食とされているインディカ米の品種改良に適応できる可能性があります。さらには、これらの領域や先行研究で明らかになっている領域を組み合わせることで、スーパー台風が到来しても倒れない新しいイネの開発に貢献することが期待できます。これにより、安定的なイネの生産が可能となり、我が国だけではなく東南アジアを含めた世界の食料安全保障に寄与することが見込まれます。また、これらのイネで得られた成果は、コムギやトウモロコシ等の他の作物に応用することも期待され、世界の主要作物の安定的な生産にも役に立つことが考えられます。
 今後は、国内の他の研究機関や、海外の国際稲研究所(IRRI)等との国際研究機関と連携していくことにより、作物の倒伏を防ぐための品種改良や栽培方法等についての研究をグローバルに推進していく予定です。

図1 倒伏抵抗性関連形質の頻度分布(写真は茎の断面図)
図2 第2染色体長腕と第3染色体短腕のゲノムのピークにおける遺伝子型の割合

◆研究に関する問い合わせ◆

東京農工大学大学院農学研究院
 生物生産科学部門  教授
 大川 泰一郎(おおかわ たいいちろう)
 TEL/FAX:042-367-5672
 E-mail:ookawa(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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