グラフェン上での化学反応を基軸とした新奇検出原理で電気的な超微量化学物質検出の実証に成功

グラフェン上での化学反応を基軸とした新奇検出原理で電気的な超微量化学物質検出の実証に成功

 国立大学法人東京農工大学大学院生物システム応用科学府食料エネルギーシステム科学専攻一貫制博士課程の坂本優莉、工学研究院先端物理工学部門の生田昂助教と前橋兼三教授は、グラフェン電界効果トランジスタ上で特定の分子間で起こる化学反応を再現することにより、悪臭原因物質としても知られるメタンチオールの極微量濃度での検出に成功しました。本手法は、ターゲット分子の捕捉原理に従来用いられている分子吸着ではなく、化学反応を利用した共有結合を用いている点で従来法と一線を画しており、電界効果トランジスタをベースとしたセンサ開発の新たな潮流を生み出す研究成果となっています。

図1 作製したグラフェンセンサの模式図:電極間に広がる二次元材料グラフェン上に修飾した分子が、紫外線照射下において、ターゲットであるメタンチオールと反応することでグラフェンの電子状態が変化する様子。

本研究成果は、ACS Applied Materials & Interfaces誌の掲載に先立ち9月8日にWEB上で掲載されました。
論文名:Electrical Detection of Molecular Transformations Associated with Chemical Reactions Using Graphene Devices
URL:https://doi.org/10.1021/acsami.1c09985

現状
 近年、安全な社会を実現するために、環境中の有害物質の検出やガンマーカー検出等の医療診断などを簡単に行うためのセンサ開発が盛んに行われています。その中でも炭素原子のみからなる二次元材料のグラフェンを用いた電界効果トランジスタ(FET)は、検出感度の高さから次世代のセンサ材料として注目を集めています。従来、グラフェンFETを用いたセンサでは、超分子(2021年8月6日本学プレスリリース)や抗原抗体反応等の分子吸着を利用したセンサの実証がなされてきました。しかしながら、これらの手法では、分子認識能力(分子捕捉能力)がターゲット分子とレセプター分子との間の分子間相互作用の大きさで決まってしまうため、極微量での分子検出は原理的に難しいという課題がありました。このような事情から、従来法では実現困難なレベルの極微量検出を行うためには、これまでの分子間相互作用を利用する分子検出法とは異なる原理で分子捕捉を行う手法の確立が必要でした。

研究体制
 本研究は、東京農工大学大学院生物システム応用科学府食料エネルギーシステム科学専攻一貫制博士課程の坂本優莉(日本学術振興会特別研究員DC2)、工学研究院先端物理工学部門の生田昂助教と前橋兼三教授によって実施されました。本研究は JSPS 科研費 特別研究員奨励費 (JP20J13214)、基盤研究B (JP20H02159)、挑戦的研究(萌芽)(JP19K21963)、立石科学技術振興財団研究助成(C)、および(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20185R02)の助成を受けて実施されました。

研究成果
 本研究では、従来法と異なる分子捕捉手法として化学反応をベースとした共有結合による分子捕捉に注目し、チオール-エン反応という化学反応を利用した分子検出の実証を行いました。これまでは分子間相互作用を利用して選択的なターゲットの捕捉を試みていたことがボトルネックとなり超微量濃度化学物質検出の実現は困難でした。今回、共有結合による分子捕捉に着目し、NAMを修飾したグラフェンFETセンサの作製に成功したことにより超微量濃度での検出とそのタイミングの制御を実現しました。化学気相成長法によるグラフェン製膜及び半導体微細化技術により検出部となるグラフェンFETの作製を行いました。また、チオール-エン反応を利用した分子検出を行うため、N-(9-Acridinyl)maleimide (NAM)をグラフェン上に修飾してセンサを作製しました(図1)。その後、室温において極微量のメタンチオールを含む窒素ガスを暴露することにより、センサのメタンチオールへの応答性を評価しました。その結果、作製したデバイスにおいて10 ppb(ppbは十億分の一)という極微量にもかかわらず、伝達特性のシフトが観察されました(図2左)。このシフトは紫外線照射下のみで起きていることが分かり、外場誘起によっておこるチオール-エン反応がグラフェン上で起きていると考えられます(図2右)。更にこの結果は、分子間相互作用を利用する分子吸着で捕捉する手法では困難であった検出タイミングを外場誘起の化学反応を利用して制御することが可能であるということを示しています。これは任意のタイミングでの計測が求められる実用的なセンサ応用への利点となります。そして、選択性確認のため他の有機分子を暴露した実験を行ったところ、メタンチオールに対し高い選択性を有していることが分かり、チオール-エン反応の高いターゲット特異性も再現することに成功しました。
これらのことから本研究では、グラフェン上における化学反応を利用することで極微量の有機化合物を高選択的に検出する手法の実証に成功しました。なお、本研究の成果は特許出願しています。(特願2019-112141〔特開2020-204522〕「官能基含有有機分子検出センサ、検出方法、有機分子検出アレイ及び有機分子スクリーニング方法」)

図2(左図)10 ppbのメタンチオールを導入し反応した前後でのグラフェンセンサの伝達特性変化。メタンチオールとNAMの反応によりグラフェン上の分子の状態が変化することを伝達特性の変化から読み取ることができることを示しています。(右図)伝達特性シフトの外場環境依存性。NAM修飾グラフェンセンサでは、窒素やメタンチオールを導入しただけではシフトが起きないですが、紫外線を照射することによりメタンチオールとNAMの反応が進み伝達特性のシフトが観察されました。

今後の展開
 本研究で得られた結果は、世の中で知られている数多くの化学反応にも展開できる可能性があり、これまで化学分野で発見されてきた有用な反応を利用することでセンサの更なる高感度化や特異性の向上の可能性を秘めています。また、反応分析の観点からは、グラフェンセンサを用いることにより化学反応のリアルタイムモニタリングも同様に可能ではないかと考えています。また、今回検出対象とした微量メタンチオールの測定は簡便な食料腐敗の検知につながり、安全な食料生産への貢献が期待できます。このような実生活における有害物質検出用センサなど、持続可能な社会の実現に重要となるセンサデバイスの開発を行っていきたいと考えています。

参考情報
◆2021年8月6日プレスリリース
金属錯体とグラフェンを用いたセンサにより極微量二酸化窒素の定量検出に成功

◆特許公開公報(特開2020-204522)
官能基含有有機分子検出センサ、検出方法、有機分子検出アレイ及び有機分子スクリーニング方法 


◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院
先端物理工学部門 助教
生田 昂(いくた たかし)
TEL/FAX:042-388-7221
E-mail:ikuta(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp

先端物理工学部門 教授
前橋 兼三(まえはし けんぞう)
TEL/FAX:042-388-7231
E-mail:maehashi(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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