生態系のバランスを通じて陸の健康サイクルを維持する共生の仕組みを発見

生態系のバランスを通じて陸の健康サイクルを維持する共生の仕組みを発見

 国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院生物生産科学部門 坂本卓磨特任助教、大学院農学府 新堰舜(修士課程修了生)、大学院生物システム応用科学府共同先進健康科学専攻 柿沼駿輔(博士課程生)、大学院農学研究院生物生産科学部門 天竺桂弘子教授とBIPROGY株式会社総合技術研究所Techデザイン室 石原英里室長の研究グループは、歴史的背景から、特定の草食動物で占められた地域において、その糞を摂食するオオセンチコガネの栄養代謝の仕組みを解析しました。その結果、オオセンチコガネの栄養代謝は、草食動物が摂取した植物種に依存する可能性があることがわかりました。本研究結果は、植物、草食動物、および糞分解者といった生物間相互作用の解明の一端に貢献するとともに、SDGs (Sustainable Development Goals) No.15の目標である、持続可能な陸の健康サイクルを維持するための方法構築にも役立つことが期待されます。

本研究成果は、BMC Genomics(11月12日付)に掲載されました。
論文タイトル:Nutritional and metabolic process of the dung beetle Phelotrupes auratus depends on the plant ingredients that the herbivores eat
URL:https://bmcgenomics.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12864-022-08982-y

現状
 コガネムシ上科に分類される甲虫目昆虫のうち、動物の糞や動植物の遺体などを食するグループを食糞群コガネムシと呼び、日本には150種以上が分布します。そのうちの1種、オオセンチコガネPhelotrupes auratus (Motschulsky 1857)は、北海道から九州まで広く分布する比較的大型の食糞性コガネムシです。体表には強い金属光沢があり、赤、緑、瑠璃色など、生息地域により体色が異なることが知られています(図1)。主に草食動物の糞を食べるオオセンチコガネは、草食動物が多く餌資源となる糞が豊富に供給される環境に生息しており、その生息地の一部においては、歴史的背景から特定の草食動物の糞に依存しています。本研究で着目した奈良公園の生息地では、平安時代から 1200 年以上もの間、神聖な動物として大切に守られてきたシカ(神鹿とも呼ばれます)の糞を、また都井岬(宮崎県)の生息地では、高鍋藩秋月家が江戸時代初期に軍馬の生産を目的として御崎牧場を開設してから今日まで、都井御崎牧組合によって大切に守られてきたウマ(国の天然記念物・御崎馬)の糞を専ら利用しています。奈良公園や都井岬には、比較的広い面積の短草型草原が存在し、これをシカやウマが食べています。オオセンチコガネは、シカやウマの糞を食べるだけでなく、繁殖のために糞を地中に運びます。この過程において、糞は地表面から取り除かれ、土地は適度に耕されます。地中に空気と栄養分が循環することで、植物が持続的に成長し、それがシカやウマの食物として利用されるサイクルが作られています。しかし、生態系におけるこれら生物の栄養代謝の関係については十分に研究されていませんでした。

研究体制
 本研究は東京農工大学および、BIPROGY株式会社総合技術研究所で実施されました。

研究成果
 本研究チームは、糞の由来が推定できる奈良公園と都井岬に生息するオオセンチコガネに着目し、草食動物との共生関係が及ぼす栄養代謝の仕組みをRNA-seq 1) により解析しました。その結果、オオセンチコガネにおいても、草食動物が摂取した植物成分の代謝に関与する酵素が発現上昇しており、オオセンチコガネの代謝が、草食動物が摂取した植物種に依存する可能性があることがわかりました。このことは、植物、草食動物、および糞分解者は、生態系のバランスを通じて陸の健康サイクルを維持しており、このバランスが崩れると、オオセンチコガネの生存にも影響を与える可能性があることを示唆しています(図2)。
 
今後の展開
 近年、人間の消費・経済活動が原因で、生物多様性が減少することが問題視されています。陸の健康サイクルを長期的に維持していくためには、そこに生息する生物間相互作用のバランスに配慮する必要があります。本研究チームが発見したオオセンチコガネの栄養代謝の仕組みは、植物、草食動物、および糞分解者の関係の解明に貢献し、糞分解者の栄養代謝に関わる酵素類を調べることで、陸の健康状態を把握できる可能性があります。これを利用すれば、持続可能な陸の健康サイクルを維持するための方法の構築に役立つことが期待されます。

用語解説
注1)RNA-seq:次世代シーケンサーを利用し、細胞の遺伝子発現を網羅的に定量する手法。

図1:奈良公園と都井岬のオオセンチコガネ
図2:陸の健康サイクル

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院
生物生産科学部門 教授
天竺桂 弘子(たぶのき ひろこ)
 TEL/FAX:042-367-5613
 メール:h_tabuno(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

◆報道に関する問い合わせ◆
東京農工大学 企画課広報係
 TEL:042-367-5895
 メール:koho2(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

関連リンク(別ウィンドウで開きます)

 

CONTACT