胸水を利用した犬の悪性中皮腫オルガノイドの作出に成功~上皮と非上皮の二刀流の性質をもつ中皮腫の正体解明の鍵となる可能性~

胸水を利用した犬の悪性中皮腫オルガノイドの作出に成功
~上皮と非上皮の二刀流の性質をもつ中皮腫の正体解明の鍵となる可能性~


 国立大学法人東京農工大学大学院農学府共同獣医学専攻の塩田(佐藤)よもぎ氏(博士課程三年)、同大学農学研究院のモハメド・エルバダウィー訪問研究員、佐々木一昭准教授、臼井達哉准教授らは、悪性中皮腫に罹患した犬の胸水サンプル中に含まれるがん細胞から三次元オルガノイド培養を行い、悪性中皮腫オルガノイドを作出することに成功しました。本成果は、治療が困難とされる犬の悪性中皮腫の薬剤スクリーニングや、上皮と非上皮の二刀流の性質をもつ中皮腫のメカニズム解明に向けた新たな実験モデルとしての活用が期待されます。

本研究成果は「Biomedicine & Pharmacotherapy」に2023年4月6日にオンライン掲載されました。
論文名:Establishment of an experimental model of canine malignant mesothelioma organoid culture using a three-dimensional culture method
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0753332223004390

現状
 悪性中皮腫は哺乳類の体腔や臓器の表面を覆う中皮細胞ががん化することにより生じ、多くの哺乳類が罹患することが知られていますが、化学療法の治療効果が乏しくその病態の大部分が謎に包まれています。その理由の一つに中皮細胞の持つ二面性が挙げられます。一般的に体を構成する細胞には、皮膚のように細胞同士が密着しシートを形成する上皮系の細胞と血球のように細胞同士がバラバラに存在する間葉系の細胞の二種類に大別されますが、中皮細胞はこれら両方の性質を持っていることが知られています。
 悪性中皮腫の最も特徴的な症状は、体腔内にがん細胞を含む多量の液体(胸水や腹水)が貯留することですが、ほかの多くのがんと異なり「がんの塊」を形成することがとても少なく、あっても非常に小さいため研究に利用することが困難でした。実用可能な実験モデルが少ないことが、悪性中皮腫の治療薬を開発する際の障壁となっています。
 本研究チームは、これまで生体内の上皮組織構造や遺伝子発現パターンなどが培養ディッシュ上で再現可能となる三次元オルガノイド培養法に注目し、様々な犬猫の上皮系がんでその有用性を示してきました(本学2022年5月23日プレスリリースなど)。そこで今回、難治性の希少がんである犬の悪性中皮腫に培養技術を応用し、罹患犬の胸水サンプルを用いて悪性中皮腫オルガノイドの作出に成功しました。さらにこのオルガノイドモデルを二次元培養した悪性中皮腫細胞と比較することで中皮腫の「二刀流」の特徴を捉えるための有用性を検証しました。

研究体制
 東京農工大学、山口大学、北里大学の共同研究として実施されました。

著者
塩田(佐藤)よもぎ₁、モハメド・エルバダウィー₁、鈴木和彦₁、恒富亮一₂、永野浩昭₂、石原勇介₁、山本晴₁、呰上大吾₁、打出毅₁、鍋田理恵₁、福島隆治₁、アミラ・アブゴマー₁、金田正弘₁、山脇英之₃、篠原祐太₁、臼井達哉₁、佐々木一昭₁
₁東京農工大学、₂山口大学、₃北里大学

研究成果
 悪性中皮腫と診断された犬から胸水サンプル中のがん細胞を採取し、三次元オルガノイド培養を試みました。適切な培養サプリメントの検討などを経て形成されたオルガノイドに対して、電子顕微鏡による微細構造の観察を行うことで、オルガノイドが元の中皮細胞特有の構造と悪性のがんの特徴を併せ持っていることが確認されました。さらに中皮腫マーカーの発現や薬剤感受性試験の実施、遺伝子解析について同じ胸水サンプルから培養した悪性中皮腫二次元細胞と比較・解析することで、中皮腫オルガノイドの有用性を検証しました(図1)。その結果、同じサンプル由来のオルガノイドと二次元細胞ではいずれも抗がん剤に対する感受性が乏しい点で類似していましたが、高濃度の薬剤に対してはオルガノイドの方がより抵抗性を示す傾向が示されました。さらに、中皮腫マーカーの発現パターンにも違いが見られ、興味深いことにオルガノイドでは細胞同士の接着分子、とくにEカドヘリンの発現が顕著に増加していることが分かりました。このことからオルガノイド培養を行うことで、細胞同士が接着する上皮様の性質を高く維持した構造を再現することが可能であることが示されました(図2)。

今後の展望
 本研究チームが作出した犬悪性中皮腫オルガノイドのさらなる機能解析を進めることで、難治性の悪性中皮腫の新たな治療法開発に役立つことが期待されます。また、将来的にはヒト悪性中皮腫の自然発症モデルとしても利用可能となると考えています。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院 動物生命科学部門 准教授
臼井 達哉(うすい たつや)
TEL:042-367-5770
E-mail: fu7085(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp
ウェブサイトhttp://vet-pharmacol.com/

関連リンク(別ウィンドウで開きます)

 

CONTACT