腸内細菌は食用油に含まれる多価不飽和脂肪酸を代謝することにより宿主の肥満を防ぐことを解明

腸内細菌は食用油に含まれる多価不飽和脂肪酸を代謝することにより宿主の肥満を防ぐことを解明 

 

 国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院応用生命化学部門の教授 木村郁夫らの研究グループは、腸内細菌が代謝により食用油中の多価不飽和脂肪酸(注1)を10-hydroxy-cis-12-octadecenoic acid (HYA)をはじめとする新たな脂肪酸に変換することで、宿主のエネルギー代謝調節に関与し、食事によって誘導される肥満を改善することを明らかにしました。腸内環境を制御する食習慣や腸内細菌の代謝産物は、代謝性疾患に対する治療法確立に向けて、今後本成果の応用が期待されます。

本研究成果は、Nature Communications(9月5日付)に掲載されます。
報道解禁日:9月5日 18時00分(日本時間)
論文タイトル:Gut microbiota confers host resistance to obesity by metabolizing dietary polyunsaturated fatty acids(腸内細菌は食由来多価不飽和脂肪酸を代謝することで宿主の肥満抵抗性に寄与する)
DOI:10.1038/s41467-019-11978-0
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-019-11978-0  


現状
 腸内細菌は代謝により食事の影響を制御しており、この制御が宿主の代謝性疾患などの発症率に関与しています。近年の欧米食の普及に伴い、食用油として用いられる植物性脂肪の大豆油や菜種油に多く含まれるリノール酸のようなオメガ6系多価不飽和脂肪酸の摂取量は増加する一方で、えごま油やシソ油などに多く含まれるαリノレン酸のようなオメガ3系多価不飽和脂肪酸の摂取量は減少し続けています。また、オメガ6系/オメガ3系脂肪酸(注2)バランスの破綻は、代謝性疾患の発症率や有病率と正の相関を示すことも明らかにされています(図)。特に、欧米食のような高脂肪食は代謝性疾患発症の危険因子であると同時に、我々と共生関係にある腸内細菌叢の構成をも変化させることが知られています。近年の腸内細菌研究の発展に伴い、食事中の多価不飽和脂肪酸が腸内細菌によって代謝される経路が同定されましたが、その代謝経路から生じる新たな脂肪酸が宿主の生体恒常性の維持に及ぼす影響は不明なままでした。


研究体制
 本研究は、東京農工大学の宮本潤基特任助教(大学院農学研究院)、木村郁夫教授(大学院農学研究院/グローバルイノベーション研究院)らの研究グループと、慶應義塾大学、京都大学、千葉大学、熊本大学、静岡県立大学、カナダ トロント大学との共同研究により実施されました。


研究成果
 木村教授らは、腸内細菌が食事中に含まれる多価不飽和脂肪酸の代謝を制御することで、高脂肪食により誘導される宿主の肥満発症に関与することを見出しました。通常食の摂取マウスと高脂肪食の摂取マウスについて、腸内細菌叢の解析と多価不飽和脂肪酸の腸内細菌代謝物群の定量解析を行った結果、高脂肪食の摂取マウスの盲腸内において、乳酸菌の顕著な減少と、リノール酸の腸内細菌初期代謝産物であるHYAを含む数種の腸内細菌代謝脂肪酸の劇的な減少が確認できました。また、オメガ6系多価不飽和脂肪酸であるリノール酸を高脂肪食に補充したマウスでは、アラキドン酸カスケード(注3)を介した脂肪組織炎症が観察されたのに対し、HYAを補充したマウスでは、リノール酸を補充した場合に観察された脂肪組織炎症を誘発することなく、高脂肪食による肥満の症状を改善しました。
 加えて、腸内でのHYA濃度を通常食摂取時と同程度になるように高脂肪食中にHYAを補充したマウスは、肥満による耐糖能異常(注4)に対して、腸管ホルモンGLP-1(注5)分泌亢進を伴った改善作用が確認できました。一方で、長鎖脂肪酸(注6)受容体であるGPR40/FFAR1やGPR120/FFAR4の遺伝子欠損マウスでは、これらの代謝機能改善に関わる効果が消失しました。
 さらに、腸内細菌の一種でHYA産生能を有する乳酸菌を定着させたマウスにおいても、同様の代謝機能の改善作用が観察されました。


今後の展開
 本研究により、食事中に含まれる多価不飽和脂肪酸を腸内細菌が代謝することで、食事により誘導される宿主の肥満を改善する可能性が明らかになりました。近年の食の欧米化に伴う肥満症の患者増加は社会的な問題となっており、その治療法・予防法の確立は急務です。腸内環境を制御する食習慣や腸内細菌の代謝産物が、代謝性疾患に対する新たな治療法につながるとして、今後本成果の応用が期待されます。
 また、近年の腸内細菌研究の発展に伴い、腸内環境の制御が宿主の生体恒常性の維持と密接に関与することが明らかにされています。本研究は、食–腸内環境–宿主の相互連関が、宿主のエネルギー代謝を正常に維持する可能性を示しており、我々の日常生活におけるQOLの向上に活かすことが期待されます。

食の欧米化によるオメガ6系/オメガ3系脂肪酸バランスの破綻は、代謝性疾患の発症に寄与する。腸内細菌が食事中の多価不飽和脂肪酸を代謝することで、食事により誘導される宿主の肥満に対し抵抗性を示す。

(注1)多価不飽和脂肪酸:不飽和結合を2つ以上持つ不飽和脂肪酸。
(注2)オメガ6系/オメガ3系脂肪酸:不飽和脂肪酸の分類方法の一つ。脂肪酸のメチル基末端から数えて、6番目に不飽和結合を有する脂肪酸をオメガ6系脂肪酸、3番目に不飽和結合を有する脂肪酸をオメガ3系脂肪酸として分類される。
(注3)アラキドン酸カスケード:アラキドン酸を原料として生体内で主に炎症性の脂質メディエーターを合成する代謝経路。
(注4)耐糖能異常:インスリンの分泌量低下や機能低下により血中のグルコース濃度が増加した状態のこと。
(注5)腸管ホルモンGLP-1:腸管ホルモンの一種で、摂食調節やインスリン分泌の促進に関与する。
(注6)長鎖脂肪酸:脂肪酸の炭素数が12以上の脂肪酸。


本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「微生物叢と宿主の相互作用・共生の理解と、それに基づく疾患発症のメカニズム解明」(研究開発総括:笹川千尋)における研究開発課題「腸内代謝物に基づく宿主エネルギー恒常性維持への腸内細菌叢関与の解明と生活習慣病予防・治療基盤の確立」(研究開発代表者:木村郁夫)の一環で行われました。


◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院
応用生命化学部門 教授
木村 郁夫(きむら いくお)
TEL/FAX:042-367-5748
E-mail:ikimura@cc.tuat.ac.jp
http://web.tuat.ac.jp/~kimura/

◆事業に関する問い合わせ◆
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
基盤研究事業部 研究企画課
TEL:03-6870-2224 FAX:03-6870-2243
E-mail:kenkyuk-ask@amed.go.jp

関連リンク(別ウィンドウで開きます)

 

CONTACT