接着能が失われた細胞の接着因子を呼び起こす〜新たな三次元培養技術として期待〜

接着能が失われた細胞の接着因子を呼び起こす
新たな三次元培養技術として期待

 国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門の寺正行准教授と大阪大学大学院工学研究科附属フューチャーイノベーションセンター若手卓越教員の松﨑賢寿助教は、水溶性ダブルクリック試薬を用いて細胞表面と低分子、ガラス表面、他の細胞同士を瞬時に共有結合で連結する方法を開発しました。これにより、浮遊性細胞を接着性細胞へと性質変化させることに成功しました。今後、難接着性細胞の三次元培養技術や、あらゆる基材表面へ生細胞を固定化する技術として期待されます。

本研究成果は、アメリカ化学会Bioconjugate Chemistry誌(2月10日付)に掲載されるとともに、同誌のフロントカバーに採用されました。
論文名:Ion-Pair-Enhanced Double-Click Driven Cell Adhesion and Altered Expression of Related Genes
著者名:Kohei Kitagawa, Nao Okuma, Moeka Yoshinaga, Hitoshi Takemae, Fumiya Sato, Shoma Sato, Seiichiro Nakabayashi, Hiroshi Y. Yoshikawa, Masami Suganuma, Nathan Luedtke, Takahisa Matsuzaki, Masayuki Tera
URL:https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acs.bioconjchem.2c00569

本論文のWS-CODYを用いた細胞凝集体作製に関する特許(出願済)
「複合体、複合体の製造方法及び化合物」 出願人:国立大学法人東京農工大学

現状
 創薬における候補薬剤の探索研究において、動物実験の代替は重要な課題であり、生体モデルとして三次元培養した細胞を用いた薬剤スクリーニング技術が求められています。再生医療分野でも、分化した細胞を人工的に組織形成させるため、細胞の三次元形成技術が広く研究されています。これまで、培養細胞の基材への接着、あるいは三次元的な凝集体の作製は、細胞自身が備える接着タンパク質に依存していました。したがって、接着タンパク質の発現が少なく、通常培養条件では浮遊しているような細胞を任意に接着、凝集させることは技術的に困難でした。

研究体制
 本研究は、東京農工大学大学院工学府大学院生の北川浩平、吉永萌華、東京農工大学工学部学生の佐藤史也、埼玉大学大学院大学院生の大熊菜穂、佐藤奨真、東京農工大学農学部附属感染症未来疫学研究センターの竹前等特任講師、埼玉大学の菅沼雅美教授、中林誠一郎教授、McGill UniversityのNathan Luedtke教授、大阪大学大学院工学研究科の吉川洋史教授、大阪大学大学院工学研究科附属フューチャーイノベーションセンター若手卓越教員の松﨑賢寿助教、東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門の寺正行准教授らによって実施されました。本研究は稲盛財団、徳山科学技術振興財団、旭硝子財団、JSPS科研費新学術領域研究ケモユビキチン公募研究JP21H00275、日本医療研究開発機構JP20wm0325016、JST FOREST JPMJFR205Nを受けて実施されました。

研究成果
 8員環構造中に三重結合を持つ歪みアルキンは、アジド基(窒素原子が3つ連なった官能基)と混ぜるだけで、共有結合を生成します。これをクリック反応と言います。寺研究室では、8員環構造中に2つの三重結合を有し、かつ水溶性を高めたダブルクリック試薬(WS-CODY)を開発しています。したがってWS-CODYは2つのアジド基を連結することができます。本研究では、WS-CODYをもちいて表面をアジド修飾した浮遊性細胞、およびガラス基材をクリック反応で共有結合を生成させることに成功しました。細胞-ガラス基材間をWS-CODYで接着させたところ、細胞の接着斑が経時的に変化すると同時に、細胞-基材接着タンパク質の一種であるインテグリンの遺伝子発現が増加することがわかりました。一方、WS-CODYを用いた細胞-細胞接着による凝集体形成では、得られた凝集体は細胞-細胞間接着タンパク質のアンカータンパク質であるカテニンの遺伝子発現が上昇しました。WS-CODYによる細胞接着は15-30分のうちに細胞-基材、細胞-細胞を架橋することができ、さらに細胞を浮遊性から接着性へと性質変換させることが示唆されました。
 
今後の展開
 本研究成果から、WS-CODYによって浮遊性の培養細胞も迅速に三次元構造を形成できることがわかりました。これにより、細胞接着因子に依存せずに、細胞三次元構造の作製が可能になり、様々な細胞種へ本技術を適用することができます。今後、薬剤探索や再生医療に貢献する新しい三次元培養技術として広く応用されることが期待されます。


クリック反応:2022年のノーベル化学賞の受賞対象となった連結反応です。生体内には存在しないアジド基と8員環の中に閉じ込められた三重結合(歪みアルキン)は、水中で室温〜体温といった温和な環境下で混ぜるだけで共有結合を生成します。マウスボタンをクリックするかのように簡単に化学結合がつくれることからクリック反応と呼ばれています。

図1:(a) 当研究室で開発されたWS-CODYを用いたクリック反応による細胞-細胞間の共有結合生成. 細胞表面の負電荷に親和性を持つ正電荷のWS-CODYを用いることで連結効率が大幅に向上する. (b) WS-CODY処理後15分(Day 0)および24時間(Day 1)の細胞接着部位(赤色)を反射干渉法と呼ばれる顕微鏡観察で可視化した. 浮遊性の細胞がガラスに接着し、さらに接着斑のパターンが経時的に変化している.(c) WS-CODY処理後30分で得られた細胞凝集体. 生細胞染色により、細胞が生存していることがわかる(右). WS-CODY未処理では細胞は凝集しない(左).

参考情報
東京農工大学 新技術説明会「化学的細胞接着法」(主催:科学技術振興機構、東京農工大学)
https://shingi.jst.go.jp/list/list_2022/2022_tuat.html#20220920P-004
(本成果の特許について詳しく説明しています)

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院
生命機能科学部門 准教授
 寺 正行(てら まさゆき)
 TEL/FAX:042-388-7359
 E-mail:tera(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp

大阪大学大学院工学研究科附属フューチャーイノベーションセンター若手卓越教員
大阪大学大学院工学研究科物理学系専攻応用物理学コース 助教(兼任)
 松﨑 賢寿(まつざき たかひさ)
 TEL:06-6879-7838
 E-mail:matsuzaki(ここに@を入れてください)ap.eng.osaka-u

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