シカとカモシカの生息地利用と活動パターンの重複~直接的干渉よりも資源のとりあいによる競争?~

シカとカモシカの生息地利用と活動パターンの重複
~直接的干渉よりも資源のとりあいによる競争?~

ポイント

  • 富士山の森林限界周辺でシカとカモシカの生息地利用と活動パターンを調べました。
  • シカとカモシカはともに食物の豊富な林縁を好み、その生息地利用は90%以上も重複していました。
  • 植生と地形が単調な富士山森林限界周辺では2種の資源利用が重複しやすいことが示唆されました。
  • シカとカモシカはともに、どちらか一方の種がよく利用する場所を好み、活動時間帯も80%以上が重複していました。
  • シカとカモシカは空間的にも時間的にもお互いを避けあうことがなかったことから、直接的な干渉よりも資源のとりあいを通じて競争が生じている可能性が示唆されました。

本研究成果は、本研究成果はカナダの動物学雑誌「Canadian Journal of Zoology(略称:Can J Zool)」オンライン版に掲載(6月9日付)されました。
論文名:Overlap in habitat use and activity patterns between sika deer (Cervus nippon) and Japanese serows (Capricornis crispus) in subalpine habitats: exploitative competition rather than direct interference?
著者名:Hayato Takada*, Keita Nakamura
URL:https://cdnsciencepub.com/doi/10.1139/cjz-2023-0013

概要
 国立大学法人東京農工大学農学部附属野生動物管理教育研究センターの髙田隼人特任准教授と山梨県富士山科学研究所研究部自然環境・共生研究科 中村圭太研究員らの共同研究チームは山梨県富士山麓の森林限界(注1)周辺においてニホンジカ(以下、シカ)とニホンカモシカ(以下、カモシカ)を対象に自動撮影カメラ(注2)を用いた調査を実施し、2種の生息地利用と活動パターンを明かにしました。具体的には、シカとカモシカはともに広葉樹や広葉草本などの食物が豊富な林縁(注3)を好み、2種の生息地利用は90%以上も重複していました。富士山森林限界周辺は植物の多様性が低く、起伏の少ない単調な地形であるため、2種の生息地利用が重複しやすかったと考えられました。また、シカとカモシカはともに、どちらか一方の種がよく利用する場所を好んで利用し、2種の活動時間帯も80%以上が重複していました。つまり、シカとカモシカは時空間的にお互いを避けあうことがなかったことから、直接的な干渉(注4)は起きていないことが示唆されました。近年起きているシカの高標高域への侵入は、直接的な干渉よりも資源の消費を通じた競争によりカモシカを減少させている可能性が示唆されました。


研究背景
 複数の動物種の間で、どのように競争が起きるかを理解することは生態学の主要な課題の一つです。競争にはある種の食物や生息地などの利用が他種の取り分を減少させることにより生じる「消費型競争」と、他種による直接的な攻撃や採餌場所の占有などにより生じる「干渉型競争」の二つがあります。消費型競争は種間で食物や生息地などの資源利用が重複する場合に生じやすく、干渉型競争は資源利用の重複がなくとも起こりえます。また、干渉型競争が起きると、劣位種は優位種が頻繁に利用する場所や活動時間帯を避けて活動するようになることが知られています。
 シカとカモシカはともに日本在来の有蹄類(注5)で、日本の様々な地域で同所的に生息しています。ちなみに、カモシカは「シカ」と名前に入っていますが、シカよりウシやヤギに近い動物です。2種は食物の好みの違いや捕食者を回避する行動の違いを反映して、よく利用する植生や地形が異なることが知られており(シカはササ群落や平坦地を、カモシカは低木群落や急傾斜地を好む)、これにより消費型競争を回避していると考えられています。
ただし、近年では、シカの増加に伴うカモシカの減少が亜高山帯や高山帯などの高標高域で報告されており、こうした環境で消費型競争が起きている可能性があります。最近の研究では、富士山の森林限界周辺でシカとカモシカの食物が大きく重複していることが分かってきました(2023年4月11日 本学プレスリリース)。こうした高標高域は植生や地形が単調であるため、2種の生息地利用も重複している可能性がありますが、このことは調べられていません。一方、干渉型競争によるシカの増加とカモシカの減少が起きている可能性もあり、カモシカがシカのよく利用する場所や時間帯を避けているかもしれませんが、このこともこれまでに調べられていません。そこで、本研究は山梨県富士山麓の森林限界周辺において、自動撮影カメラを用いて生息地利用と活動パターンの調査を実施し2種の種間関係を検討しました。

研究成果
 2019年5月から2022年5月の37カ月間に、富士山の標高2110mから2550mに位置する森林限界周辺6.2㎢の調査地内の38カ所に自動撮影カメラを設置し、シカとカモシカの撮影回数と撮影時刻を記録しました。調査地では11月から5月初旬にかけて、最大2mを超える積雪があり、厳冬期には気温が-20℃以下で強烈な偏西風が吹き荒れます。そのため、カメラは積雪のない時期には地上から約70㎝の高さに設置し、10月には積雪を避けるため2m前後の高さに設置しなおし、5月には元の高さに戻すという作業を繰り返しました。それでもいくつかのカメラは雪崩に巻き込まれ、積雪に埋まってしまうことがありましたが、その都度カメラを設置しなおし、データを取り続けました。同時に自動撮影カメラの設置地点の環境(林縁までの距離、斜度、道路までの距離、森林タイプなど)を記録し、どのような環境で2種が頻繁に撮影されるかを解析しました。調査期間全体で、シカとカモシカがそれぞれ合計3706回と671回撮影されました。シカとカモシカはともに林縁の近くを好んで利用する傾向にあり、利用する場所の地形や道路からの距離などに顕著な違いはみられませんでした。その結果、2種の生息地利用は90%以上が重複していました。富士山森林限界周辺は植物の多様性が低く、起伏の少ない単調な地形であるため、2種の生息地利用が重複しやすかったと考えられました。また、2種の生息地利用の重複は消費型競争が生じやすいことを意味しています。
 一方、2種が互いに相手のよく利用する場所を避けるかどうかを解析したところ、2種はともに相手の種がよく利用する場所を好んで利用していることがわかりました。また、2種の活動パターンを解析した結果、80%以上が重複していることが分かりました。これらのことはシカとカモシカが空間的にも時間的にもお互いを避けあうことがないことを示しており、干渉型競争は起きていないと考えられました。

今後の展開
 本研究は高標高域におけるシカとカモシカの生息地をめぐる種間関係を明らかにし、植物や地形の多様性が低い環境では種間競争が起きやすいことを初めて示しました。さらに、2種が時空間的にお互い避けあうことがないことを明らかにし、干渉型競争よりも消費型競争が生じている可能性が高いことを示しました。実際、富士山ではカモシカが2017年から2021年にかけて減少しており、シカが消費型競争を通じてカモシカを排除していると考えられます。富士山高標高域に生息するカモシカは一般的な森林に生息するカモシカと異なる独特な行動特性を持つことが知られ(2023年3月29日 本学プレスリリース)、その希少性から保全価値が高いといえます。さらに、富士山のカモシカは分布域が限られているため、このまま減少が続くと地域絶滅の可能性が懸念されます。また、全国各地の高標高域におけるカモシカの減少は富士山と同様にシカとの消費型競争の結果である可能性が考えられます。カモシカを含めた高山生態系を保全していくためには、高標高域に進出したシカ個体群をカモシカと消費型競争が起こらない程度の密度に管理していくことが求められます。今後はカモシカの生息状況のモニタリングを続けると同時に、高山帯に進出したシカの行動生態を明らかにし、2種の保全と管理に資する情報をさらに集めていきます。
 なお、本研究は山梨県富士山科学研究所の研究費の一部を使用して実施したものです。

用語解説
注1)高木の生育する森林と高木の生育できない高山帯との境界線のこと。
注2)動物の熱を感知し自動で撮影するカメラのこと。
注3)森林の縁のこと。森林内部に比べて光がよく差し込むので、多くの植物が生育する。
注4)動物種間の物理的な攻撃のこと。
注5)蹄を持つ動物群のこと。偶蹄目(牛や羊)と奇蹄目(馬やサイ)が含まれる。

図1:富士山森林限界周辺のカメラ設置地点(緑点)とニホンジカ(A)とニホンカモシカ(B)。黒線は登山道、水色は高山帯を意味する。
図2:富士山の森林限界周辺におけるニホンジカとニホンカモシカの活動パターンの季節変化。実線がニホンカモシカ、点線がニホンジカの活動パターンを示す(冬季は季節移動のためニホンジカは不在)。線が上に位置する時間帯ほど活動している可能性が高く、下に位置する時間帯ほど可能性が低い。薄灰色部分はニホンジカとニホンカモシカの活動時間帯の重複部分を意味する。
図3:厳冬期の富士山森林限界の景観(2020年1月撮影)。気温-18℃、平均風速20m、林縁の植物のほとんどが氷雪の下に埋まる。シカは厳しい環境条件を避けて季節移動をおこなうが、カモシカは森林限界の厳しい冬を生き抜く。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学農学部附属野生動物管理教育研究センター
特任准教授 髙田 隼人(たかだ はやと)
TEL:042-367-5826
E-mail:takadah(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp

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