右手系と左手系を照らし出す左右の回転を自在に操るレーザー光の制御機構を開発

右手系と左手系を照らし出す左右の回転を自在に操るレーザー光の制御機構を開発

 国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院の三沢和彦教授、伊藤宙陛特任助教と、台湾国立交通大学電子物理系の羅志偉教授、魏浩耕氏の国際共同研究グループは、分子や電子の回転を含む複雑な動きに合わせテラヘルツ周波数で振動させるポンプレーザーパルスと、その後の振動変化の様子を観察するためのプローブレーザーパルスの制御機構を開発しました。これら2つのレーザーパルスを独立して高い自由度で制御することは、電子に対して左右の回転の情報量を追加し高速通信に生かす試みや、生体関連分子の右手系、左手系の構造を制御し生体医用に活用する等、幅広い魅力的な応用に対し実行可能な手法を提案します。

本研究成果は、アメリカ光学会(Optical Society of America)刊行の論文誌『Optics Letters』に2020年12月9日に公開されました。
論文名:Generation and manipulation of polarization twisting dual-pulse with a high degree of freedom
著者名:Hao-Keng Wei, Hironori Ito, Kazuhiko Misawa, Chih-Wei Luo
URL:https://www.osapublishing.org/ol/abstract.cfm?uri=ol-45-24-6663
DOI:10.1364/OL.409672

現状
 レーザー光を数10 フェムト秒(千兆分の一秒)内に圧縮したレーザーパルスを物質に照射すると、その内部に含まれる分子や電子を一斉に振動させることができます。そして同一の箇所に遅れて後発のレーザーパルスを照射すると、ターゲットとなる分子や電子に特有な振動の情報を拾い上げることができ、物質やその状態を特定できます。この現象は主に可視光-近赤外領域(フェムト秒の周期)において活用されていますが、大多数の生体関連分子、また導体中の電子は可視光よりもはるかに遅いテラヘルツ周波数領域(およそ可視光の千分の一の周波数)において特有の振動を示します。そのため生体医用や高速光通信等幅広い応用の観点から、レーザーパルスによる振動制御はテラヘルツ周波数領域に適応した技術が求められています。当研究グループにおいては、電子の置かれている環境に合わせ、レーザーパルスの電場の振動する方向をテラヘルツ周波数領域で回転させることで、電子の流れる向きが変換され、電流が切り替わる新たな現象(2019.9.24東京農工大学プレスリリース)が発見されました。これはテラヘルツ周波数で回転するレーザーパルス照射によって電子自身が回転力を受け取ることを示唆していますが、電子の回転を直接観察したわけではありません。将来におけるテラヘルツ振動制御の応用に対する発展を考えると、その振動自体を直接観測して電子や分子の振動制御にフィードバックする仕組みが必要となります。そこで現在、電子や分子の振動を引き起こすために最初に照射するレーザーパルス(ポンプパルス)と、時々刻々と変化する振動を観測するための後発のレーザーパルス(プローブパルス)をテラヘルツ周波数領域で独立に制御することが求められています。

研究体制
 本研究は東京農工大学大学院工学研究院の三沢和彦教授、伊藤宙陛特任助教および台湾国立交通大学電子物理系の羅志偉教授、魏浩耕氏の国際共同研究によるものです。本研究は日本学術振興会の頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラムR2801、基盤研究(A)18H03677、基盤研究(C)18K03487、国際共同研究加速基金19KK0346による支援を受けました。

研究成果:テラヘルツ周波数で分子や電子を振動させるポンプパルスと、振動を経過観察することができるプローブパルスを生成するために、図1に示すようなマイケルソン干渉計を利用したレーザーパルス制御機構を開発しました。この装置は偏光ビームスプリッターでレーザーパルスをVとHの2方向の成分に分離することを特徴としています。VアームとHアームの終端のミラーV₂,H₂によってそれぞれのレーザーパルスのタイミングが調整され、テラヘルツ周波数で偏光方向が回転するプローブパルスが生成されます。さらに各終端のミラーの手前にハーフミラーV₁,H₁を設置することで、同様の原理により偏光方向が回転するポンプパルスが追加されます。
 この装置を用いたポンプ-プローブパルスの制御例を図2に示します。先頭に位置するポンプパルスは青矢印で示すように2.0 テラヘルツで強度方向が回転し、プローブパルスの強度方向は赤矢印で示したようにより遅い0.7 テラヘルツで回転をしています。V₁,V₂の位置関係からポンプ-プローブパルスの時間間隔が決定され、この例においては9 ピコ秒(一兆分の一秒)に設定されています。図2の左図においてポンプパルスとプローブパルスは同一の時計回りをしていますが、V₂の位置を動かすことで右図に示すように逆回転となることが確認されました。このように合計4つのミラーの位置を調整するだけで、偏光方向がテラヘルツ周波数で回転するポンプ-プローブパルスの回転方向、回転周波数、2つのパルスの時間間隔をそれぞれ独立に調整することに成功しました。
 今回開発したレーザーパルスの偏光回転調整機構は、空間位相変調機を使用した従来の手法と比べると選べる時間間隔がフェムト秒からナノ秒までと広く、また5 mJの強力なレーザーパルス強度にも耐えうるもので、対象となる物質や現象の選択肢がより広い顕微鏡としての発展が期待されます。

今後の展開
 本装置で生成されたレーザーパルスの最大の特長は、分子や電子の直線的な振動だけでなく、回転を含むような複雑な振動に対しても追随して発振させることができる点にあります。さらにそのレーザーパルスをハーフミラーで追加することによりその運動の変化を観察する機能が追加されました。この特長を生かすことで、導体中の電子に回転(角運動量)を伝え、光-電気通信に対して根本的に情報量を追加する提案や、右手系と左手系で性質の違うキラル分子の構造制御-観察など医療や薬剤への応用まで幅広い活用が見込まれます。この広い波及効果のもたらす発展を見据え、光学、電子輸送、化学、生体医用など各分野の専門家との共同研究が計画されています。

図1 開発したテラヘルツ周波数で偏光が回転するポンプ-プローブパルスの生成機構:ポンプパルスの偏光回転周波数はV₁,H₁の位置関係、プローブパルスの偏光回転周波数はV₂,H₂の位置関係、ポンプパルスとプローブパルスの時間間隔はV₁,V₂の位置関係で調整されます。
図2 本装置で生成されたポンプ-プローブパルスの制御例:左図に示したポンプ-プローブパルスの強度方向は両方とも時計回りをしている。先頭のポンプパルスは2.0 テラヘルツの回転振動を引き起こし、後発のプローブパルスは0.7 テラヘルツの同一回転の振動を検出できます。V₂のミラー位置を調整すると右図のようにプローブパルスの回転方向が反転します。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院 教授
三沢 和彦(みさわ かずひこ)
TEL:042-388-7485
E-mail:kmisawa(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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