電解メッキ初期過程における電極近傍イオン種のリアルタイム観測に成功 −金属析出速度の支配因子を決定−

電解メッキ初期過程における電極近傍イオン種のリアルタイム観測に成功
−金属析出速度の支配因子を決定−

概要
 千葉大学大学院工学研究院 中村将志准教授、星永宏教授、東京農工大学大学院工学研究院 遠藤理助教、高輝度光科学研究センター 田尻寛男研究員、物質・材料研究機構 坂田修身グループリーダーの研究グループは、金属イオンが析出する際の電極近傍におけるイオン種のリアルタイム観測に初めて成功し、金属イオンがどのように表面に接近し表面に吸着するかを明らかにしました。
 本研究グループは、電極界面の3次元的な構造がわかる表面X線回折法により時分割計測を行いました。電析電位へ変化させた時に1/2000秒の時間分解能で界面イオンを追跡したところ、電極表面に析出する前に、金属イオンが水和*された状態で表面から3.2オングストローム* (Å) 離れた場所に一時的に安定な構造をとることがわかりました。また、複数の金属イオンについて析出過程を調べたところ、金属イオンと水分子の結合の切れやすさが析出速度と関係していることがわかりました。
 なお、本研究成果は、英国の科学誌「Scientific Reports」の2017年4月20日に発表されました。

掲載論文
題目:Real−time observation of interfacial ions during electrocrystallization
著者:Masashi Nakamura, Takahiro Banzai, Yuto Maehata, Osamu Endo, Hiroo Tajiri, Osami Sakata, Nagahiro Hoshi
雑誌:Scientific Reports


研究の背景
 電解メッキは装飾だけでなく、電子部品製造や触媒の調製など多くの分野で用いられている技術です。近年では、半導体の高集積化のための微細加工や、触媒分野では貴金属使用量削減のためにより高活性なナノスケールの触媒が求められており、原子レベルで析出層を制御する技術が必要となっています。
 電極から数ナノメートル* 程度の領域は電気二重層*と呼ばれており、溶液中とは異なった構造をとることが知られています。電解メッキでは、この電気二重層を金属イオンが通過する必要があり、溶液中のイオンの移動とは異なります。また、電解メッキでは、溶液中に金属イオン以外にも溶媒や添加剤が加えられており、メッキ速度の促進や制御作用があります。しかし、電析過程は複雑であり、金属イオン以外の物質がどのように作用しているのかも分かっていなのが現状です。
 電析構造を観測するためには、従来から走査型プローブ顕微鏡がよく用いられています。しかし、この手法では、探針を走査して表面構造を画像化するために、速い構造変化を追跡できないことや表面から離れた場所にあるイオン種は観測することが難しいことなどがあります。

研究内容と成果
 金属析出の初期過程を原子レベルで明らかにするために、表面原子配列が整ったAu(111)単結晶表面*を用い、金属イオンが単原子層だけ析出するアンダーポテンシャル析出*と呼ばれる現象のリアルタイム観測を試みました。実験は大型放射光施設SPring-8* BL13XUならびにKEK-PF BL4Cにおいて1/2000秒ごとに時分割表面X線回折を用い、電極から1 ナノメートル以内で界面イオン種の動きを追跡しました。表面からのX線回折はクリスタルトランケーションロッド(Crystal Truncation Rod, CTR)散乱*と呼ばれ、界面の原子やイオンを0.01オングストロームの分解能で決定できます。
 硫酸溶液中でCu2+の電析電位に変化させた後のCTR散乱の強度変化を図1(a)に示します。電位変化直後にはL=2.3付近で強度が増加しており、その後80 ms以降でL=1付近の強度減少およびL=4.2付近の強度増加が起こります。CTR散乱の詳細な解析により、図1(b)のように界面における各イオン種の表面からの距離の時間変化を定量的に求めることができます。80 ms以降はCu2+と硫酸イオンが表面に吸着していきます。一方、電位変化直後には、表面から3.2Å離れた場所にCu2+が一時的に集まることがわかりました。このCu2+は水分子で覆われており、図2のように電析前に一時的に表面近傍に集まった後、金属イオンと表面の間の水分子が離れることによって、析出していくことがわかりました。また、Cu2+の析出には硫酸イオンも同時に吸着しており(図1(b))、Cu2+の析出には硫酸イオンが必要であることがわかりました。

 

図1 (a) Au(111)表面上におけるCu2+アンダーポテンシャル析出時のCTR散乱の時間変化。電位変化前のCTR散乱強度で規格化。(b) 界面における各イオンの表面からの距離および存在量の時間変化。
図2 析出前に一時的に観測される水和された金属イオン

 さらに、価数の異なるTl+, Ag+, Cd2+, Zn2+, Bi3+を用いて同様な測定を行ったところ、析出速度は金属イオンにより大きく変わり、析出が遅い場合には、図2のような一時的な水和イオン層の存在が観測されました。また、各金属イオンの水和エネルギーと析出速度に関係があることを見出し、金属イオンから水和水の脱離が析出速度を支配していることを明らかにしました。

今後の展望
 電解メッキの初期過程において電析電位だけでなく、脱水和過程や対イオンにより析出速度が変わることがわかりました。アンダーポテンシャル析出は、数ナノメートルサイズの触媒合成などに用いられており、析出速度の制御が可能となれば、複数の金属イオンを析出させるなど、多様な構造を原子レベルで作り分けることで、高活性なナノ微粒子触媒の実現や半導体微細加工技術の向上などにつながります。

用語解説
*水和
 水溶液中では、イオンや分子の周りは水分子で覆われており、水和と呼ばれる一つの分子集団となる。特にイオンに水和した水は、水分子間の水素結合より強く結合した状態となる。

*オングストローム(Å)
 長さの単位で原子や分子など非常に小さな長さを表す場合に用いられる。1オングストロームは1億分の1センチメートル。

*ナノメートル(nm)
 オングストロームと同様に非常に小さな長さを表す長さの単位。1ナノメートルは10オングストローム。

*電気二重層
 ポテンシャルが異なる物質が接した場合に、界面に荷電粒子が層構造を形成する。金属-電解質溶液の界面では、電解質イオンが層構造を形成し、溶液中とは異なるイオン濃度や構造となる。

*アンダーポテンシャル析出
 金属イオンには固有の電析する電極電位があり、負電位側では析出が起こる。しかし、基板電極と金属イオンの相互作用が強い場合には、析出電位より高電位側(アンダーポテンシャル)で、単原子層レベルの析出が起こる。

*単結晶表面
 原子が規則的に配列し、結晶のどの位置でも結晶軸が変わらないものを単結晶という。単結晶を任意の方向で切断すると表面には規則的に原子列が整列した状態をつくることができる。

*大型放射光施設 SPring-8
 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが運転と利用者支援を行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来。電子と光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する。細く強力な電磁波(放射光)を用いて幅広い研究が行われている。

*クリスタルトランケーションロッド(CTR)散乱
 規則的に配列した表面(2次元)原子に単色X線を入射すると、各原子から散乱した光は干渉しあいロッド状に強め合ったクリスタルトランケーションロッド散乱と呼ばれる回折が生じる。この散乱強度を測定することによって原子配列がわかる。

 


【本件に関する問い合わせ先】

中村将志 千葉大学大学院工学研究院 准教授
〒263-8522 千葉県千葉市稲毛区弥生町1−33
TEL/FAX: 043-290-3382
E-mail: mnakamura(ここに@を入れてください)faculty.chiba-u.jp

千葉大学工学系事務センター総務室
TEL:043-290-3038 ,FAX:043-290-3039
E-mail:mah3034(ここに@を入れてください)office.chiba-u.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785,FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou(ここに@を入れてください)spring8.or.jp

国立研究開発法人 物質・材料研究機構 経営企画部門 広報室
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