1000万人の肝硬変予備軍を救う第一歩となるか!?―非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の病態進行を再現する三次元培養組織を作出ー

2020年2月10日

1000万人の肝硬変予備軍を救う第一歩となるか!?
―非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の病態進行を再現する三次元培養組織を作出ー

 国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院の臼井達哉特任講師らは、病態ステージの異なる非アルコール性脂肪肝炎(NASH)モデルマウスの肝臓組織から、NASH病態の特徴である肝線維化を再現した三次元培養組織を作出することに成功しました。本成果は、現在治療が困難とされている重症NASH患者に対する創薬のスクリーニング試験へ応用されるとともに、NASHの早期診断マーカーの開発や病態進行メカニズムの解明につながることが期待されます。

本研究成果は、「Biomaterials」に2020年1月27日にオンライン掲載されました。
論文名:Efficacy of primary liver organoid culture from different stages of non-alcoholic steatohepatitis (NASH) mouse model
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0142961220300697 


現状
 近年、アルコールの摂取量とは無関係に脂肪肝を発症し、肝硬変・肝がんに進行する非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の罹患者が、予備軍を含めると国内で約1000万人存在するといわれており、社会的な問題となっています。NASHの病態は肝臓組織の炎症、脂肪沈着、線維化などです。
 これまでのNASH研究では、実験動物にNASH誘導食を給餌することでNASH病態を再現し、薬剤を連続投与して、その改善効果から有効な薬剤を絞り込む手法が用いられてきました。しかし、大量の実験動物と長期にわたる薬剤の投与が必要となるため、様々な薬剤の効果を同時に検討することが難しく、重度の肝線維症を伴うNASH患者に対しては有効な薬剤が存在しませんでした。また、NASH病態の進行度を正確に反映する有効な診断マーカーも見つかっていません。
 そこで、実験動物の代替として「オルガノイド培養法」が注目されています。オルガノイド培養法は、生体臓器から分離した上皮幹細胞を培養液や足場を工夫することで三次元的に長期培養し、組織の多様性や極性といった組織本来の性質を維持できる方法として開発され、がんの個別化医療や毒性試験などへの応用が期待されています。しかしながらNASH病態モデル動物の肝臓組織を用いたオルガノイド培養は行われておらず、その有用性は明らかになっていませんでした。

研究体制
 東京農工大学、山口大学、北里大学の研究グループの共同研究として実施されました。本研究は三島海雲記念財団の助成(学術研究奨励金)を受けたものです。

著者
 モハメド・エルバダウィー1、山中恵1、後藤悠太1、林希佳1、恒富亮一2、硲彰一2、永野浩昭2、吉田敏則1、渋谷淳1、市川諒1、中原惇太1、大松勉1、水谷哲也1、片山幸枝1、篠原祐太1、アミラ・アブゴマ1、金田正弘1、山脇英之3、臼井達哉1、佐々木一昭1
1東京農工大学、2山口大学、3北里大学

研究成果
 本研究チームは、病態ステージの異なるNASHモデルマウス(脂肪肝初期、脂肪肝中期、線維化進行期)から肝臓組織を摘出してオルガノイド培養を実施しました。NASH病態の進行と肝臓オルガノイドの形成能、組織形態の相関を検討するとともに、各病態ステージのオルガノイドの遺伝子発現パターンを解析することで病態ステージ特異的なマーカーの同定を試みました。6週齢の実験用マウスにNASH誘発用飼料を4, 8, 12週間給餌し、進行度の違うNASHモデルマウス群(NASH A, NASH B, NASH C)を作製し、体重、肝重量および肝機能のモニタリングを行った後にオルガノイド培養を行いました。結果、各ステージのモデルマウス由来の肝臓オルガノイドが安定的に作製可能なことが示されました。特にNASH CオルガノイドではNASH病態の特徴である上皮・間葉転換(EMT)注1)様の上皮組織構造が観察され、線維化の指標であるコラーゲンの蓄積や、活性化星細胞注2)マーカーであるα-SMA発現の上昇が認められました。また、オルガノイドの形成効率は、NASH Aのオルガノイドで上昇し、NASH B、NASH Cのオルガノイドで低下していくことや、その制御機構にサイトカインIL-1βを介した炎症性反応が関与することが示唆されました。さらに、RNAシークエンス解析によって各病態ステージのオルガノイドにおいて特異的に上昇する遺伝子や、全ステージのオルガノイドで発現が高い遺伝子が存在することを明らかにしました(図1、特許出願中)。 

今後の展開
 本研究チームが作製したNASH モデルマウス由来肝臓オルガノイドは、煩雑な作業を経ることなく、肝細胞および活性化星細胞に特化した遺伝子発現の比較や新規薬物治療スクリーニング試験が可能となるため、重症NASH患者に対する新規治療法の開発につながると考えられます。さらに、各病態ステージ特異的に発現が上昇する遺伝子は、NASH初期、中期、後期のステージ判定マーカーとして健康診断等で活用されることが期待できます。

注1)上皮・間葉転換(EMT)
上皮細胞が周囲環境の変化によって間葉系の細胞の性質を獲得する現象。NASHの進行病態の肝臓組織で観察されることがある。
注2)活性化星細胞
NASHの進行病態の肝臓組織においてトランスフォーミング増殖因子(TGF-βの刺激によって誘導され、コラーゲン産生など肝線維化を促進する役割を担う細胞。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院 動物生命科学部門 特任講師
臼井 達哉(うすい たつや)
TEL/FAX:042-367-5770
E-mail: fu7085(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp

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