化学熱力学と界面流体力学の融合研究の理解を大きく前進~部分混和性により引き起こされる流動界面のトポロジカル変化を数値的に再現することに成功~

化学熱力学と界面流体力学の融合研究の理解を大きく前進
~部分混和性により引き起こされる流動界面のトポロジカル変化を数値的に再現することに成功~

 国立大学法人東京農工大学大学院生物システム応用科学府生物機能システム科学専攻 2021年度前期博士課程修了の瀬谷昇治さん、同大学院グローバルイノベーション研究院の鈴木龍汰特任助教、同大学院工学研究院応用化学部門(生物システム応用科学府生物機能システム科学専攻)の長津雄一郎教授、国立大学法人大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻化学工学領域の伴貴彦講師、インド工科大学ローパー校数学科のManoranjan Mishra教授からなる国際共同研究チームは、本研究チームが初めて実験で発見した、2種類の液体が一部だけ混ざり合う部分混和性(*1)により二流体の粘度差に由来する流動界面がトポロジカル(*2)に変化する現象を、数値的に再現することに初めて成功しました。これは、部分混和性に由来して生じる相分離とその相分離の際に自発的に発生する液体の流れの効果を、従来の二流体の粘度差に由来する流動界面を記述する流体力学方程式群に組み込んだ新たな数理モデルを構築し、それを数値シミュレーションすることで得られました。
 本成果は、今後、実験とこの数理モデルを用いた数値シミュレーションを協働するアプローチから、界面流体力学と化学熱力学を融合させた新しい領域横断的な学問分野であり、未解明な部分が多い、相分離を伴う部分混和系の二流体の粘度差に由来する流動界面ダイナミクスの包括的な理解を目指す道を開くものです。

本研究成果は、流体力学に関する専門学術誌であるJournal of Fluid Mechanics(電子版2022年3月15日付)に掲載されました。
掲載場所:https://www.cambridge.org/core/journals/journal-of-fluid-mechanics/article/numerical-study-on-topological-change-of-viscous-fingering-induced-by-a-phase-separation-with-korteweg-force/9D15AA4089016E575B3E1064E0B02029
論文名:Numerical study on topological change of viscous fingering induced by a phase separation with Korteweg force
著者:Shoji Seya, Ryuta X. Suzuki, Yuichiro Nagatsu, Takahiko Ban, and Manoranjan Mishra

現状
 多孔質媒質内で粘性の高い流体が粘性の低い流体に押しのけられるとき、二流体の界面が指のようなパターンを形成する現象は、粘性フィンガリングと呼ばれ、古典的な界面流体力学問題の一つとして1950年代から研究されています。しかしその特性は、二流体が完全混和であるか非混和であるかで大別されるのが通説であり、部分混和性の粘性フィンガリングの研究が、数値シミュレーションによって報告されたのは、ここ最近の2017年になってからのことです。これまで部分混和性の場合の研究がほとんど行われなかったのは、原因があります。部分混和の度合いが「どの程度混和した状態が熱力学的に最も安定か」ということにより決定されるため、界面流体力学を化学熱力学と組み合わせて考えなければならない学際的な研究分野であるためでした。
 これまで部分混和系の特性は、完全混和や非混和の系と質的な違いはないことが報告されていました。本研究グループは、2020年に世界で初めて、部分混和系粘性フィンガリングの実験研究を成功させ、部分混和系ではフィンガリング界面がトポロジカル変化する、すなわち、千切れ液滴を形成するという、完全混和系や非混和系とは質的に異なる特性を有することを発見しました(2020年9月28日、本学プレスリリース「二液体が一部だけ混ざり合う性質による流動界面のトポロジカル変化を発見~粘度差に由来する界面流動の通説を覆す~」。また当該論文は、2020年度日本流体力学会 論文賞を受賞しました)。この研究では、フィンガリング界面のトポロジカル変化は、部分混和性に由来して生じる相分離とその相分離の際に自発的に発生する液体の流れがその原因であることを提示しました。このメカニズムの完全解明には、フィンガリング界面が千切れ液滴を形成する現象の実験結果を再現する数理モデルおよびその数値シミュレーションが必要とされていました。

研究成果
 従来知られている完全混和系粘性フィンガリングの流体力学方程式群に、相分離を表現できる最も単純なモデルである二重井戸型化学熱力学的自由エネルギー(図1)を組み合わせ、さらに、流れの自発的発生を表現するために、Korteweg力と呼ばれる力を流体力学方程式の外力項に付与しました。相分離とKorteweg力の効果は、既往の部分混和性の粘性フィンガリングに関する数値シミュレーションでは考慮されず、本研究において初めて考慮されたものです。この数理モデルでは、相分離の強さを、二重井戸型自由エネルギーのエネルギー最小値と二つの平衡濃度の差により表現することができます(図1)。また相分離が強いほど、Korteweg力が大きいことを仮定しました。これらを変化させ、相分離がない条件(完全混和系)と異なる相分離の強度の条件で、数値シミュレーションを実行し、相分離の強度が大きくなると、粘性フィンガリングから液滴形成パターンに変化してゆくことを数値的に示しました(図2)。これは、本モデルが先の部分混和系粘性フィンガリングの実験結果を再現でき、かつ実験で発見されたフィンガリング界面が千切れ液滴を形成する現象が、相分離とその相分離の際に自発的に発生する液体の流れによることを理論的に示すものです。
 
研究体制
 実験流体力学を得意とする東京農工大学・長津雄一郎教授、長津研究室所属の瀬谷昇治さん、鈴木龍汰特任助教、物理化学とりわけ化学熱力学を得意とする大阪大学・伴貴彦講師、理論流体力学を得意とするインド工科大学ローパー校・Manoranjan Mishra教授(東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院特任教授兼任)の領域横断的な共同研究が、この部分混和性が引き起こす流動界面のトポロジカル変化を数値的に再現すること可能としました。本研究はJSPS科学研究費(19J12553, 19K04189)、日本学術振興会外国人研究者招へい制度(No. L19548)、東京農工大学グローバルイノベーション研究院の田川義之チーム「生体材料3Dプリント技術を拓く動的界面力学研究拠点」の支援を受けて行われたものです。また本論文のオープンアクセス化について、東京農工大学・学長裁量経費による支援を受けました。

今後の展開
 本研究により、本研究グループによる、現存する唯一の部分混和系粘性フィンガリングの実験結果を再現できる数理モデルが示されました。したがって、この数理モデルとその数値シミュレーションは、部分混和系粘性フィンガリングに及ぼす流量の影響など、現在調査中の実験結果のメカニズムを解明するのに役立つことが期待されます。また、今後、この数理モデルを用いた数値シミュレーションから、部分混和系粘性フィンガリングの新しいダイナミクスを見出し、それを実験的に検証するというアプローチが可能になります。
 また部分混和系の粘性フィンガリングが、地層からの石油回収プロセスや地層へのCO₂圧入プロセスで発生していることがわかっており、本成果は、それらのプロセスにおける現象予測の高精度化や、部分混和性を利用した当該プロセスの新たな制御法の創出へ寄与することが期待されます。

語句解説
※1 流体の混和性:二流体が相互に全く(ほとんど)溶解しない場合、すなわち溶解度ゼロの場合を非混和と呼ぶ。例えば、水と油は非混和といえる。一方、二流体が相互に溶解する場合、すなわち溶解度無限大の場合を完全混和と呼ぶ。例えば、水と水あめは完全混和である。これらに対し、二流体が有限の溶解度をもつ場合を部分混和と呼ぶ。例えば、常圧・25℃でアセトンとヘキサデカンを等体積混合すると、体積割合でアセトン32%とヘキサデカン68%の混合溶液とアセトン73%とヘキサデカン27%の混合溶液の二相に相分離する。この場合、アセトンとヘキサデカンは有限の溶解度をもち、二流体は部分混和である。
※2 トポロジカル変化:トポロジーとはしばしば位相幾何学と訳される。何らかの形を伸ばしたり曲げたりする連続変形ではトポロジカル性質は変化しないと考える。今回、部分混和性により、二流体の粘度差に由来する流動界面が千切れる現象をトポロジカル変化と呼んでいる。

図1 本研究で用いた自由エネルギーf(c)(cは無次元濃度) (a)完全混和系、 c = 0.5で最小値をとる常に下に関数となっている。(b)部分混和系、赤、青、緑線がそれぞれ、相分離の度合いが、強、中、弱の場合である。相分離:中(青色)ではc = 0.2とc = 0.8で自由エネルギーの最小値をとり、このときのc = 0.2とc = 0.8を平衡濃度ceqという。このとき、平衡濃度の差ΔceqはΔceq = 0.8 – 0.2 = 0.6となる。Δf(c)がエネルギー最小値の絶対値である。平衡濃度の差、エネルギー最小値の絶対値が大きいほど、相分離は強くなる。赤、青、緑の各線で実線部分がf(c)のcによる2階微分が負の領域で、cがこの領域になると、二つの平衡濃度に相分離する。
図2 数値シミュレーション結果(濃度場(c)の時間発展) (a)完全混和系、 (b)部分混和系(相分離:弱)、(c)部分混和系(相分離:中)、(d)部分混和系(相分離:強) 縦が時間発展であり、それぞれ無次元時間t = 1000, 2000, 3000, 4000の図。(a)完全混和系では、典型的な粘性フィンガリングが形成されている。(b ~ d)部分混和系では、相分離の強度が大きくなると、粘性フィンガリングから液滴形成パターンに変化してゆく。

◆研究に関する問い合わせ◆

東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門
(生物システム応用科学府生物機能システム科学専攻)
教授  長津 雄一郎
 TEL/FAX:042-388-7656/042-388-7693
 E-mail:nagatsu(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

大阪大学大学院基礎工学研究科
物質創成専攻 化学工学領域
講師 伴 貴彦
 TEL/FAX:06-6850-6625
 E-mail:ban(ここに@を入れてください)cheng.es.osaka-u.ac.jp

関連リンク(別ウィンドウで開きます)

 

CONTACT