衛星画像と時系列予測モデルにより森林害虫マイマイガの大発生予報を可能にする手法を確立

衛星画像と時系列予測モデルにより
森林害虫マイマイガの大発生予報を可能にする手法を確立

 国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院の井上真紀教授と山下恵准教授、森夏美(2023年度本学農学府修了)、ロシア科学アカデミーシベリア支部のVyacheslav Martemyanov博士らで構成された研究チームは、東北大学、高知大学、ロシアのFederal Agency of Forestryとの共同研究により、ロシア山岳地帯で生じた森林害虫マイマイガの食害による被害分布を衛星画像を用いて推定するとともに、得られたデータの時系列解析から、その場所に生育している植物集団(植生)の異常の経時的変化(動態)を予測し、これまで困難であった広域発生の特定・予測可能性を示しました。この成果により、森林が提供する多様な生態系サービス(生態系の生物多様性がもたらす恵み)を持続的に利用するための適切な防除・管理方策への提案につながることが期待されます。

本研究成果は、Forest Ecology and Management(5月16日付)に掲載されました。
論文タイトル:Monitoring and prediction of the spongy moth (Lymantria dispar) outbreaks in Mountain’s landscape using a combination of Sentinel-2 images and nonlinear time series model
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0378112724002871

背景
 森林は、生物多様性の保全や土砂災害の防止、カーボンニュートラルへの貢献など、多様な機能を提供しています。しかし、健全な森林を脅かす要因として、火災や異常気象などと並び森林害虫も重要な問題の一つです。なかでもチョウ目ドクガ科のマイマイガは、ヨーロッパやシベリア、日本を含むアジアに生息しており、周期的に大発生することが知られています(図1上)。マイマイガは多様な樹木の葉を食害するため、大発生時の樹木への被害は深刻であり、その発生の管理は森林の持続可能な利用において重要な課題です。
 近年、衛星が観測した森林の正規化植生指数(NDVI)(注1)を用いて、昆虫によって被害を受けた森林を検出することで、害虫被害のモニタリングが試みられるようになりました。しかし、昆虫の食害によるNDVI変化は通常の樹木のフェノロジー(注2)と比べて、一時的かつ微細な変化であることから、これまでのLandsat(注3)やMODIS(注4)などの提供する衛星画像では検出が困難でした。またマイマイガは、約10年周期で局所的に発生するという特徴的な動態を持ち、目視レベルでの個体数観測データを用いた統計モデリングなどの予測手法を適応することができませんでした。

研究体制
 東京農工大学、東北大学、高知大学、ロシア科学アカデミーシベリア支部、Federal Agency of Forestry
 本研究の一部は、農林水産省の国際共同研究パイロット事業(ロシアとの共同研究分野)、二国間国際共同研究事業(ロシアとの共同公募に基づく共同研究分野)の助成を受けて行われました。

研究成果
衛星画像を用いたマイマイガの食害による被害分布の推定
 研究チームは、ロシアシベリア地方に位置するアルタイ共和国の山岳地帯で、2017年8月にマイマイガの大発生とそれに伴う食害による影響を現地で確認しました(図1中)。その時に撮影した2枚のドローン画像をグラウンドトゥルース(注5)として、Sentinel-2A/B(注6)の衛星画像を用いてマイマイガの食害による植生の変化を検出しました(図1下)。衛星画像から分類したシラカバ林(対照区)のNDVI平均値の季節変化と被害地点のNDVIを比較した結果、6月下旬から8月中旬にかけて差が大きくなり、その差の推移がマイマイガのフェノロジーと一致したことから、マイマイガによる食害と推測されました。このNDVI減少量を指標として用いて2017年から2021年の5年間の被害分布を作成したところ、2017年の被害分布は、ドローン画像の被害地点と一致しました(図2)。また、2018年にも広範囲に被害が検出され(調査地の森林の約10%)、その程度も大きいことから大発生のピーク年であったことが推定されました。2019年にも一部被害が検出されましたが、2020年と2021年には森林が完全に回復したことが確認されました。被害の特徴として、道路や町の近くの比較的低標高(約900-1400 m)であることが示され、実際のマイマイガの発生地の特徴と一致していました。このことから、今回植生変化により推定された被害分布からマイマイガの大発生を同定できることが明らかになりました。

非線形時系列モデルによる植生異常の検出
 得られたNDVIの時系列データ(NDVI実測値)を用いて、植生異常の検出を試みました。まず、食害などの異常がない森林の季節的変化を、動的モード分解(DMD)(注7)による予測モデルにより予測したところ、通常の植生変化を説明できることが分かりました。続いて、DMDによるNDVI予測値とNDVI実測値からの逸脱度をマイマイガの食害などが起こす植生変化の異常度とみなし、時系列予測モデルを用いて、植生異常の発生予報を行った結果、比較的高い予報精度を示すことが分かりました。これは異常度の変動がなんらかの生態学的ルールに従うことを示唆しており、今後、標高などの地理情報や気候等の他の環境時系列データの活用によって、より精度の高い予測モデルの開発が期待できます。

今後の展開
 本研究の成果を基盤として、衛星画像と時系列予測モデルを組み合わせることで、森林害虫の制御に向けた発生のモニタリングおよび予報へとつながることが期待できます。

用語説明
注1) 正規化植生指数(NDVI)
植生の分布状況や活性度を示す指標であり、-1から1の間に正規化された数値で示され、葉の密度が高い場合、NDVIの値が大きくなる。

注2) フェノロジー
生物季節ともいい、季節の移り変わりに伴う、動植物が示す諸現象の時間的変化をいう。例えば、植物の発芽、開花、落葉など。またそれを研究する学問。

注3)Landsat
アメリカ航空宇宙局 (NASA) が打ち上げている人工衛星で、高解像度(30 m)、16日周期で観測されている。

注4)MODIS
Moderate Resolution Imaging Spectroradiometerの略で、アメリカ航空宇宙局 によって開発された可視・赤外域の放射計で、地球観測衛星の「Terra」 および「Aqua」 に搭載されており、中程度の解像度(250-500m)で毎日観測されている。

注5) グラウンドトゥルース
地上検証データともいい、遠隔測定した地上の対象物について、現地調査から得たデータのこと。

注6)Sentinel-2A/B
欧州宇宙機関が打ち上げている人工衛星で、高解像度(10 m)で同一仕様の衛星2機が5日ごとに観測されている。

注7) 動的モード分解
Dynamic Mode Decomposition (DMD)と呼ばれる手法で、高次元時系列データから時空間的な特徴構造を抽出する方法をいう。


 

図1:マイマイガと食害によるNDVIの変化
図2:2017~2021年のアルタイ共和国における被害分布マップ(Forest Ecology and Management 563 (2024) 12197を基に作成)

 

 

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学 大学院農学研究院生物制御科学部門
教授 井上 真紀(いのうえ まき)
   TEL/FAX:042-367-5619
   E-mail:makimaki(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

 

 

 

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