最高峰での生活は楽じゃない?~日本一高い山に暮らすカモシカの独特な空間行動~

最高峰での生活は楽じゃない?
~日本一高い山に暮らすカモシカの独特な空間行動~

ポイント

  • 富士山高山帯に生息するニホンカモシカにGPS発信器を装着して空間行動を調査しました。
  • 森林に生息するカモシカに比べて最大30倍も大きい行動圏を持つことが分かりました。
  • 森林に生息するカモシカでは見られない、行動圏サイズと生息地選択の劇的な季節変化が確認されました。
  • 厳しい高山帯の環境に適応した柔軟な空間行動を示すことが示唆されました。

本研究成果は、ドイツの動物行動学雑誌「Acta Ethologica(略称:Acta Ethol)」オンライン版に掲載(3月23日付)されました。
論文名:Unique spatial behavior of the Japanese serow (Capricornis crispus) in the open mountains of Mt. Fuji
著者名:Hayato Takada
URL:https://link.springer.com/article/10.1007/s10211-023-00418-4


概要
 国立大学法人東京農工大学農学部附属野生動物管理教育研究センター 髙田隼人特任准教授(当時 山梨県富士山科学研究所)は山梨県の富士山高山帯に生息するニホンカモシカの空間行動(注1)を生体捕獲とGPS発信器を用いて調査し、これまで知られていた森林に生息するカモシカと大きく異なる空間行動を持つことを世界で初めて明らかにしました。具体的には、富士山高山帯のカモシカは森林に生息するものに比べて最大30倍も大きい、300ヘクタール前後の行動圏(注2)を持ちました。また、行動圏サイズとその分布は大きく季節変化し、春から夏は小型の植物が育つ森林限界から高山帯の広い範囲を利用したのに対し、冬は常緑針葉樹林内の極小さい範囲を利用しました。さらに生息地選択(注3)も大きく季節変化し、春から夏は高標高の森林限界付近を選択したのに対し、冬は低標高の常緑針葉樹林を選択しました。このような広大な行動圏とその劇的な季節変化は、高山帯の限られた食物条件と気候の季節変化に適応したものであると考えられました。

研究背景
 動物が「どのくらいの広さを動き回るか」や「どのような環境を選択するか」「季節移動をおこなうか」などの空間行動はその動物の生存や繁殖成功に直結するためとても重要です。有蹄類(注4)では、生息環境に応じて異なる空間行動が進化してきたと考えられています。食物が比較的安定して供給され、気候条件も穏やかな森林に生息する種は、小さな行動圏に定住する傾向があります。一方、食物の供給や気候条件の季節変化の激しい草原などの開放的な環境に生息する種は大きい行動圏を持つ傾向にあり、季節移動をおこなう種も多くいます。また、開放的な環境に生息する有蹄類の一部の種では空間行動の種内変異(注5)が知られており、これを使って、どのような環境条件の違いが空間行動の変化を引き起こすのかが調べられています。ただし、安定的な森林に生息する有蹄類ではこのような種内変異はほとんど知られていません。
 ニホンカモシカは日本の落葉広葉樹林帯を主な生息地とする、典型的な森林性の有蹄類です。その行動圏サイズは十から数十ヘクタールと小さく、季節移動のない定住性であり、森林環境に適応的な空間行動を持つことが知られています。一方で、一部のカモシカは富士山のような開放的な高山帯にも生息しますが、このような環境に生息するカモシカの空間行動は全く調べられていません。富士山の高山帯は森林に比べて食物になる植物が乏しく、食物条件と気候条件の季節変化がとても激しいため、そこに住むカモシカには独特の空間行動が観察される可能性があります。そこで、山梨県の富士山麓に生息するカモシカを対象に生体捕獲とGPS発信器による追跡をおこない、その空間行動を調査し、森林に生息するカモシカとの違いを検討しました。

研究成果
 2017年から2018年にかけて2頭(オス1頭、メス1頭)の成獣のカモシカを捕獲し、GPS発信器を装着しました。GPS発信器は2時間に1回の頻度で位置情報を取得するように設定し、年間で計7054地点の位置情報を得ました。得られた位置情報からカモシカの行動圏サイズと生息地選択、その季節変化を評価しました。
 その結果、年間の行動圏サイズは300ヘクタール(ha)以上で(オス:373.1 ha、メス:316.5 ha)、森林で調べた既存研究に比べて最大30倍以上も大きいものでした。富士山の高山帯は一般的な森林に比べて食物資源量が非常に乏しいため、生存や繁殖のために十分なエネルギーを得るためにとても広い範囲を動き回る必要があると考えられました。
 行動圏サイズは春と夏に最も大きく、冬にはその20%ほどの大きさに縮小しました。さらに生息地選択では、春から夏には高標高の森林限界周辺を選択したのに対し、冬には低標高の常緑針葉樹林を選択しました。春から夏は高標高域にまばらに散らばる高山植物を利用するために広い範囲を利用したのに対し、食物が著しく制限される冬季は気候条件が穏やかな常緑針葉樹林内でほとんど動かない省エネ生活を送っていると考えられました。冬季の行動圏の縮小や常緑針葉樹林の選択は、カモシカと近縁の高山帯に生息する有蹄類(シロイワヤギやビッグホーンシープ)でも報告されており、季節変化の激しい高山環境への適応であると考えれました。
 以上のことから、カモシカの空間行動には森林環境に適応的なものから高山環境に適応的なものまでの種内変異があることが示されました。

今後の展開
 高山帯にカモシカが生息することは古くから知られていたものの、その調査条件の難しさからほとんど研究が進んできませんでした。本研究は日本一高い山である富士山に住むカモシカを生体捕獲とGPS発信器を用いて調べることにより、森林と大きく異なる生態を持つことを明らかにすることができました。
 高山帯を含む高標高域のカモシカは近年減少傾向にあると考えられており、その保全のためにも基礎生態の解明が喫緊の課題となっています。実際、富士山でもカモシカは減少傾向にあり、地域絶滅の可能性が懸念されています。本研究では、高山帯に生息するカモシカが生活していくためには広大な土地と季節に応じて多様な生息環境が必要であることが示されました。今後このような観点から生息地を保全していく必要があると言えます。今後も研究を継続し、カモシカの未知なる生態の解明と同時に保全のために有用な情報を蓄積していく必要があります。
 なお、本研究は山梨県富士山科学研究所からの助成金を受けたものです。

用語解説
注1)行動圏の大きさや行動圏内部の利用様式、季節移動の有無など空間利用に関する行動のこと。
注2)ある個体が普段活動する場所・空間。
注3)複数タイプの環境の中から個体がどの環境を選ぶか。
注4)蹄を持つ動物群のこと。偶蹄目(牛や羊)と奇蹄目(馬やサイ)が含まれる。
注5)同じ動物種の中での行動や見た目などの性質の違い。

図1:富士山高山帯のニホンカモシカ。
図2:富士山高山帯とその他の森林のカモシカの年間の行動圏サイズの比較。()内は県名を示す。a~cはそれぞれ先行研究のデータから引用。a:Takada et al. (2020) Mammalia 84, 219-226、 b:Kishimoto and Kawamichi (1996) Anim Behav 52,673-682 、 c:Ochiai et al. (2010) Mammal Study 35, 265-276
図3:富士山高山帯に生息するオスのカモシカの行動圏の季節変化(夏:赤、秋:黄、冬:青)。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学農学部附属野生動物管理教育研究センター
特任准教授 髙田 隼人(たかだ はやと)
TEL:042-367-5826
E-mail:takadah(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp 

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