手軽に細胞/微粒子計測はじめませんか?簡単に作製可能!数万円で作るフローサイトメトリー
手軽に細胞/微粒子計測はじめませんか?
簡単に作製可能!数万円で作るフローサイトメトリー
国立大学法人東京農工大学大学院工学府生体医用システム工学専攻の竹之内隆伸氏(博士後期課程1年)、生物システム応用科学府食料エネルギーシステム科学専攻の飯嶋雄太氏(博士後期課程1年)、工学研究院先端物理工学部門の伊藤一陽助教、吉野大輔准教授は、低価格で簡単に作製可能なフローサイトメトリー式細胞/微粒子数計測モジュールを開発しました。この成果により、これまで高額な分析機器の導入が難しかった研究や教育の現場においても高精度な細胞/微粒子数の自動計測が可能となり、研究の多様性の促進が期待されます。
本研究成果は、HardwareX(11月20日付)に掲載されました。
論文タイトル:Low-cost automated cell counting module fabricated using CNC milling and soft lithography
URL:https://doi.org/10.1016/j.ohx.2024.e00605
本論文に関連するプレプリントおよび公開部品データ
URL:http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.4953785
URL:https://doi.org/10.17632/syjv86dkkk.2
背景
「数を数える」ことは、日常生活で最も基本的な行為の1つです。生物学や医学の研究分野においても例外ではなく、細胞を扱う実験では細胞の増殖や生存率のモニタリング、細胞数のコントロールなど、多くの場面で正確な細胞"数”計測が必要不可欠となっています。一方、高精度で細胞数を計測可能なフローサイトメトリー(注1)を応用した分析機器は、価格が数百万円から数千万円と非常に高価であり、導入の敷居が高いのが現状です。これは、研究者のみならず、「総合的な学習(探究)の時間」で最先端の研究に触れる機会が増加した小・中学校や高校においても大きな課題とされています。そこで、研究や教育の現場において多くの方が最先端の研究に参加できるように、ある程度の精度を保ちつつ従来の機器と比べて低価格な分析機器の開発が期待されています。
研究体制
本研究は東京農工大学テニュアトラックスタートアップ経費による支援の下、東京農工大学で実施されました。
研究成果
本研究では、デザインした3次元形状を正確に削り出すCNC切削(注2)と、シリコーン樹脂(ポリジメチルシロキサン; PDMS)で型の形状を転写するソフトリソグラフィ(注3)の2つの技術を用いて、コンパクトで低価格(3万円弱)のフローサイトメトリー式細胞/微粒子数計測モジュールを開発しました(図1)。シリコーン樹脂でできた本体に市販の光学および電子部品を挿し込むだけで組み立てができ、メンテナンス性にも優れています。本モジュールでは、数百円で手に入る赤色半導体レーザー(波長650 nm)を光源として細胞や微粒子に照射し、検出領域を通過した細胞や微粒子が発する散乱光(注4)をフォトダイオードで検出することで細胞や微粒子の数を計測しています。モジュールの性能を検証するために、細胞と、直径が異なる2種類のポリスチレン粒子(直径5, 15 µm)を用いて、それぞれ計数の精度と粒子サイズの識別能力を評価した結果、細胞の計測では0~500 cells/µLの範囲で血球計算盤(注5)と同程度の精度で計測できること、2種類の粒子の計測では散乱光強度の違いからサイズの違いを識別できることが明らかとなりました(図2)。
今後の展開
現在、本研究チームはモジュールの改良を進めており、処理能力の向上や検出可能な細胞/微粒子サイズの範囲拡大、蛍光を用いた多種類の細胞/微粒子の同時計測の実現による本研究のさらなる汎用化を目指しています。継続的な技術開発とオープンソース化を進めることで、科学コミュニティをはじめとする社会の特定のニーズに応じたカスタマイズ性の高い研究ツールとして、新たな可能性が拓かれることを期待しています。
アクセスと情報
研究成果の詳細や組み立て手順を含む論文とモジュールの部品データは、ジャーナルとデータリポジトリにそれぞれオープンアクセスで公開されています。非営利目的での利用に限り、著作者を適切に表示した上で原作の編集や改変が許可されるクリエイティブ・コモンズ・ライセンスが適用されており、全世界の研究者や一般の方が自由に利用できます。
本研究者らのコメント
開発したモジュールは光散乱の原理から実際の技術応用までを学べるキットとしても利用できます。小・中学生、高校生の夏休みや冬休みの自由研究、「総合的な学習(探究)の時間」の教材としてお役立ていただけると嬉しく思います。
用語説明
注1)フローサイトメトリー
フローサイトメトリーは、細胞を流路に流しながら光学的に各細胞を解析する技術を指す。個々の細胞にレーザー光を照射し、その時に発生する散乱光や蛍光を測定することで、細胞のサイズや種類、タンパク質の発現量といった一細胞の情報を高速に解析することができる。この技術は医療研究や臨床診断など広範囲にわたる分野で利用されている。
注2)CNC切削
CNCは、「Computer Numerical Control」の略で、コンピュータによる数値制御という意味。CNC切削は、事前に作成された加工プログラムに基づいて、プラスチックや樹脂などの材料を高精度で削り出す加工技術を指す。CNC切削はその精密さから、複雑な形状や細かいデザインが要求される加工に広く利用されている。
注3)ソフトリソグラフィ
ソフトリソグラフィは、微細な鋳型にシリコーン樹脂(ポリジメチルシロキサン:PDMSなど)を流し込んで硬化させ、微細な立体構造を正確に転写する技術を指す。この技術は製造コストが低く、マイクロ流路などの製作に適している。シリコーン樹脂を用いたソフトリソグラフィは透明性と生体適合性が高いため、科学研究だけでなく医療分野においても広く利用されている。
注4)散乱光
散乱とは、光が物質(細胞や微粒子など)に当たった際に、様々な方向に同じ波長の光を発する現象を指す。散乱光は方向によって含まれる情報が異なるが、本研究ではサンプルの大きさに関係する前方散乱光を計測した。前方散乱光は入射光に対して前方向の小さい角度で散乱する光を指す。
注5)血球計算盤
血球計算盤は、顕微鏡下で液体中(血液など)の細胞数/粒子数を手動で数えるために一般的に使用される測定器具を指す。カバーガラスを被せた際に一定の空間ができるようにスライドガラスの一部が凹んだ構造をしており、凹み部分には一定面積内の細胞数/粒子数を数えるための目盛りが刻まれている。数えた細胞数/粒子数から液体中の細胞/粒子濃度を算出できる。
◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学 大学院工学研究院
先端物理工学部門 准教授
吉野 大輔(よしの だいすけ)
TEL/FAX:042-388-7113
E-mail:dyoshino(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp
関連リンク(別ウィンドウで開きます)
- 東京農工大学 吉野大輔准教授 研究者プロフィール
- 東京農工大学 伊藤一陽助教 研究者プロフィール
- 東京農工大学 吉野大輔准教授・伊藤一陽助教 研究室WEBサイト
- 吉野大輔准教授・伊藤一陽助教が所属する 東京農工大学工学部生体医用システム工学科