壊れやすいものでも、しっかりと守ります〜酵素を乾燥から保護する昆虫細胞〜

壊れやすいものでも、しっかりと守ります
〜酵素を乾燥から保護する昆虫細胞〜

 

 国立大学法人東京農工大学農学研究院 生物システム科学部門の菊田真吾 助教、農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)生物機能利用研究部門の黄川田隆洋 上級研究員、国立研究開発法人理化学研究所産業連携本部イノベーション推進センターのOleg Gusevユニットリーダーらは、カラカラに乾燥しても蘇生できる昆虫ネムリユスリカから樹立された細胞が、人為的に導入した酵素の活性を乾燥条件下でも、ほぼ完全に保護できることを実証しました。本研究を応用することで、これまで冷蔵・冷凍での保存が必要とされていた酵素や抗体等を、常温のまま乾燥させて長期間保存することを可能にします。

 本研究は東京農工大学、農研機構、カザン大学(ロシア)、理化学研究所の共同研究であり、本研究の一部は、科学研究費補助金とロシア科学基金の支援を受けて実施されました。

 

本研究成果は、英科学誌 Scientific Reports に7月26日10時(日本時間7月26日18時)に掲載されました。

研究論文タイトル:Towards water-free biobanks: long-term dry-preservation at room temperature of desiccation-sensitive enzyme luciferase in air-dried insect cells (水を必要としない生体成分保存技術に向けて〜昆虫細胞を用いた乾燥感受性酵素ルシフェラーゼの長期常温乾燥保存〜)
Scientific Reports, DOI: 10.1038/s41598-017-06945-y

著者: Shingo Kikuta, Shunsuke J. Watanabe, Ryoichi Sato, Oleg Gusev, Alexander Nesmelov, Yoichiro Sogame, Richard Cornette, Takahiro Kikawada

URL:https://www.nature.com/articles/s41598-017-06945-y(別ウィンドウで開きます)

 

背景
 酵素は化学反応を促進する生体触媒です。多くの酵素は、イオン濃度上昇や熱などの影響を受けて壊れ(「変性」といいます)、やがて活性を失います。変性を抑制するために、低温条件下での運搬や保存が必要とされます。干からびても、元通りに蘇生できるネムリユスリカから作製された培養細胞は、幼虫と同様に、乾燥に対して耐性を示すことがわかっていました。細胞の蘇生に関わる生体物質は、カラカラに乾いた状態でも活性が保護されていることになります。しかし、この細胞に人為的に導入した酵素の活性を、乾燥条件下でも保護できるかどうかは不明でした。

手法
 研究チームは、乾燥で壊れる酵素としてルシフェラーゼを選び、安定的に発現するネムリユスリカ細胞(Pv11-Luc)を樹立しました。ネムリユスリカ細胞は、元々、ルシフェラーゼを持っていませんが、Pv11-Luc細胞ではルシフェラーゼが基質(ルシフェリン)と反応して発光します。この細胞を用いることで、ネムリユスリカ培養細胞が本来持っていない酵素でも保護できるかを評価できるようになりました。
 

研究成果
 Pv11-Luc細胞を、高濃度のトレハロース溶液に浸してからカラカラに脱水させることで、ガラス状態にしました。シリカゲルを入れ乾燥状態を維持した箱に、25℃で1年以上置いた後、水を加え、細胞を元の状態に戻すと、細胞が蘇生しました。そのとき、ルシフェラーゼの活性も検出されました。この酵素活性は、生存細胞数に依存していました。これは、ネムリユスリカ培養細胞が生き延びていれば、ルシフェラーゼをほぼ完全に保護できることを示しています。
 
今後の期待
 本研究の成果は、ネムリユスリカの乾燥耐性機能とトレハロースを組み合わせることで、エネルギーフリーな酵素の保存技術に展開されます。医療用診断酵素や抗体等、冷蔵・冷凍保存が望まれる生体資料の保存への適用が期待されます。電力供給が乏しい地域や災害時にも安定的に、貯蔵と運搬を可能にする技術への第一歩となります。
 
用語説明
ネムリユスリカ : カラカラに乾いても死なずに、無代謝休眠状態となる。水があると復活することができる昆虫。無代謝休眠状態では、真空や絶対零度、宇宙空間でも耐性を示す。アフリカの半乾燥地帯に生息する。2014年にゲノム概要配列が解読された(独立行政法人農業生物資源研究所(現・農研機構)ほか 2014年9月12日プレスリリース「極限乾燥耐性生物ネムリユスリカのゲノム概要配列を解読-生物がカラカラに乾いても死なないメカニズムの解明へ」)。
ルシフェラーゼ : ATPとマグネシウムイオン存在下で、ルシフェリンを酸化させて発光させる酵素。
トレハロース : ブドウ糖二分子が結合した二糖類である。トレハロースは、きのこ、酵母、エビ、海藻類に比較的多く含まれる。高い保水効果があることから、食品やヘルスケアに利用されている。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学農学研究院 生物システム科学部門 助教
菊田 真吾(きくた しんご)
e-mail: singo(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp TEL/FAX 042-388-7277

農研機構生物機能利用研究部門 上級研究員
黄川田 隆洋(きかわだ たかひろ)
e-mail: kikawada(ここに@を入れてください)affrc.go.jp TEL/FAX 029-838-6170

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