電子デバイスを利用した溶液中の生体由来分子検出の新手法~デバイ遮蔽の制約を受けない分子検出~

電子デバイスを利用した溶液中の生体由来分子検出の新手法
~デバイ遮蔽の制約を受けない分子検出~

 国立大学法人東京農工大学大学院生物システム応用科学府食料エネルギーシステム科学専攻一貫制博士課程の坂本優莉(当時)、工学研究院先端物理工学部門の生田昂助教と前橋兼三教授は、従来電子デバイスを利用した溶液中センサで問題となるデバイ遮蔽の影響を受けない新しい分子検出の実証に成功しました。本研究では、ターゲット分子との化学反応によりレセプター分子の溶媒への溶解度が変わりセンサ表面(今回はグラフェン電界効果トランジスタ上)から脱離することに注目し、生体ペプチドの一種であるグルタチオン検出に成功しました。本手法は、従来の電界効果トランジスタセンサで分子検出の大きな制約条件となるデバイ遮蔽の影響を受けない検出方法であり、化学反応と分子の溶解度変化を利用した数多くのレセプター・ターゲット分子の組み合わせに多岐にわたる分子検出が可能となることから、電界効果トランジスタをベースとしたセンサ開発の新たな潮流を生み出す研究成果となっています。

本研究成果は、ACS Applied Nano Materials誌の掲載に先立ち9/27にWEB上で掲載されました。
論文名:Organic Molecular Detection without Debye-Length Limitation by Desorption of Receptor from the Surface of a Graphene Field-Effect Transistor
URL:https://doi.org/10.1021/acsanm.2c03705

現状
 小型化や集積化が容易な電子デバイスをベースとしたセンサは取り扱いが容易であることから生体由来分子の医療現場での簡易計測を目的としたセンサ研究が盛んに行われています。生体由来分子は基本的に血液や唾液などの体液中に含まれていることから、センサで検出する場合も溶液中での検出が重要となります。しかしながら、溶液中では検出素子と溶液との界面で電気二重層が形成されるため、電気二重層よりも外側での電気的変化の検出が困難になります(デバイ遮蔽[1])。このデバイ遮蔽により、レセプター分子の大きさが電気二重層の厚さ(デバイ長)よりも大きくなると検出感度が著しく低下するという問題がありました(図1左)。

研究体制
 本研究は、東京農工大学大学院生物システム応用科学府食料エネルギーシステム科学専攻一貫制博士課程の坂本優莉(日本学術振興会特別研究員DC2、当時)、工学研究院先端物理工学部門の生田昂助教と前橋兼三教授によって実施されました。本研究の一部は JSPS 科研費 特別研究員奨励費 (JP20J13214)、基盤研究B (JP20H02159, JP21H01336)、挑戦的研究(萌芽)(JP21K18714)、立石科学技術振興財団研究助成(C)の助成を受けて実施されました。

研究成果
 本研究では、デバイ遮蔽の影響を回避するために、分子の溶解度に注目した検出手法を考案しました。この手法は、既に我々が報告している(2021年9月9日本学プレスリリース)グラフェン上での化学変化を利用した分子検出法を拡張した方法で、化学反応前後で分子の水への溶解度が変化することを利用した検出方法となります。まず、比較的弱い結合であるπスタッキングによりグラフェンセンサ上に疎水性の強いレセプター分子を固定化し、その後生体ペプチドの一種であるグルタチオン[2]を含む溶液を滴下しレセプター分子と反応させます。この反応により生成した分子はグルタチオンの多数の親水基により水への溶解度が高く、πスタッキングによる結合が外れグラフェン上から分子が脱離します(図1右)。本研究ではこの脱離による表面状態の変化をグラフェン電界効果トランジスタで読み取ることでグルタチオンの電気的検出に成功しました(図2)。さらに、溶液のイオン濃度を増加しデバイ長を小さくした場合でも電気特性変化の観察にも成功し、デバイ遮蔽による検出への影響が小さいことも確認できました。
 これらのことから本研究では、溶液中においてグラフェン上で化学反応を起こし、分子の溶液への溶解度を変化させ分子が脱離することによりデバイ遮蔽の影響を受けない分子検出の実証に成功しました。
 
今後の展開
 本研究で得られた結果は、世の中で知られている数多くの化学反応を利用できる可能性があり、これまで化学分野で発見されてきた有用な反応を利用することでセンサの更なる高感度化や特異性の向上の可能性を秘めています。また、物質の溶解度という物質特有の値もセンサに利用できることが分かったため、分子の同定性能の向上や検出対象の拡大が可能であると考えています。
 今回検出対象としたグルタチオンは人の健康状態だけでなく、植物のストレス防御や硫黄代謝にも深く関与していることから(2022年7月29日本学プレスリリース)、本センサは医療分野への貢献だけでなく安全な食料生産への貢献が期待できます。今後は、このような実生活における安全安心な社会の実現に重要となるセンサデバイスの開発を行っていきたいと考えています。

図1 従来法と本研究の検出方法の模式図
図2(左図)PBS 10mM中に100 nMのグルタチオンを導入し反応した前後でのグラフェンセンサの伝達特性変化。グルタチオンとN-(1-ピレニル)マレイミドの反応によりグラフェン上の分子が脱離し、伝達特性の変化からグルタチオンの検出を読み取ることができることを示しています。(右図)グルタチオン濃度による電流値変化の違い。グルタチオン濃度が多くなるに伴い電流値変化の時定数が小さくなり、濃度依存性が測定できることを示しています。
図3 グルタチオン検出時の反応イメージ

貢献可能なSDGs目標

用語解説
[1] デバイ遮蔽
溶液中において電極界面や、分子・イオンが持つ電荷の周りに反対の電荷を持ったイオンが集まり電気二重層が形成され、分子やイオンからの電界を打ち消す働きがある。これをデバイ遮蔽と呼び、この遮蔽が及ぶ長さをデバイ長と呼ぶ。このデバイ長の外では、分子やイオンからの電気的な情報が遮蔽され分子やイオンの電気的な情報を電子デバイスで取得することができず検出が困難となる。

[2] グルタチオン
3つのアミノ酸(グルタミン酸、システイン、グリシン)が結合した化合物で、植物をはじめ、ほとんどの生物に普遍的に含まれている。その機能は硫黄の貯蔵・輸送、ストレス防御、生体異物の解毒、シグナル伝達、生命現象の調節など多彩であり、植物の生育にも不可欠である。(2022年7月29日本学プレスリリースより)

参考情報
◆2021年9月9日プレスリリース
グラフェン上での化学反応を基軸とした新奇検出原理で電気的な超微量化学物質検出の実証に成功https://www.tuat.ac.jp/outline/disclosure/pressrelease/2021/20210909_01.html

◆2022年7月29日プレスリリース
新たな植物の硫黄分配メカニズムを発見―作物のストレス耐性強化にも期待―
https://www.tuat.ac.jp/outline/disclosure/pressrelease/2022/20220729_01.html


◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院
先端物理工学部門 助教
生田 昂(いくた たかし)
TEL/FAX:042-388-7221
E-mail:ikuta(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp

先端物理工学部門 教授
前橋 兼三(まえはし けんぞう)
TEL/FAX:042-388-7231
E-mail:maehashi(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp 

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