マウスのにおい受容体発現細胞パネルを用いて気相中のにおい分子の検出と分子種の識別を実現

マウスのにおい受容体発現細胞パネルを用いて気相中のにおい分子の検出と分子種の識別を実現

国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門の福谷洋介助教、養王田正文教授、先端機械システム部門の亀田正治教授、米国デューク大学メディカルセンターの松波宏明教授らの研究グループは、マウスの嗅覚受容体発現細胞を利用した高識別なにおい分子検出手法を開発しました。気相からにおい分子にさらされた際の複数のにおい受容体の応答パターンを一度に解析することで、化学構造の非常に近いにおい分子の識別に成功しました。さらに、本手法を用いることで、嗅粘液中に含まれる代謝酵素が特定のにおい分子⁻嗅覚受容体の組み合わせの反応を大きく変化させることも示しました。この成果により、空気中のにおい分子を高感度に感じるように生物が発達させた嗅覚システムの解明と嗅覚を模倣したにおいセンサー開発への応用が期待されます。

本研究成果は、英国科学誌Nature communications(11月1日付:日本時間11月1日19時)のオンライン版に掲載されました。
論文タイトル:Vapor detection and discrimination with a panel of odorant receptors
URL:http://www.nature.com/articles/s41467-018-06806-w

現状
生物は環境中のにおいから様々な情報を得て生活しています。現在でも、空港の警察犬や災害救助のレスキュー犬が活躍しているように、動物の嗅覚は非常に高感度・高識別性を有し、嗅覚に勝るにおい検出装置は未だに開発されていません。鼻腔内の上皮にある嗅覚神経細胞には嗅覚受容体という膜タンパク質が発現しており、においセンサーとして働いています。嗅覚受容体は生物種ごとに数百~数千種類存在し、においへの応答性は個々に違います。これまでにも、嗅覚受容体のにおい応答解析は行われていますが、多くの場合、試験するにおい分子を溶媒に溶かし、におい受容体発現細胞を直接刺激する手法が取られていました。一方、実際の生物の鼻では、大気中のにおい分子は嗅覚神経細胞を覆う嗅粘液に溶け込む過程を経て、嗅覚受容体と反応します。このように気相中のにおい分子の溶け込みを模倣して、複数の嗅覚受容体の応答を同時にモニタリングするという、より本来の嗅覚に近い手法での解析はこれまで実施されていませんでした。

研究体制
本研究は、東京農工大学大学院工学研究院先端機械システム部門の博士後期課程大学院生(当時)木田仁さん、亀田正治教授、生命機能科学部門 福谷洋介助教、養王田正文教授、モネル化学感覚研究所 Joel D. Mainland 博士、Duke大学メディカルセンター Molecular genetics and Microbiology専攻 松波宏明教授(東京農工大学グローバルイノベーション研究機構スーパー教授 兼任)らによって実施されました。また本研究では、リーディング大学院プログラム、日本学術振興会頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラムの助成を受けて、行われました。
 
研究成果
本研究グループでは、まずマウスの約800種の嗅覚受容体について、7種類におい分子に対する応答を評価しました。その結果からにおい分子への応答性と選択性に優れた31種類の嗅覚受容体を選び、それらが発現しているにおい受容体発現細胞パネルを構築しました。次に、このパネルを用いて、気相中のにおい分子に対する応答を、嗅覚受容体が反応すると細胞内で発光を示すように設計したタンパク質ルシフェラーゼの発光を指標に検出を試みたところ、気相中のにおい分子に対して応答した細胞の発光を検出することに成功しました(図)。中には0.0001%の濃度の溶液から気化させたにおい分子を検出できる嗅覚受容体もありました。さらに、31種類の嗅覚受容体の応答を人工知能(AI)による機械学習、および、統計解析によって分析したところ、わずかメチル基1つの違いを識別することができました。さらに、鼻腔中の嗅粘液に存在する代謝酵素が存在する場合に、特定の組み合わせのにおい分子⁻嗅覚受容体の応答が大きく変化することを本手法で示しました。嗅覚粘液には他にも様々な代謝酵素が存在していることが分かっています。環境中の様々なにおい分子は、嗅粘液に溶け込んだ後、それぞれが代謝酵素の影響を受け、鼻の中でより複雑なにおい分子環境を形成していることが考えられます。嗅覚受容体は生物種ごとに数百~数千種類存在しますが、その個々の嗅覚受容体が混在するにおい分子に対して応答を示し、その応答パターンを脳で集約することで、生物の嗅覚が非常に優れた匂いセンサーとして機能していると考えられます。
 
今後の展開
嗅覚受容体のにおいへの反応実験では、マウスなどの動物の反応と嗅覚受容体発現細胞の反応では一概に同じ応答を示しません。これは、におい分子が溶け込む嗅覚粘液には、今回用いた代謝酵素以外にも、におい分子に結合するタンパク質が存在しており、これらがにおい分子に作用して嗅覚応答に影響を与えているためと考えられます。今回開発した検出手法は、実際の嗅覚のにおい応答プロセスを模倣しているため、におい分子が嗅覚受容体と結合するまでに起きている現象の解明に役立つと考えられます。
においは、医療、食品、環境など様々な産業領域で注目を集めています。がん罹患者がある特有のにおいを発しており、イヌや線虫がそのにおいを識別できることは広く知られるようになってきました。しかし、においの基となる疾患マーカーは正確には同定されていません。代謝酵素と受容体発現細胞パネルによるパターン認識を組み合わせることで、実際の疾患マーカー分子の同定や、より精度の高いにおいセンサーの構築に繋がる可能性があります。食品や化粧品においても、においは重要な要素の1つである一方、製品の官能評価が人によって行われています。本手法は、このような様々な製品のにおいの規格化にも応用できる可能性と持つと考えられます。
今回開発した手法は、様々なにおいをターゲットに、生物の嗅覚に近い応答を視覚化できることから、こういった様々な領域に応用できる手法であると期待しています。

図:今回のにおいセンシングシステムの概略図(左)複数の嗅覚受容体のにおいに対する反応の1例(右)

◆研究に関する問い合わせ◆

東京農工大学大学院工学研究院
生体機能科学部門 助教
福谷 洋介(ふくたに ようすけ)
TEL/FAX:042-388-7479
E-mail: fukutani(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp 

 

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