高山草原のカモシカはプレイボーイ?~生息環境によって変わるカモシカの恋愛事情~

高山草原のカモシカはプレイボーイ?
~生息環境によって変わるカモシカの恋愛事情~

ポイント

  • 44頭の識別したニホンカモシカを7年にわたり観察し、カモシカの社会システムを検討しました。
  • メスは森林では単独でなわばりを持ったのに対し、高山草原では群れでなわばりを持ちました。
  • オスは森林では一頭のメスとつがい関係をもつ一夫一妻だったのに対し、高山草原では複数のメスとつがい関係をもつ一夫多妻でした。
  • 森林から開放的な草原環境への進出が単独性から群れ社会、一夫一妻から一夫多妻への進化を促進することが示唆されました。

本研究成果は、本研究成果はドイツの動物行動学雑誌「Behavioral Ecology and Sociobiology(略称:Behav Ecol Sociobiol)」オンライン版に掲載(2月23日付)されました。
論文名:Evolution from monogamy to polygyny: insights from the solitary Japanese serow
著者名:Hayato Takada, Akane Washida, Risako Yano, Natsuki Tezuka, Masato Minami
URL:https://link.springer.com/article/10.1007/s00265-023-03304-y

概要
 国立大学法人東京農工大学農学部附属野生動物管理教育研究センター 髙田隼人特任准教授、山梨県富士山科学研究所研究部自然環境科 鷲田茜(当時、現 東京都環境局)、東京農業大学地域環境科学部森林総合科学科 修士課程学生 手塚夏季(当時、現 浅間山カモシカ研究会)、麻布大学獣医学部動物応用科学科 学部生 矢野莉沙子(当時、現 浅間山カモシカ研究会)、同大学 南正人教授(当時)らの共同研究チームは長野県浅間山でニホンカモシカの行動観察による長期研究をおこない、高山草原で生活するカモシカが森林に生息するカモシカと大きく異なる社会システム(注1)をもつことを世界で初めて明らかにしました。具体的には、餌資源の乏しい森林に生息するメスは単独でなわばり(注2)をもつのに対し、餌が豊富な草原に生息するメスは2-3頭の群れでなわばりをもちました。また、メスが単独生活する森林ではオスは1頭のメスとなわばりを重ねてつがい関係を持つ一夫一妻(注3)であったのに対し、メスが群れている草原では一頭のオスが最大5頭のメスとなわばりを重ね合わせる一夫多妻(注4)でした。以上のことから、豊富な餌資源を提供する高山草原は群れ形成と一夫多妻を促進することが示唆されました。このことは、森林から開放的な草原環境への進出が単独性から群れ社会、一夫一妻から一夫多妻への進化を促進したとする有蹄類(注5)における社会進化パターンの仮説を初めて実証的に支持しました。

研究背景
 森林に生息する有蹄類の多くは体サイズと性的二型(注6)が小さく(カモシカのようにオスとメスで見た目がほとんど同じ)、単独性・一夫一妻の社会システムを持ちますが、草原など開放的な環境に生息する有蹄類は体サイズと性的二型が大きく(シカのようにオスとメスで見た目が違う)、群れ性・一夫多妻の社会システムを持つ傾向にあります。有蹄類の祖先は森林に生息し、地球の寒冷化に伴いできた草原という新しい環境に進出すると同時に単独性から群れ社会、一夫一妻から一夫多妻が進化したと考えられています。しかし、実際に森林性の祖先が草原に進出したときにどのように群れ社会や一夫多妻に移行したのかや、どのような環境条件(餌資源や捕食者の存在)がその変化をもたらしたのかについてはほとんど何もわかっていません。
 有蹄類の社会システムは種間だけでなく、種内でも環境に応じて変化することが知られており、これを使って、どのような環境条件の違いが社会システムの変化を引き起こすのかがいろいろな種で調べられてきました。ただし、カモシカのように森林で単独で生活する原始的な有蹄類(祖先種と類似した種)では種内変異(注7)の報告例が全くなく、単独から群れ社会への変化、一夫一妻から一夫多妻への変化については検討ができていません。そこで、本研究は長野県浅間山の高山草原と森林に生活するカモシカを対象に個体識別(注8)に基づく長期行動観察を実施し、森林と草原のカモシカの社会システムを比較することで、環境の違いがカモシカの社会システムへ与える影響を検討しました。

研究成果
 2014年7月から2021年6月にかけての7年間で300日以上の調査をおこない、合計44頭(オス6頭、メス14頭、若齢獣24頭)のカモシカを観察しました。森林に生活するメスは1頭で行動圏(注9)を持つのに対し、草原では2-3頭のメスが行動圏を重複させました。また、隣接して行動圏を構えるメスに行動圏の境界近くで遭遇すると、激しい攻撃行動が起こったことから、メスは同性に対し行動圏を防衛していると考えられました。つまり、森林のメスは単独でなわばりをもつのに対し、草原では群れでなわばりをもちました。
 一方、オスは森林でも草原でも同性に対して単独でなわばりをもちました(オス同士で行動圏が重複せず、行動圏の境界付近で攻撃行動を観察)。オスとメスの行動圏は特定の個体同士で大きな重複が確認され、互いに行動圏を重ねるオスメス同士をつがいとみなしました。合計で27ユニットのつがいが観察され、このうち29.6%が一夫一妻、70.4%が一夫多妻でした。一夫多妻のユニットからは一夫二妻(1オス2メス)から最大で一夫五妻(1オス5メス)が確認されました。
 オスの行動圏内に占める草原の面積とつがいメス数の関係を解析したところ、森林に生活するオスは一夫一妻であるのに対し、草原に大きく行動圏を持つオスほどつがいメス数が多く、一夫多妻になる傾向が示されました。森林ではメスが単独で生活するため、オスは一頭のメスとしかつがいになれないのに対し、草原ではメスがまとまって分布するため複数のメスとつがい関係を持つことができたと考えられます。以上のことから、草原の豊かな餌条件はメスの群れ化を促進すると同時に、オスの一夫多妻を促進することが示唆されました。本研究は森林から草原への進出が群れ社会や一夫多妻などの複雑な社会へ進化を引き起こすことする仮説を初めて実証的に支持しました。

今後の展開
 本研究はカモシカが環境に応じて柔軟に社会システムを変化させることを示し、今まで保守的な社会システムを持つと考えられてきたカモシカ像を塗りかえました。カモシカの社会システムの理解は本種の保全や管理を適切に行うために重要な基礎情報となります。さらに、この発見はカモシカの生態の理解だけに留まらず、動物の社会進化の理解にも貢献します。また今回は、データの収集に手間と時間のかかる行動観察データを長期にわたり取り続けることで、これまで未解明であったカモシカの生態を発見することができました。様々な技術の発達に伴い、行動観察による生態研究は減少傾向にありますが、本研究は伝統的な行動観察・長期調査がいまだに新たな発見を生むことを明確に示しています。今後も、地道なフィールド調査を積み重ねることにより、野生動物の未知なる生態の解明と保全や管理に有用な情報が得られることが期待されます。
なお、本研究は JSPS 科研費 JP22K14909、プロナトゥーラファンド助成-自然環境保護助成基金、公益信託乾太助記念動物科学研究助成基金からの助成金を受けたものです。

用語解説
注1)動物の個体同士の関係性のこと。例えば、単独で生活するか群れで生活するか、群れで生活する場合にはどのような個体同士で群れるのか、オスとメスのつがい関係のあり方など。
注2)他の個体に対して防衛する場所・空間のこと
注3)オスとメスが互いに特定の一頭の異性とつがい関係をもつこと。
注4)オスが複数のメスとつがい関係を持つこと。
注5)蹄を持つ動物群のこと。偶蹄目(牛や羊)と奇蹄目(馬やサイ)が含まれる。
注6)オスとメスでの見た目の違いのこと。
注7)同じ動物種の中での行動や見た目の違い
注8)一人一人の見た目の特徴からそれぞれを識別すること。カモシカの場合、角の形や耳の切れ込み、顔の模様などから識別することができる。
注9)ある個体が普段活動する場所・空間

図1:個体識別されたカモシカの顔写真。Mはオス、Fはメスを意味する。()内は個体名を示す。
図2:2014年に識別されたカモシカの年間行動圏の分布。太線はオスの行動圏、細線はメスの行動圏、同じ色の雌雄の組み合わせがつがい関係を意味する。Mはオス、Fはメスを意味する。一夫一妻から一夫五妻までが確認される。
図3:オスの行動圏内の草原面積とつがいメス数の関係。草原に行動圏を構えるオスほど多くのメスとつがうことができている。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学農学部附属野生動物管理教育研究センター
特任准教授
髙田 隼人(たかだ はやと)
 TEL:042-367-5826
 E-mail:takadah(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp 

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