「有機溶媒を水の上に置くだけ」の材料づくり~「両面の穴の大きさが異なるシート」の簡便な作製に成功!~

「有機溶媒を水の上に置くだけ」の材料づくり
~「両面の穴の大きさが異なるシート」の簡便な作製に成功!~

 東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門の村上義彦教授の研究グループは、「両面の穴の大きさが異なるシート」の簡便な作製技術の開発に成功しました。本研究グループがすでに発見している自己乳化現象 (注1) を巧みに利用することによって、高分子が溶解した有機溶媒を水の上に「置く」だけで、「両面に穴を有し、その大きさが異なる」特徴的な多孔質の高分子シートが容易に得られました。この多孔質の高分子シートは、薬物治療、外科手術、再生医療などの幅広い医療分野で応用可能であると期待されます。

本研究成果は、界面科学の専門誌Colloids and Surfaces A: Physicochemical and Engineering Aspects電子版に2021年1月13日に掲載されました。
URL:https://doi.org/10.1016/j.colsurfa.2021.126149

 
現状
 現代の医療において、薬物治療の重要性はますます高まっています。しかし、薬物の投与にともなう副作用や、薬物の分解による有効薬物量の減少などが問題となることがあります。そこで注目されているのが、「望みの時間・望みの場所に」薬物を患部に集中的・選択的に送りこむ薬物送達システム(ドラッグデリバリーシステム、DDS)です。現在までに、薬物放出用の材料(薬物を保持する材料)として、ゲル、粒子、シートなどのさまざまな形態の材料が検討されています。特に「シート」は、「患部への接触面積が大きい」「厚みが薄く柔軟性が高いため、接着性を付与しなくても、分子間力によって生体組織と接着することができる」など、他の形態の材料とは異なる優れた特徴を有しています。
 一方、「多孔質」構造をもつ材料(多孔質材料)は、医療用粒子、クロマトグラフィー用の充填吸着体、電池用の電極、フィルター材、断熱材、吸音材などの幅広い用途で用いられています。しかし、その多孔質構造の形態(穴の数や穴の大きさなど)の制御はいまだ困難です。性能がより高い多孔質材料を開発するためには、「多孔質構造の形態が容易に制御可能」かつ「従来に無い多孔質構造をもつ」多孔質材料の作製技術の確立が必要不可欠です。特に、さまざまな材料の中でも優れた特徴を示す「シート」については、多孔質構造を有するものはほとんど報告されていません。そのため、多孔質シートの作製技術の確立は重要な課題となっています。

研究体制
 本研究は、大学院工学研究院応用化学部門の村上義彦教授と大学院工学府応用化学専攻博士後期課程3年の西村真之介によって実施されました(JSPS科研費基盤研究B(20H04531)の助成による)。

研究成果
 簡単な手法(図1)によって、「両面に穴を有し、その両面の穴の大きさが異なる」シートの作製に成功しました。得られたシート(図2(a)、膜厚は数μm~10μm程度)を走査型電子顕微鏡(SEM)によって詳細に観察した結果、両面の穴の孔径が大きく異なることがわかりました(図2(b))。この作製法で最も重要なことは、「有機溶媒を水の上に置くだけ」で生じる現象(自己乳化現象)を利用していることです。具体的には、(1) 「シートを形成する高分子」と「水にも有機溶媒にも溶解する高分子」を有機溶媒に溶解する、(2) その有機溶媒を水の上に置く、(3) 「水にも有機溶媒にも溶解する高分子」の作用によって「自己乳化」現象が生じる(水滴が有機溶媒中に取り込まれる)、(4) 有機溶媒と空気の界面で水が凝縮して水滴になる、(5) 有機溶媒が蒸発して多孔質シートが形成する、というプロセスに基づきます。(3)の水滴によって直径約0.5~5 μmの穴、(4)の水滴によりシートに約3~10 μmの穴が空きます。(4)の水滴の大きさの制御には至っていませんが、「水にも有機溶媒にも溶解する高分子」を設計して自己乳化現象を制御することによって(3)の水滴は望みの大きさにできます。

図1「両面の穴の大きさが異なる」多孔質シートを作製する新技術
図2 (左)得られたシートの外観、(右) 両面の拡大画像(白線:5 μm)

今後の展開
 「両面に穴を有し、その両面の穴の大きさが異なる」シートは、貼る向きによって薬物の放出速度を変えることができるシートとして応用できるため、治療の経過にともない薬物の放出を変える未来の在宅医療につながります。また、本研究で開発した「有機溶媒を水の上にそっと置くだけ」という極めて単純な多孔質シート作製技術は、製造プラントの工程数・必要電力(=コストやエネルギー)が少ないという大きなメリットがあります。
 本研究グループでは、同じく自己乳化現象を利用して「超低密度」多孔質粒子の作製にすでに成功しています(Takami and Murakami, Langmuir, 30, 3329-3336 (2014))。その「超低密度」材料の作製技術をシート作製に応用することによって、既存のシートより密度が極めて低い多孔質シートが将来実現すると考えられます。「超低密度」のシートを作製することができれば、柔軟性が高い人工神経や、細胞培養速度が極めて速い再生医療用の足場材料などの実現にもつながり、患者の治療期間の短縮(医療費の軽減)などの社会的な波及効果も高くなります。多孔質材料は、医療用粒子、クロマトグラフィー用の充填吸着体、電池用の電極、フィルター材、断熱材、吸音材などの幅広い用途で現在用いられています。幅広い材料開発に本技術を応用し、さまざまな形態の有機・無機材料を多孔質化することが可能になれば、数多くの既存材料の新たな用途・機能開拓の実現にもつながります。

用語解説
注1)自己乳化
水と油(や有機溶媒)を混ぜるだけで自然に乳化する現象のこと。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学 大学院工学研究院 応用化学部門
教授 村上義彦(むらかみよしひこ)
  TEL/FAX:042-388-7387
  E-mail:muray(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp 

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